日の射す水の中でキスを一つ
『次のオフ、デートしませんか?』
「……あ?」
窓からはさんさんと降り注ぐ太陽からの光、その光で明るく輝く部屋。そんな目の前の小さな幸せというにふさわしい風景とは裏腹に、そのメールを開いた瞬間から、俺の心は落胆だけが支配していた。
次のオフは部屋の模様替えでもしようかなどと考えていたため、いきなりの世良からの誘いにはどうも良い返事ができそうにない。
「というか、次のオフって言ったって明後日じゃねぇか」
近くに掛けてあったカレンダーに目をやると、今週の水曜日に赤ペンで丸がつけられている。
急だ、本当に世良はとことん馬鹿だ。
そんなことを思いつつ先程のメールに返信をするべく携帯のキーへと指を伸ばした。
『次のオフって明後日じゃねぇか。それにその日は部屋の模様替えすっからダメだ』
送信ボタンを押し携帯を閉じると、今まで浅く座っていたソファへと深く沈んだ。
きっと今頃、小さな恋人は俺の返信を見て悲しんでいるのだろうか。そう思うとなんだか胸がざわざわとざわめき始めた。
別に世良と出かけるのが嫌だとか、そういうわけでは決してない。けれどやはり恥ずかしい。この歳にもなってデート、なんて。しかも相手は年下のチビだ。考えただけで頭が沸騰しそうになる。
正直俺と世良は付き合ってこそいるが、未だ清らかな関係のままだ。体を重ねたこともなければ、キスも、ましてや手を繋いだことさえない。俺が嫌だと言ったからだ。
理由は全部恥ずかしいという一言で片付いてしまうくらい単純明快だ。俺にも人並みの性欲はあるが、世良とそういう行為をすると考えるとどうにも想像できず、尻込みしてしまうのだ。
――多分、世良は俺が本気で嫌がっていると思っている。
嫌だ、と言う言葉の裏には無理矢理にでも奪って欲しいという思いが隠れているなんて、世良はきっと知らない。
「我ながら……ほんとに馬鹿だよな」
世良も馬鹿だが、俺も馬鹿だ。ただ一言、奪って欲しいと言えばいいだけなのに。それが言えないなんて。
テーブルに置いていた携帯が初期設定のままの電子音を鳴らしながら小刻みに震えている。俺は急いで携帯を手に取ると、受信メールを確認した。
『え、あああ!確かに明後日ッスね……やっぱり、ダメッスか?どうしても…?』
固まった。いつもの世良ならダメならしょうがないッスね、と言っていたのに。普段よりも強気なその返信内容に、思わず心が躍る。嬉しかった。
『お前がどうしてもって言うなら行ってやらないこともない』
キーを打つ手が跳ねる。頬も少し緩んでいるかもしれない。どこの女子高生だ、と思いつつも高鳴る胸は必死に早鐘を打ち続けている。
『え、マジっスか!? え、じゃあ俺行きたいところあるんです!そこ行きましょうそこ!』
『どこか知らねぇけど、まぁ、いいぞ』
『やったああああ!! 堺さん大好きッス……! どうしよう俺、今すっごく堺さんとキスしたくなって来ました』
「ちょ、は、キス……!?」
思わぬ言葉に目を丸くして驚いた。キス、なんて言葉が世良から出てくるなんて思わなかった。
「アイツいっつもちゅーちゅーうるせぇくせして」
なんでこういう時に限ってアイツはド直球で来るのだろうか。返信に少し戸惑う。キスは、まぁ、したいけれど。
だけどまさかメールで言ってくるなんて。馬鹿野郎。
『はいはい言ってろアホ。あとキスはお断りだ』
俺はそう返信すると、再びソファへと沈んだ。
顔の火照りはどうやらまだ冷めないらしい。
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