5

 クランが踵をかえし自室に戻ろうと足を向けた瞬間だった。

「ふざけた事言ってんじゃねえぞ・・・」

 地を這うような威圧感のある声にクランは身動きが出来なくなった。いったい誰だというんだと考えてすぐに、その声の主が先程まで明るい声を発していたジルだということに気がついた。

「・・・お前・・・(誰だよ)・・」

「撤回して下さいよ。俺を女みたいって言ったこと、確かにこの見た目のお陰で善くも悪くもいろいろあるけれど、君みたいな一方的な言われ方に黙っていられるほど俺は女々しくない」

 おそらくジルは全く気付いてなかったであろう、自分が普段とは百八十度違うまるで別人のような存在感を放っていたことに。

「ああ。どうやら俺の見当違いだったみたいだ。悪かったよ・・・お前はちゃんと男だわ」

 そう謝ったクランは金縛りに遭ったような今の状況を打破したくて仕方なかった。
 そんなクランの願いが通じたのか、謝罪と自分を男だと認めてくれたことに気分をよくしたジルは、喜々としてクランに手を差し出した。

「ふふふ。ありがとうクラン。君とは良いルームメイトになれそうだね」

「そ、そうだな・・・よろしくな・・ジル」

 クランは恐る恐るジルの手をとり握手を交わした。だが、猛烈な違和感を感じたクランは直ぐにその手を離したのだった。

「・・・クラン?」

「・・・(何だよ今のは)・・・」

 クランはジルの問い掛けに構って居られないほど狼狽していた。

「なあ。どうしたんだよ」

 先程よりも大きい声でクランに問い掛けるとやっとクランの瞳にジルが映った。
 そして何か少し考えるそぶりをみせると、クランはジルに問い掛けた。

「・・・ジル。お前魔導師の血族者か?」

「・・・・!」

 ジルの頭の中を一瞬にして驚愕の二文字が覆った。そして、生徒会で聞いた話や此処に来て着けられたブレスレットを思い出し、一つの答にいたった。

「クラン、君もなんですか」

 生徒会に居た面々しか知り得ない、ジル自身さえも先程知ったばかりだというこの国に根付いているルーツ。それをクランが何故気付いたのかは解らないが、知っていたという事実から導き出されたのは、クラン自身もその血を有しているという一つの答であった。

「ああ。俺はおそらくそうだろうな・・・たぶん此処の選別に引っ掛かるのも時間の問題だろうさ。だけどそれまでは誰にも他言しないでくれよ。お前の方は生徒会にでもバレちまってんだろうけどさ」

 クランの話の節々に違和感と疑問を抱きつつも、ジルは解ったとクランの要望に頷いた。


 その後ジルは空いている部屋に移動し、そこに積まれた荷物の山を見て苦笑するしかなかった。おそらく過保護なカグラの事だあれもこれもとジルの為に用意してくれたのだろう。まだ初日だというのにジルはカグラが無性に恋しくなったのだった。

 そしてもう一方の部屋ではクランが机のランプだけをつけた薄暗い中で分厚い書物をひたすらめくっていた。よくよくみるとクランの荷物はさほど多くないにも関わらず地面は多くの書物で埋め尽くされ、それ以外は変わった物が点々と配置されていた。そして机の上には四角い錠のされた箱のような物が置かれ、それだけがこの部屋の中で異物のような存在を放っていた。
 そんなクラン自身は書物をめくりつつ、未だに感じる寒気に舌打ちをしながらぼそぼそと独り言を漏らしていた。

「ジル・カグラ・・・お前いったい何者何だよ・・・」

 クランがジルに感じた違和感はかつて一度だけクランが感じた事があるものだった。忘れようのないあの違和感をクランは知っている。けれどもあのような自分よりも小柄な少年が抱えているはずのないものだ。その事実が尚更の事クランに違和感を感じさせるのだった。



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