「てかさ、ドリラってアモスどうしたの?」
「え?」
「アモスはアモスよ。エヴォの子なんでしょ? あー、ほら、妖精みたいなのと一緒に暮らしてたんじゃないの?」
「……もしかして、モンドのこと?」

でも彼は、リュミエルと違って形はない。声だけの存在だ。心の中で響く声。硬いしゃべり方の、性別さえ明らかでない、でもボクの……親のような存在。彼が、アモス? そう言えばあったばかりのころそう言っていた気がするが、忘れていた。

(ねえモンド、キミの事?)
『……』
(ねえ無視?)

返事をしない。任務の時とか、五月蠅いくらいやれ詰めが甘いだのなんだの話しかけてくるのに、最近本当にしゃべっていない。ケンカもした事がないのに。一体ボクの何が気に障ったのだろう。まあ、いっぱいあるだろうけど。たとえば……、人前でエヴォの力を行使した事、とか。

「モンド、ねえ。……アタシの古い友人に、そんなやついたかもね。寡黙っていうか、暗いって言うか、なーんか陰気な奴だったけど」
「ふーん……」
「ま、悪い奴じゃないんだけどね。で、そのモンドはどこ?」
「それが……、なんか話しかけても答えてくれないんだよね」

なにそれケンカ中の親子? と変な顔。彼女の表情を見分けるの、慣れてきたかも。

「そんな事あるんだね。エヴォの子とアタシ達が話をしないなんてさ」
「アタシ達って、キミたち何なの?」

ふわり、肩にのる。重量は存在しないくらい小さいものだった。思わず顔を90度曲げて、リュミエルの顔をのぞき見る。彼女は少しだけ暗い顔で、小さい小さい、ボクにもやっと聞こえるくらいの声で、彼女はささやいた。

「……幽霊」

え。と立ち止まりそうになる。すると彼女は今まで見せた事のない様な顔でにぱっと笑って言う。

「ジョーダンよ冗談! そんな顔しないでよ」



――ヨーレステラ。

見た事のない街。大きな堀と壁に囲まれ、土造りの茶色い建物が並んでいる。中央の道の真ん中には、大きな図書館が建っている。それを囲むように、この街は出来てる。たとえば学校が。学校が、そしてまた学校が。ここは学問の街らしかった。

「……すごい」
「おまえ、もしかしてと思って訊くけど、あの街から出た事無かったりする?」
「うん。あーいや、昔旅してた時にこの町も通ったのかも知れないけど。小さい時の話だからさ。覚えてないや」
「……昔、旅?」

やっぱり食いついてきた彼女に、口が滑ったと思う。人目を避けるためにラルさんのローブの中に入ってるけど、声はしっかり聞こえる。

「気にしないで。えっと、図書館に行くんだよね」
「ああ。まあオレ達が情報を集めるんじゃなくて、言っておくが、ここにいる同志が集めた情報を本部に持ち帰るのが仕事だからな。……いくぞ」
「うん」

会話はそれまでになった。巡礼者の格好をした彼は同じような格好をした本物のみなさんに混じっていってしまった。ボクはボクで学生のふりをして、ここにいるのが当たり前のような顔をしてメインストリートを進む。

『……ドリラ』
(モンド! なんで無視してたの!?)
『良いから黙って聞け。お前はただのエヴォの民じゃない』
(……いきなりそれって、どういうこと)

出来るだけ何もしていないと言った風に歩く。ヒトにぶつかったら軽く頭を下げる。とにかく怪しまれては終わりだ。

『時間がないのだ。……時機がくれば、分かる。ただ一つ言えるのは、その時が来るまで、お前は今まで通り、自分が女で、エスコニである事を隠しなさい』
(……ラルさんや、リュミエルにも?)
『誰にも、だ』
(分かった。けど、なんで今まで返事してくれなかったの?)
『……我の声が、リュミエルに聞かれるといろいろと……厄介なのでな』

やっかい? それってどういう意味? そう訊こうと思った時、彼の感覚がふつりと消えた。まったく、自分勝手なんだから。結局訊きたい事の殆ど訊けなかったし。今まで通り、よりちょっと警戒しておけと言う事なのだろう。ふっと前を見据える……待ち合わせ場所まで、あと数十歩と言ったところだろう。

「……」
「……」

軽くアイコンタクトを交わし、やはり自然に図書館の階段を共に下る。一歩、また一歩。早足だが確実に。そうして少しずつヒトが消えていっても、ボクとラルさんは二人で残って、無言のまま階段を下っていく。ギシリ。下に行けばいくほど板がもろくなっていく。

「……ここだ」
「うん」

誰もいなくなって、何階くらい下りたろう。永遠に続くんじゃないかと思った階段がやっと終わった。木製のドアをノックすると、どうぞと柔らかい女性の声。遠慮なしにドアを開けると、入りながら、そこにいた声の主らしき知的な女性に言う。

「……コーヒーを一杯、貰えないか」

って、それかなり厚かましいんじゃないかなあ。微妙な表情でボクが成り行きを見守っていると、女性は眼鏡の下のミドリの目を微笑ませてこういった。三つ編みにした豊富な、そしてふわふわした金の髪が揺れる。

「ドアを閉めてくださる? ……そこの棚の中、上から三段目の箱の中に」
「助かる」
「……彼は?」
「オレの古い知人だ」

歩いて棚の三段目から箱を丸ごと抜き取る。そのまま持っていた袋の中にがさっと放り込むと、女性に背を向けてまた歩き出した。何が起こっているのかまだ理解できないボクは、きょとんとしているだけ。

「……用が済んだ。帰るぞ」
「え……でも」
「いいから」

背中を押されてさっき来た道をまた戻る。やっぱり下りよりも上がりの方がきつい。何段あるか数えていたボクのカウンターは、1000を超えたあたりで数を刻まなくなってしまった。長い。とにかく長い。やっと外の空気に触れると、彼は小さな声でささやいた。「戻るな。進め。さっきと違うこの街の入り口右手にある小さな武器屋で落ち合おう」「……うん」そういって彼は雑踏に消えていった。

ボクはまた一人で歩く。モンドも空気を読んでか、何も話しかけてこない。外側に行けば行くほど、貧相な身なりのヒトが増えていくのをいやでも感じた。ヒトも少なく寂れた出口、その右手に「武器の店」と書かれた看板をみた。

ぎいぃぃぃ……。さび付いたドアを開けると、埃臭くて思わず口を袖で覆った。なんだろう。この異様な感じ。まるで誰もいないように装っているように感じる。後ろでドアが閉まる。日の光が小さくなって、消えた。
  
『ドリラ』
(わかってる)




次の瞬間、ボクは斬撃を避けて左に跳躍した。

title 隠嘘
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