「平和だねぇ……」

窓から覗く商業の都 ダレスネーラの空は青。
ボクことエスコニ……否、ドリラは一つのびをし、出窓を離れると、さらしをまき直し、黒いシャツと白い上着を羽織った。

「今日も頑張ろうかな」

姿見の前に立ち、軽く帽子をセットし微笑むのは、少年か少女か分からないものだったが、服は明らかに少年のそれ。胸も目立たない。ドアノブに手を伸ばし回す。涼しい朝の風がボクの肌をなで、吹き抜けていく。

「ほんとに良い天気だね」

便利屋ドリラとして、名前はかなり売れているらしいボクは、自分の小さな家にある小さな路地で飛んでいった鳥を見て呟く。と、モンドが不機嫌そうな声を上げた。

『お前まで平和ボケするのではないぞ』
「はいはい」
『全く、お前は分かってない……』
「わっ、」

ぼやくモンドの声を軽くかわすと、上から冷たい水が降ってきた。雨? でもすごく晴れてるし……。

「ドリラ! 悪いねえ、かかっちゃったかい?」

ひょいっと隣の家から女性の声。恰幅の良い女性だった。

「おばさん! 大丈夫だよ」
 
あらそう、今度何かもっていくわ。そう言って彼女は水まきの続きを開始しようと如雨露を持ち直した。

「貴方に幸運が訪れますように」
「うん、貴方にも!」
『ドリラ、遅れるぞ』

少しいらつきながら、モンドが言う。はいはいと返事をして、帽子を抑えて走りだす。
……彼女の息子のラルは、ボクと同じように元便利屋。1年前、作業中に火災にあい、運悪く帰らぬ人になったのだ。しかも、遺体も見つからないような、非道い火災だったと言う。そのせいか、彼女はボクを実の息子のように、ボクも母さんだと思うくらい可愛がってくれるのだった。

(もう、何年に、なるんだろ?)

角を曲がった、その時だった。

ピ――――――ッ!!!

けたたましい警笛の音と、石畳を駆ける靴の音。それから少量の爆発音。

「そっちに逃げたぞ!!」
「追え!!」
怒声とも叫びとも着かない緊迫した声の連続。商業の街としてかなり栄えている此の街だが、それと同時に窃盗もよくあるから、ある程度のことにはそれなりにボクにも耐性は着いてるし、どう動いて、捕まえたときは何処に届け出れば良いのかくらい分かっている。でも、今日の緊迫は、違う。痛いくらいの緊迫ってやつ。
ボクには、覚えがある。

「殺せ」
「殺せ殺せ」

「子供とてエヴォの子に変わりはない、殺せ」


記憶が、フラッシュバック、し そ  う  。

『エスコニ、落ち着け』

胃がきりきりと痛い。心臓を素手で捕まれた様な、そんな焦燥が体の中をはいずり回る。誰の声も耳に入らない。それは例え頭の中に響くモンドの声だとしても、だし、彼が久しぶりにボクのことをエスコニと呼んだのであっても、だ。
思えばこんな感覚は久しぶりだ。あの日のことは思い出しても気持ちの良い物ではないし、むしろ思い出すことを拒んできた。それなのに、どうして?

(やだ、思い出したくない。やめ、て)(でも駄目だ、どんどんこっちに来る)

気が付けば、踵をかえしていた。



「はあ、はあ、はあ……」

ボクはドアに背を預け、ずるずるとへたり込んだ。心臓が大きく脈打っている。気が付けば、姿見に映る自分の顔は蒼白だった。おびえきった表情は、あの日と変わらない。

「……ッ」
『ドリラ、大丈夫か』
「……もう、だいじょうぶ。ちょっと驚いただけだよ。ね?」

と、ドアの方で、何かが崩れる音がした。

「な、何……?」
『?』

震える足に鞭打って立ち上がる。念のため手頃な棒を手に、そっとドアをあけると……そこには人間が倒れていた。
その傍らには、青い光が。

「え……?」

煤け、薄汚れた黄土色のローブのフードで頭を隠し、男か女かも判断できない。旅人……巡礼者のようにも見える姿だった。帯剣しているのも、身を守るためだと言えばそうだろう。

『生きているぞ』
「え、あ、ちょっと、だ、大丈夫?」

震える手をそっとローブに伸ばすと、怒鳴り声が耳に飛び込んできた。足の震えも止まる。

「何処に行った異能者ッ!!」
「出てこい化け物めが! 成敗してくれる!」
「キミ……!」

咽が一気にかすれて、それから先が発せられない。

(キミが、追われているの?)

比較的近くで声が、

「この道は探したか!?」
「いや、まだの筈。それに此処にはドリラが居る。何かあればあいつのこと、すぐに役所に連れて行くだろう!!」
「……でも今日アイツ見てねえし、一応見ておくか」

ボクはそれを担ぐと家へと運び、鍵を掛けた。



「う、うう、う……」

少年はさっきからずっとうめいている。先ほど熱を測ったが、39度5分という高熱だったので仕方なかろう。……さっきから、モンドが黙ったっきりだ。ボクの呼びかけにも応じてくれない。

「きゃ!」

小さいが、可愛らしい少女の声が聞こえた。少年の声では無い(筈!)と思いながらも、ボクは体をひねって見る。……光が浮いている。少年にくっついていた青い光が、ふわふわと宙を舞っている。「な、どこ、ここ」愛らしい声の持ち主もこれのようだ。

「虫?」

思わず小さく呟くと、光は凄い早さで近づき、一喝した。

「虫違あああう!!」
「えええ!? ごめんなさいい!」

あの、誰か此のまか不思議な状況を説明してください。光が、光が喋ってるんだけどねえモンド無視!?
落ち着いてまじまじと見てみると、黄色い光はベールのような物らしく、体がその中にあり、無表情だった。いや、顔つきは可愛らしく整っているのだが、それを無理に押し殺してる様な……。でも、驚くべきなのは、その背中に半透明の黄色い羽が付いていた事だ。……妖精、かとおもった。物語に出てくる妖精。

「だ、だれ? 貴方、あたし達をどうする気? 王都に連れて行く気? それとも人売り?」

妖精さん(仮)は挙動不審にボクを眺めそうまくし立てた。目は、青い。米が焦げないように混ぜるのを再開し、答えた。まずい、焦げちゃってるかも。

「なにもしないよ」
「ふーん……たしかに人畜無害そうね。あんたがあたしとラル様を助けてくれたの?」
「うん。でもまあ、家に上げて消毒しただけだよ。あの子、ラルって言うのかな? 凄い熱だけど……」
「え!? ……そっか、最近ずっと逃げてばっかりだったから」
「追われてるの?」

聞いてみてからはっとした。相手は自分のことを人売りと言った。信用されていない、誤解を受けるかも知れないなと思い、暖まった即席おかゆを茶碗に入れながら言った。……やっぱり焦げてる。

「言えないのなら、良いけれど」
「……ごめんなさい。あたし、あなた達人間に酷い事されて……。あなたはいい人みたいだけど、言えない……」

いいんだ。仕方ないよゴメンね。 
そういって、ボクはベットに目をやる。

(このヒト、ボクと似ている気がする)

ふと記憶をたどりながら、そしてふと後ろを見る。……苦しそうに、でも横になる少年の顔。まさか、ね。1人の少年と、その少年の顔が重なり、ゆるゆると首を振る。

「あの人の様子をみてきて」と、出来るだけ優しく笑い言う。しばらく表情を見ていた彼女が飛んでいったのを認めてから、コップとできたてのおかゆをお盆に載せた。

「ラル様ぁ!」

見ると少年はもう起きあがり、驚いた様子で辺りを見回していた。そりゃあ、そうだろうな。

「気分はどうですか?」
「!」

彼はじっとボクを見つめて(と言うかにらんで)いる。そっとわきのテーブルにお盆を置いて、声を待つ。

「……此処は?」
「ダレスネーラです。あなたは追われていて、ボクが家に匿いました」
「まさかお前……」
「ドリラといいます」
「……憶えているか、俺のこと」

瞬時考えた顔をした彼は、そう言った。
……そうか。やはり、キミは。

「ラルさん。そうですか、キミだったんだね」
「……お袋には言ったか?」
「言えないよそんなの。だってラルさん追われてたんだし」
「そう、か」

お袋。彼にとってのお袋は、ボクにとってのおばさん。隣に住むおばさんだ。そしてボクにとっての彼は、火事に遭って死んだ少年。……生きていたなんて。
そう言おうと思ったけど、彼が元に戻した。

「俺のことは他言無用だ。俺は殺せる。わかるな?」
「……追われてるんだね、異端審問官に」
「俺たちは異端者なんかじゃない」

目には強い意志の光り。……そうだね、異端者なんかじゃない。キミも……ボクも。
ボクたちは、エヴォの民。

「……これ、食べた方が良いよ。あと薬、」
「薬は要らない」
「え? でも、」
「自分で治せる」
「え……?」

そっと、複雑な紋章を書き始めると、それはふんわりと輝き始めた。回りの、目には見えないけど必ず存在する、空気のようなものがそこに集まっていくような気がした。そっと何かを呟き始めた。呪文としか言いようもないそれを唄うような綺麗な声で呟きながら、現在進行形で書いている紋章。
それらが何となく見覚えがある気がして、ボクははっとした。

(かあ、さん…………?)

title 巡り会う欠片
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