テニプリ(BL) | ナノ




さよならメモリーズ





「おお、蕾出とるで白石!」
「ほんまや。いやぁ……もう春やなぁ」
「しっかしこの坂道走って登るんも最後なんやな、そら春になるわ」
「……走って登るんはお前ぐらいやっちゅーに」
「それもそうやなぁ。あ、でも白石も結構走っとるやん」
「謙也と一緒やったからペース合わせるために走ってただけや。一人ではさすがにないわ」
「そうなん?」
「せや」

 3月。それこそ3月らしい気温になり、桜も咲くための準備をしている。
 俺と謙也は四天宝寺中との別れを告げるために、学校までの坂道を登っている。この坂を、“四天宝寺中への通学”と言う名目で登るのも今日で最後になる。
 卒業。たった2文字。けれど今までの思い出が早くも駆け巡ってきて正直式の前に泣きそうだ。

「白石、目赤くなっとる」
「うっさい」
「思い出し泣き?」
「……悪いか」
「生徒代表で話すんやろ? 今泣いたらあかんよ」

 そういえば、そうだ。俺は先生たちの推薦により、卒業生代表の答辞を任せられることになったのだ。普通ここは元会長が行くべきだろうとは思ったが、こういうことを任せられるのは嫌ではない。そのため引き受けたが。そうだ。ここで泣いてしまってはいけない。

「しっかしまるで昨日のことのように思い出されるわ。なんや部長になってから毎日が楽しかったわ」
「俺も楽しかったで、ほんまありがとうなぁ」
「謙也もありがとな、俺のこといろいろ心配してくれとったやろ」
「親友や、当たり前のことしたまでや」
「親友、」
「せやろ?」
「おん」

 少し胸に引っかかる俺と謙也の関係性を表すその文字。改めて突きつけられる事実にも俺は泣きそうになってしまう。ああ、せっかくいつもよりかなり早く家を出たと言うのに。遅刻してしまいそうではないか。

「そうや、なんや今年は桜咲くん早いんやって!」
「ほぉ、それは楽しみやなぁ」

 俺は沈みかけた気持ちを振り切るとそう言って謙也に笑いかける。例年より早い開花予想に頬を綻ばせながら笑う謙也に、今までの悲しい気分はどうやら紛らわされたみたいだ。

「桜にも俺のスピードが移ったんやろか」
「ないない」
「そないにはっきり言われると傷つくでー」

 謙也らしいわぁ、そう言えば、せやろ!とまた笑う。
 ――あと数時間後には、この笑顔とはおさらばなんやろうか。あんなに騒がしかったテニスコートで一生懸命に走る謙也を、もう見れないんやろうか。
 ――あかん、これじゃあせっかく吹き飛んだ気分が舞い戻ってきそうや。
 自分にそう強く言い聞かせて、俺はまた謙也と会話をして。時計を見れば遅刻30分前だった。

「うお、謙也! いい加減走らな最後の最後で遅刻してまうで!」
「え、ほんまか白石!」
「嘘付いてどうするん」
「それもそうやな……走ろか!」
「まぁ、しゃーないわな」
「白石、財前みたいになっとるで」

 そうして俺と謙也はまるで最後の思い出を残すように、咲きかけの桜並木を走り抜けた。




 卒業式も終わり、クラスでの最後のHRも終えて。今の3年2組の教室は完全に泣き声やら笑い声やらが混じったカオスな空間になっていた。俺と謙也も例外ではない。笑い泣き状態でクラスの奴らと写真を撮り、談笑をして。
 時々他のクラスからも友人が入ってきて、俺が会話したことがないやつも居たのに。謙也はずっと、俺の隣にいてくれた。
 それが堪らなく嬉しくて、俺も、俺だけが呼ばれたとしても必ず謙也を呼んだ。
 黒板には女子が「3-2永久不滅!」という文字を大きく書いていて。クラスの全員がそれに便乗してコメントを書いていった。
 青春やなぁ、なんて少し思ったり。してしまう。
 ああでも、早く部室に行きたいかも、だなんて。
 今日は何やら一、二年が俺達の送別会を開いてくれるらしいのだ。しかもラケットを持ってこい、だなんて財前部長(なんや少し違和感あるなぁ)に言われてしまったものだから正直朝から期待してしまっているのだ。謙也と最後のダブルスを組んで試合ができるかもしれない、なんて。

 気が付けば式が終わってから2時間が過ぎていて、俺と謙也はそろそろ部室に向かうことにした。
 俺と謙也は昇降口を出ると、今までお世話になった校舎に一礼して、顔を合わせ小さく笑うと、部室とは反対の道へと歩みを進めた。

「え、白石部室こっちやろ?」
「ん、あー間違うた」
「おい散々歩いてたんやから」
「冗談やって。ちょっと校舎の周り一周してから部室行きたい思うてな」

 謙也は迷わず部室に向かおうとしていたのに俺が逆方向に行くものだから疑問に思ったらしい。
 間違ったわけではないけど、反応が面白そうなので少しからかってみる。すると想像通りの反応に俺は思わず笑ってしまった。
 そしてすぐに冗談だと告げれば、謙也はまたいつもの笑顔に戻る。俺はなんだかその笑顔がまぶしく見えて、思わず目を逸らした。
 本当は、その笑顔を1分1秒でも長く見ていたいからわざと遠回りを選んだだなんて、口が裂けても言えないのだけれど。

「んを、そうやったんか。ええでー! 久々にランニングするか?」
「せぇへん」
「えー久々にしようや」
「最後ぐらいゆっくり歩こうや」
「まぁ、それもそうやなぁ」

 どこまでも走ることが好きなんだな、と改めて納得してしまう。俺もその好きの中に入っているのだろうか。そうだといいなぁ、なんて。

「学校の桜も蕾なんやな」
「そらそやろ」
「うーん、満開の頃に卒業式したかったわ」
「さすがにこればっかりは仕方あらへんよ」
「せやなぁ……」

 他愛もない会話を繰り返しながらも、俺と謙也はその歩みを進める。そういえば、去年の、確か桜が満開だったから春休みの後半あたり、だっただろうか。先輩が卒業して何日も経つのに、寂しくて。部活の帰り道、謙也と一緒にいるのに無言になってしまっているときに、ふと謙也が名前を呼んでくれたことがあったっけ。
『蔵! 元気出せや!』
 名前と言うか。まぁ、完全に名前ではないけれど。でもそれでも嬉しくて。確かその時に俺は謙也のことが好きだと認めたのだ。
 本当は最初出会ったときから好きだったのだ。それこそ恋愛感情なんてものじゃない、優しい“好き”ではあったけれど。
 それが毎日一緒にいて、毎日テニスをして。気が付けば謙也がいなければ何もできなくなってしまった。
 部長としてやって来れたのも、今日こうして卒業できるのも、謙也が隣にいてくれたからで。謙也が俺を支え続けてくれたからこそなのだ。
 だからこそ。俺は今日、伝えるべきなんじゃないだろうか。この気持ちを全部、謙也に。
俺は去年の満開だった桜を見た時よりも変われているはずなんだから。

「部室もうすぐやな」
「おん」
「財前たち、どんなことしてくれんねやろ! 俺楽しみで昨日うまく寝付けなかったんやで」
「せやから待ち合わせ少し遅れたんやな、スピードスターなんに」
「やって! ラケット持ってこいって、やっぱり試合するってことやろ?」
「せやろなぁ」
「ってことは、や。白石と久々にダブルス組んで試合できるかもしれんっちゅー話やん!」

 思わず目を見開いて謙也を見れば、「最後やで!」なんて言ってまた笑っている。
 ああ、こいつは。忍足謙也と言う人間は本当に。
 好き、好きで好きで好きで、もうどうしようもない。この気持ちを留めておくスペースなんてもう、心のどこにもない。

「……好き」
「へ?」
「ずっと言おう思ってたん。けどな、気持ち悪がられてまうかもしれん、もう戻れんかもしれん。そう思ったら言えんくて。でももうあかんねん。もう辛くて、つら、くて。ほんまありがとな謙也。俺、お前がおらんかったらなんも出来んかった。お前に支えられてたからこその、今の俺や。それでな、謙也。俺もう謙也と親友じゃ嫌なんよ。お前のことが、恋愛感情で、大好きなんや」

 少々早口で、しかも涙声交じりで。けれど今までの感謝と気持ちを全部こめてそう告げた。
 案の定硬直したまま動かない謙也を見て、やってしもた、なんて思いつつ。けれどああ、やっと言えた。
 やっと、自分に素直になれたんだ。

「そういうことやから! ほな先に部室行くで!」

 なんだか唐突に恥ずかしくなって、俺は未だ硬直したままの謙也に背を向けると、部室へと走り始めた。
 追ってきてくれたら、もしも今謙也がその自慢の足で俺のことを追いかけて。そして愛しいその手で俺の腕を掴んで抱き寄せてくれたらいいのに。そんな淡い期待を胸にしながらも、走る。

 ――スピードスターの名に恥じない早さで謙也が俺のことを後ろから抱きしめに来るまで、あと41.00秒





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