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In a straight line





忘れられなかった。いや、忘れたくなかったのかもしれない。

「弦一郎」
「な、なんだ蓮二」
「なにやら今日は心ここに在らず、といった様子だが……何かあったのか?」

 いつも細められている目がどこか勝ち誇ったように見えるのは気のせいだろうか。口角もをわずかばかり上がってるように見える。
 心ここに在らず、と言うのは確かに今の俺はそうなのだろう。あまりにもぴったりなその表現に苦笑が漏れた。
 現に、今日の部活では幸村に「たるんでるよ、真田」と言われるしマツダった。仁王にはそれをからかわれたのでいつもの様に怒鳴ったが、いつも以上に軽くあしらわれてしまった。

「今だって、俺と居るというのに」

 蓮二はそう言って言葉をつまらせた。というよりも、あえて言わないようにしたのだろ。
 いつも、今日のように蓮二と帰宅していると必ず部のことについて話をしているのだ。しかし今日は校門から出ても、隣を歩いていても。何も会話をしていない。
 だが蓮二。お前はどうせもう気づいているのだろう。なぜ俺がこのような状態になっているのか、など。

「さあ、どうだろうな。さしずめ昨日のことでも考えているのだろうとは思うのだが……昨日のどの件についてかは皆目検討もつかんな」
「嘘をつけ。ほぼわかっているではないか」

 昨日のこと。一応”恋人”と名のつく関係である蓮二が、誰もいなくなった部室で部誌を書いていた俺に、キスをしてきたのだ。普段は頬にされていたが、昨日は唇だった。
 恋人と言っても、そのような行為は一度もしていないような清らかな交際をしていたのだ、が。
 俺はあまりの驚きに、部誌もそのままに逃げ帰ってしまった。その後蓮二から『驚かせてすまなかった。部誌は俺が書いておいたので安心して欲しい』というメールを受信したが、それだけで触れた唇の感触を思い出してしまい、返信することができなかった。

「だが弦一郎、俺には思い当たることが多すぎて絞り込めないのだ。データで予測することはできるが、こういうことはデータで決めるものではない。何より、不用意な言葉でお前を傷つけたくないんだ」
「……そんなもの、一つしかないだろうが。このたわけ」
「どれのことだ」
「つまり、だな。お前が昨日部室で突然、その、キスを、だな」
「やはり、唇にしたのは嫌だったか?」

 蓮二は大げさに見えるほどうなだれながら俺にそう尋ねた。

「嫌ではない! 嫌ではないのだが……やはり不慣れなのだ。ああいった行為は」
「ああ、そういうことだったのか。お前が逃げるように帰ってしまったから、てっきり嫌だったのかと思っていたのだが……ふむ」

 嫌だったのかと思っていた、と言う割には、先ほど俺に心ここに在らずと言ったお前はどこか勝ち誇っていたではないか。それもやはりデータによるものなのかもしれないが。

「しかしそうだな。嫌であろうと、お前が昨日のキスのことを考えてくれていたのかもしれないと思ってしまってな。朝練の際に俺を見るなり顔を赤らめるものだから、思わず期待してしまったのだ。すまない」
「嫌では、本当になかったのだ。寧ろ忘れられずに困っている」
「……ではもう一度するか?」
「もう一度だと?」
「ああ。忘れられないのならもう一度すればいい」
「うむ……」

 確かに一理あるのかもしれない。だが何よりここは外で。いつ誰が通るかもわからない住宅街の真ん中で、そのようなたるんだ行為など、さすがにできない。

「弦一郎、少々寄り道をしても構わないだろうか」
「どこへ行くのだ」
「それは着いてのお楽しみだ。安心しろ、すぐに到着する。そこまで遅くはならないさ」

 蓮二はそして、住宅街を一人で進んでいく。途中蓮二の家の前を通ったが、彼は気にもせず歩みを進めた。いつも蓮二を送り、俺一人で曲がる十字路も、普段とは逆に曲がった。
 時刻は19時30分。そうして辿り着いたのは、丘の上だった。住宅街が作られた際にできたものだとは聞いていたが、来るのは初めてだった。
 昼間晴れていたおかげか、夜空には星が瞬いている。どこか幻想的な光景に、思わず感嘆の声を上げた。

「弦一郎がここに訪れたことがある確率、0%だ」
「ああ、初めてだ」
「……住宅街では、さすがに嫌だと思ってな」

 さすが、気づいていたか。

「当たり前だ」
「しかし随分とロマンチックな場所を選んだものだ」
「お前とのキスを、軽々しくしたくはないと思ってな。昨日のはほぼ衝動的にしてしまったんだ。部誌を真剣に書いているお前を見ていたら、どうしても癒してやりたいと思ってしまってな。眉間の皺が、いつもより増えていたものだから」

 どこまでも観察されていたらしい。だが、眉間の皺が増えていたことには全く気が付かなかった。いや、本人がそれに気がつくのもおかしな話なのかもしれんが。

「それに、こんなにも綺麗な星空の下でならば……お前は余計に忘れられなくなるだろう、と思ってな」
「それはお前もだろう、蓮二」
「確かに弦一郎の言う通りだな。しかし俺は、お前と出会ってからの一分一秒、忘れたことなど無い。それこそデータとはまた別の記憶だ」
「よくそんな甘い言葉が言えるな」
「事実だから仕方がないだろう。それとも、弦一郎は忘れてしまったというのか」

 無論、蓮二と出会ったときのことなど忘れられるわけがない。第一印象から何から何まで、蓮二のように全てを覚えているかと言われれば肯定はできないが、それでもほとんど覚えている。
 初めて頬にキスをされた日のことも、手を握られた日のことも、何より思いを告げられた日も。

 ――お前が思っている以上に、俺はお前のことを愛しているのだぞ。蓮二。

 所詮、叶わぬものだと思っていた。何よりもテニスを愛している俺達にとって、そのテニスの時間を削ってまで恋人に時間を割く余裕などない。色恋沙汰にうつつを抜かすことなどもっての外だ。そして常勝を守り続ける。それが何よりも一番重要であり、俺達立海大男子テニス部の掟だ。
 それに、男同士だということもある。
 男同士の恋など報われないと、そう思っていた。きっとお前よりも早く、お前のことを目で追っていた。だからこそ誰にも相談など出来なかった。自分らしくないと、そう思ったことも数えられないほどあった。
 けれど、蓮二。お前が俺に、俺のことを好いていると言ってくれたとき。本当に嬉しかったのだぞ。お前も不安だったと、そう言っていた。それが堪らなく嬉しかったのだ。
 我ながらなんと女々しいのだろうと思う。だが、特殊な関係である以上、それは仕方ないのかもしれない。

「弦一郎。もう一度、いいだろうか」
「仕方がない。今回だけは許してやろう」
「ふっ……ありがとう」

 小さく、普段なら誰にも見せない微笑みを浮かべながらそう答えると、蓮二は嬉しそうに頬を緩め、そして肩にかけていたラケットバッグを丘の緑の上へと置いた。俺もそれに習い自分のラケットバッグ肩からおろした。
 それを確認すると蓮二は、俺の身体を抱き締めた。

「なぜだろうな。お前を抱き締めるたびに、お前が愛おしくなるのは」
「知らん」
「そう照れるな、弦一郎。実を言えば俺はキスなどでは足りないほどにお前を欲しているんだ。だから、俺をこれ以上煽るな」
「煽ってなどいないぞ」
「……全く。たとえ俺が狼になったとしても、絶対に俺から離れるなよ」
「狼? まあ、安心しろ。俺はお前から離れる気など毛頭ない。好いた相手を自ら手放すなどしない」
「嬉しいな」

 本心を告げると、蓮二はまた嬉しそうにはにかんだ。横顔しかわからないが、きっと”参謀”などと呼ばれているお前からは想像もできないような笑顔を浮かべているのだろう。
 それを想像して、俺は蓮二の背中に回している腕の力を強めた。堪らなく愛おしくなった。いっそこのまま夜の黒色と一緒に溶け合ってしまえばいいのにとさえ感じた。
 離れることも、離れられるのも。どちらも勘弁だ。お前と一緒に過ごす日々を、一緒に笑いあえる日々を、共に戦う日々を、どうして手放すことができよう。

「弦一郎」
「うむ」
「……そうだな、例えば成人したとしよう。その時お前は、どのような人生を、生活を送っているのだろう」
「お前と共に過ごす日々以外など到底想像したこともないな」
「本当に、そういうところがたまらなく愛おしくて仕方がない。弦一郎、俺もお前と同じだ。弦一郎と同じ部屋できっと、静かに暖かい日々を送っていることだろう。仮定の話などではなく、な」
「仮定の話にされては困るな」
「ああ、そうだな」

 思いの外思い描いている未来が同じで、俺はこころが温まっていくのを感じた。背中に回された蓮二の手から、腕から。伝わってくるその思いを、俺は全て受け止めていたい。

「弦一郎、愛している」
「蓮二、ありがとう」

 夏の終わりを告げる、同時に秋の始まりを告げる涼しい風の中、俺と蓮二の道は一直線に重なった。そして確かにその時、俺達はこの夜空の下で、黒色に溶け合った。





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