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もう二度と





 俺は多分、最低な男なんだと思う。
「丹さん、俺アンタのこと好きなんスけど」
 断れなかった理由はわかりきっていた。似てたんだ。アイツに。


「堺さーん! 今日家行ってもいいッスか!?」
「来るなっつっても来るんだろお前は」
「あ、バレてました?」
「当たり前だ」
 クラブハウスのロッカールーム。練習も終わり後は帰るだけ。毎日と言っていいほど繰り返されるその会話をしている二人を横目に見る。
 世良もよく飽きないな、とか。そんなことを思ってみる。紛れもない嫉妬だ。ただ別に世良が嫌いなわけではない。寧ろ堺くんを幸せにしてあげられるのはきっと世良しかいない。
 俺じゃ、無理なんだ。
「全くホントに。聡困っちゃう」
「あらさっちゃん、31にもなって気持ち悪いですわよ」
「あなたも十分気持ち悪いですわよたっちゃん」
 反応を返してきたガミにそう言うと、後ろから冷たい声で「何やってんスかいい歳して」と言う声が聞こえた。
「なんだよ赤崎ー、聡まだ若いもん!」
「アンタ自分が何歳かよく考えてくださいよ」
 なんというか、さすが赤崎と言うような辛辣な言葉だ。
「ところで丹さん」
 私服に着替え終わり、人の少なくなったロッカールーム。俺も帰ろうかと思いドアの近くまで歩いていたときだった。またしても赤崎が話しかけてきた。
「今日、いいッスか」
「……おう」
 ――赤崎と俺は、付き合っている。
 赤崎を車に乗せると、そのまま家へと走らせる。お互い言葉なんて一つも交わさない。助手席に座る生意気な後輩は、耳にイヤホンを着けたままだ。
 付き合ってるからには何を聴いているんだろうか、だとか。もちろん気になるわけなのだがそんなことを言いだせる雰囲気ではない。多分、というか。コイツは確実に怒っている気がする。
 家に着き、鍵を開けて部屋の中へと招く。と、赤崎に寝室へと手を引かれた。そしてそのままベッドに押し倒された。
「あらら、今日は随分積極的なのね」
「黙ってください」
「なぁ、赤崎」
「黙ってくださいって言ってるでしょう」
 上に乗っかる赤崎の目はどこか寂しそうで、声も震えていた。今にも泣き出しそうな、そんな声だった。
「丹さん、やっぱりまだ堺さんのこと好きなんスか」
 ああ。予想的中。考えた通り、彼は先程のロッカールームでのことで怒ってる。
「俺、同情なんかで付き合って欲しくないんスけど」
「別に同情じゃないよ」
「だったら、重ねてるんじゃないっスか?」
「何を」
「俺と、堺さん」
「んなことするわけないだろ。心配性なんだなー、赤崎は」
 内心ビクビクだ。情けないことに。
 赤崎の言う通りだ。俺は赤崎と堺くんを重ねてる。赤崎と付き合っていても、何をしたって堺くんのことが好きでしょうがない。
 ずっと、好きだった。入団して、よく話すようになって、飲み仲間になって、好きになっていた。あのプレー中の冷静さがどうしようもなく格好良くて仕方なかった。でも本当は優しいところだとか、世良よりも知ってるであろう堺くんのいいところはあげてもキリがないくらいだ。
 それなのに言えなかった。嫌われたくないなんていう女々しい考えだけで何年も何年も悩み続けてきた。
そして、堺くんは世良と付き合っていた。気が付けばそんな形で自分の気持ちを諦めなければいけなくなっていた。
「ねぇ丹さん……俺はね、アンタに俺だけを見ていて欲しいんスよ」
「だから俺は」
「丹さんにグチャグチャにされたい」
「……っ」
「丹さんに思いっきり乱されたいんスよ。何もかも、逃げ道がなくなるぐらい」
「赤崎、俺は」
「でも丹さんは堺さんしか見てない」
「赤崎!」
 赤崎の肩が小さく跳ねたのを俺は見逃さなかった。
 俺にグチャグチャにされたいなんて。そんなのまるで昔の俺じゃないか。堺くんに乱されたくてたまらなかった。あの目に自分だけが写ったら、考えただけで興奮するぐらい。
 赤崎と堺くんは似てると思う。それは辛辣なこと言うくせに優しいところとか。そのぐらいなのかもしれないけど。
 別に俺は赤崎が嫌いなわけじゃない。寧ろ好きだし、堺くんのことを好きになっていなかったら、もっとちゃんと付き合ってやれたのかもしれない。
「丹さん……俺もうどうしたらいいかわかんなくなってきました」
「確かにさ、赤崎の言う通り俺は堺くんとお前を重ねてるかもしれない……」
 でも。そう呟いて、言葉が出なくなった。でも、なんだ。このまま別れて欲しくないなんてどの面下げて言えるんだ。
 俺は赤崎をどうしたいんだろう。堺くんと重ねてただけじゃないはずなのに。そういえば、俺は赤崎の笑顔を見たことがない気がする。いつも辛そうに笑ってる赤崎しか出て来ない。
 それはきっと、俺のせいだ。赤崎はわかってたんだ。俺が赤崎に対してどんな気持ちで一緒に居続けてきたのか。
 赤崎はそれでも隣にいてくれたんだ。こんな最低な男の隣に。付き合っているのに、片思いの相手をバカみたいに思い続ける俺の隣に。
「ちょ、丹さん!?」
「あか、さき」
「何いい歳して泣いてんスか……!」
「え、いや、さすがに泣いてなんか……ってあれ、」
 涙が、止まらない。
「いきなりどうしたんスか全く」
 赤崎がそう言って柔らかく笑う。全部許すかのように、柔らかく。
「赤崎っ!」
 どうしようもなくなって、俺は衝動のままに上にいる赤崎の首に腕を回すと、そのまま自分の方に抱き寄せた。
「っわ……!」
「ごめん」
「なにが、スか」
「確かに重ねてたよ、お前と堺くん。でももうしない。もうあんな辛そうな笑顔させたりなんかしない」
 つまりは、そういうことだ。俺はとうの昔に堺くんのことを諦められてたんだ。ちゃんと向き合おうとしてなかっただけだったんだ。そのせいで赤崎にあんな辛そうな笑顔をさせて。
「これからは、心から笑わせてやるから。だからこれからも隣にいてくれ……遼」
 一瞬目を見開いて、信じられないというような顔をした。ちゃんと向き合ってみたらとんでもなく可愛いじゃんか、コイツ。
「丹さ……俺……」
「聡」
「このやろっ……格好つけやがって」
「遼にだけは言われたくないぞー」
 俺の涙が止まったかと思うと今度は腕の中の赤崎が泣き出した。
 多分、堺くんのことはまだ好きなんだと思う。ただ、恋愛感情としての好きという気持ちは以前よりもぐんと減ったんじゃないだろうか。
 何よりもいつも生意気な癖に今はまるで子供のように泣きじゃくる赤崎がどうしようもなく愛おしい。
「これからは甘えまくっていいからな。今まで辛い思いさせた分お兄さんに甘えなさい遼ちゃん!」
「はっ……ちゃんは止めてください、ちゃんは」
「遼たん」
「聡たん」
「うわ、恥ずかしいな」
「そりゃそうでしょう」
 そっと、短い彼の髪を撫でる。気持ち良さそうに目を閉じる姿を、俺はきっともっと早く見ることができたのだろう。
 昔の聡のバカ野郎。こんな可愛い子を放っておいたなんて本当にバカ野郎だ。
「聡さん、じゃあ手始めに今まで放置してきた分だけグチャグチャに溶かしてくださいよ、思う存分喘いでやりますから」
「明日オフでよかったな、遼」
「おっさんの体力がいつまで持ちますかね、あ、精力っスかね」
「あー、聡ちょっと怒ったぞ」
 翌朝。31歳丹波聡、まだまだ男としていけるかもしれないなんて思ったのは秘密だ。





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