「……」

色白の子供……おそらくミドルティーンだろう……が、ベットの上で身じろぐ。丸い黒い目が、月の光を浴びて光る。

「……かあ、さん」




それはまだ、ボクが私だった頃の話。

「貴方は普通じゃないの」
「貴方は普通じゃないから我慢しないといけない」
「貴方は普通じゃないから誰も信じちゃいけない」
「貴方は普通じゃないから誰にも心を開いちゃいけない」

信じるな心を許すな許しを請うな愛するな笑うな喜ぶな寂しがるな泣くな悲しむな怒るな求めるな感じるな考えるな憎むな妬むななななななななな

沢山の「するな」を母は《私》に言い聞かせた。何が普通じゃないのか今のボクにも分からないけど、そうやって言い聞かせられてきたボクにしては、そのこと自体が十分普通じゃないと言うことの証明になった。

「忘れちゃ駄目」

そういって、母は微笑む。

「信じて良いのは私だけ。私は貴方を裏切ったりしないから」
「うん、分かった」

 
そうして、とても優しくボクを撫でた。
そうしてくれるだけで、ボクは幸せだった。
それ以上の幸せを、ボクは「求めなかった」。



「殺せ」
「殺せ殺せ」

「女子供とてエヴォの子に変わりはない、殺せ」


突如現れた白装束を身に纏い、顔を覆面で隠した者達と、それと対峙する母さん。ぎらりと月明かりを反射して輝く刀身。ボクが覚えている母さんの最後の姿だ。母さん! そう叫ぶ口を近所のお姉さんにふさがれて、そのまま家の外に出され、納屋に入れられ、手早くマントをかぶせた。
ボクはどうしたらいいのか分からず、初めて、お姉さんに対する憎しみと、不安に動揺した。

「良いですか、《エスコニ》お嬢様。貴方は将来、我等《エポ》の導き手となるお方。此処で死んではなりません」
「母さん、母さん……!」

ボクがうわごとのように何度も何度も繰り返すので、お姉さんは少し悲しそうな目で首を横に振った。

「《陛下》は、もう……我等が唯一神が元へ……」

目の前が真っ暗になったような気がした。ボクは《信じない》。ボクには《聞こえない》。
でも、もう会おうとは《思わない》。そう決心した瞬間、乱暴に扉を叩く音がした。

「誰かいるのか」
「此処をあけろ」

くぐもった男の声。ここもだめか、とお姉さんの呟きが聞こえた。

『生きろ』
「……え?」

頭の中で響く、声。音じゃない。不思議な響き。

「……だれ」
「お嬢様……?」

『会うため、生きるために、戦え』

誰かは分からない。知りたいとも思えない。ただ、誰かが生きろって、会うために、生きるために、戦えと言っている。それだけは理解できた。……ボクにはそれで十分だった。

「私は、戦う」

そう口にした瞬間、ボクの中に何かが満ちてきて、耐えきれずに叫んだ。

「                  」

それにはじき飛ばされる様に、戸が、物が、柱が、壁が、お姉さんが、白装束達が、血が、死体が、剣が、犬が、猫が、家具が、屋根が、家が、町が、ボクを置いて、飛ぶ。
辺り一面が荒野になった頃、もっともその間がコンマ01秒だったのか、それとも一日だったのかは分からないが、とにかくそのころ、ボクは叫ぶのをやめた。

「……はあ」

大きく息を吸う。この様子では母さんもとばされてしまっただろう。それを確認する術も分からないボクは、ただただその場に座り込んだ。
……どれだけ時が経っただろうか。

『いつまで、座り込んでいるつもりだ』
「分からない」

得体のしれない声に答える。こうなってしまった今はもう、どうして良いのか分からない。

『我はモンド。お前の存在の力、アモスだ』

声は、頭で響く。耳で聞こえている訳じゃない。ぼんやりとそう思うと、声は続けた。

『お前の親がお前の存在の力であったため、なかなかお前と会えなかったが、元の存在の力を失った今、会うことが許されたのだ』

聴いていたボクは、ふと思う。《誰も信じてはいけない。》そう思って意識の外に追いやろうとしても出来なかった。

『無駄だ。誰かを信じなければ、生きてゆけぬ』

それを感じたかのような声に、体が硬直する。

『己を信じることも出来ぬお前が、1人で生きていくことなど不可能』
「生きていけない……?」

生の反対は、死。
死は、駄目。これは母が言っていたこと。

ならば、私はお前を信じなければいけないの?

『いいや。信じるという《結びつき》が、お前を生かす』
「……なら、アモス。ボクはどうしたらいい?」

出来るだけ柔らかく、ボクは言った。どうせ母様を失った今、生きていくための導はこれだけだろう。
声が、少し笑ったような気がした。

『少なくとも、其処にじっと座っていては何もならないだろう?』
「同感、だよ。モンド」

ぐ。力を込めて、立ち上がり、瓦礫の中を歩き出した。

title 破滅の夢
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