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二人の間には沈黙が流れていた。てっきり明るいマルクスのことだ、すぐに返事を返してくれると踏んでいたジルにとって今の状況は理解することができなかった。
「おい、マルクス・・・どうかしたの?」
痺れを切らしたジルは口を開いた。
「・・・あ、いやすまない。えっと、ジルでいいかな?」
マルクスは歯切れが悪そうにそう答えた。
「ああ、もちろん。でも、突然黙って・・・」
「まあ。たいしたことじゃないんだ。たぶん私の勘違いだと思うしね」
曖昧な答えに疑問を残したジルは、マルクスに詰め寄った。
「気になるんだけど、そこまで言っといて何の説明もなしとか言わないよね」
ジルは極上の笑みを浮かべながらそう言った。
「ジルもなかなか厳しいね。本当にただ思った事があっただけなんだけど、そこまで言われたら話すよ。実際私自身気になっていることだから、ジルに聞けばはっきりすることだし」
マルクスは自分で何やら納得し、ジルの方に視線を合わせて話し出した。
「さっき、ジル・カグラって言っただろ。カグラって家名からもちろん君の家が貴族じゃないことはすぐに解った。もちろんそんな事はどちらでもいいことだし、私もそんな細かい事を気にするような男じゃないんだけど、ただカグラだけは違うんだ。もちろんこの地では珍しい家名だということもあるけど、探せばいくらでもあるものだとも思う。ただね、私には心から尊敬していて目標としている方がいてね。その方の家名がカグラなんだ。だからつい反応しちゃったんだ。まあ、その方は未婚者だし、彼の家系的にもうカグラを名乗っているのは彼だけだからジルと関係があるはずないのにね」
マルクスは苦笑しながらそう話したのだった。
「マルクスがそんなに尊敬してる人なら凄い方なんだろうね。名前は何ていう方なんだ?」
「ああ、もちろん。俺の唯一の存在である方だしね。名前はこの軍を目指している者だったらもしかしたら聞いた事あるかもしれないな、何せ帝軍の黄金世代って言われた方の一人だからね」
マルクスはまるで自分の事のように雄弁に語った。
「その方の名前は、ユラ・カグラ。ちなみに言うと私の義兄何だけどね」
照れながらそう言うマルクスとは裏腹にジルは思ってもみなかった名前が出たことにただただ驚くしかなかった。そして義兄だということはマルクスはカグラの義弟ということになるではないかと、さらにジルの頭を悩ませる事となった。
「マルクス・・・、お前ユラさんの義弟だったのか」
「まあ、腹違いだけどね。にしてもユラ兄上のこと知っている口ぶりだけど・・・ジルも兄上のファンとか「それはないっ」・・・そんな否定しなくても・・、でもそれじゃあ何で・・」
ジルは頭を抱えた。カグラの知り合いという者にあまり会った事がなかったということや、思えばカグラの家族事情というものを自分は何も知らなかったということに愕然とするしかなかった。面倒くさがりなカグラの事だ、自分にとって楽しい事以外はあまり行動に移さなかったのだろう。だがそのせいで自分はとんでもない事実を知ってしまったとジルは嘆くしかなかった。
「マルクス・・・実に言いにくいんだけど。俺、ユラさんに会った事あるんだ・・・。というより俺、ユラさんの養子なんだよ」
ジルは眼を泳がせながらぽつりぽつりと口を開いた。マルクスの反応が恐くてどうしても顔を見て話すことなんて出来なかったのだった。
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