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それは君に風みたいに攫って欲しい僕の我儘





「例えばさ、雨が降ったらいっそずぶ濡れになって走り回りたいって思わない?」
「は? いきなりなんスか」

 久々のオフ。俺はふと思い立って、朝から丹さんのマンションを訪ねた。恋人なんて二文字に先日ぴったりとあてはまってしまった俺たちだが、実は丹さんのマンションを訪れるのは初めてではなかった。
 いきなりの訪問に驚かれつつも、赤崎が来てくれて嬉しい、なんて言う丹さんは本当にかわいい人だ。丹さんのマンションに来て数時間。最初は一緒にテレビを見たり昼食を食べたりしていたが、陽が沈むにつれて口数は減っていった。丁度俺が読みたかった雑誌が丹さんの本棚にあり、それを借りて読み始めてから、俺たちは二人して黙々と雑誌を読んでいた。
 そしてそれからどのぐらい経っただろうか。まるでガミさんのようなことを言いながら、丹さんは俺をソファ越しに抱きしめてきた。
そして話は冒頭に戻る。

「雨に濡れたいとかもはや小学生じゃないスか」
「じゃあ晴れた日には思いっきりチャリで走りたくならない?」
「チャリではないスけど、それはまぁわかります」
「じゃ、雪降ったらやっぱ寒さに震えつつも辺りが輝いて見えたりする?」
「あんまり」
「雷は、怖いね」
「丹さん、さっきから。いきなりどうしたんスか」

 関連性はある。全部天気が関係している。けれどそれは、天気を意味してるんじゃないような気がしてならない。
 丹さんは素直に泣かない。否、泣けない。優しすぎていろんなものを背負い込んで、全部笑顔でごまかして。たまに丹さんを抱きしめた後顔を覗くと凄く困っているようで、けれどすごく安堵したような表情をしていることがある。
 それがなんだか今にも崩れてしまいそうなほど泣きそうだからどうしようもない。
 丹さんは上手く隠せているとでも思っているのだろうか。自分がとてつもなく弱くて儚い存在だと言うことを、俺が気付いていないとでも言うのだろうか。
 ――弱いくせに我慢すんなよ。アンタ、そうやって今までどれだけ自分を犠牲にしてきたんスか。
 そう、言って。そしてきつく強く抱きしめて。そうしたいのに。
 丹さんは、いつもそれを無言で拒んでしまう。

「いっそ」
「いっそ?」
「空を自由に飛びたい」
「鳥みたいに?」
「赤崎、タケコプター」
「俺は四次元ポケットなんて持ってないです」
「ばか」
「どの口が言うんスか」

 ばかはアンタの方じゃないか。
 背後にいる丹さんを振り返って、思わず口にして、後悔した。仮にも。いや仮じゃないけど、先輩に向かってばかって。それになにより、丹さんはばかなんかじゃない。臆病なだけなのに。わかっているのにばかだなんて、あんまりだ。
 ズキズキと痛む胸を押さえながら、それでも丹さんから視線が逸らせずにどうしよう、かと悩んでいたときだった。

「赤崎」
「なんスか」
「痛い」
「えっ」
「だから、触ってよ」
「どこを」
「胸」
「は!?」
「あ、揉むんじゃないぞ! あと乳首は触るなよ!」
「触らないッスよ!」
「触らないの?」
「なんスかこれ」
「さぁ?」

 意味のわからない会話をしつつ丹さんは俺の隣へと腰を沈めた。
 俺はそんな丹さんの言う通り、Tシャツ越しに丹さんの胸に手を置いた。触るというか触れるという感じだが、丹さんはどうやら満足したらしく、子供みたいに破顔させていた。

「あったかい」
「そりゃあ、生きてるんで」
「ん……ありがと、もういいよ」

 俺は言われたとおりに丹さんの胸から手を離した。そうして丹さんの顔を見てみれば今度はそれこそ涙腺崩壊と言ったように一気に今までの笑顔を崩して泣きだした。
 全く手のかかる31歳だ。三十路越えじゃないか。早くかわいい嫁さんでも見つけろよおっさん。
 そう思って複雑な気持ちになりながらも、俺は丹さんを抱き寄せた。

「やっと泣いた」
「あか、さき、ごめんな、ごめん、迷惑掛けてごめん、俺不安で、全部、不安で」
「はい」
「こんな顔見せたくないし、こんな顔するつもりもなかった、けど、でももうだめで」
「……はい」
「俺はピエロなんかじゃない、から」
「当たり前です」
「結局、強がって笑う割には、頭の中でぐるぐる不安になって、怖くて、これからのこととか全部何もかもが」

 やっと吐きだしてくれた。やっと俺は丹さんの痛みを共有できるんだ。少しでも、もっとたくさん俺にぶつけて欲しい。俺は女じゃない、いっそ苦しいなら俺を殴るでもすればいい。女みたいに、後からわあわあ泣いたりしないから。
 だから全部俺にぶつけて、苦しまないで。

「いっそ同棲でもしますか、丹さん」
「なんでそうなるんだよ」
「丹さん、どうせ一人で泣いてるんでしょ」
「な、泣いてなんか」
「いつでも俺が胸貸せるように、同棲しましょう」
「うっさい」

 だからどうか、辛い時は笑わないで。





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