――どうかボクから、ボクを奪わないで。
驚いたラルさんは、そこからふっと真顔になりかけて、それからドアの方に視線を落とす。と、それをみたかのように、ノックの音が響いた。

「ラッツです。研究班から、伝言をあずかってまいりました」
「どうぞ」

そう入室を許可すると、濃紺の髪が、それから小柄な少女の体が姿を現した。一度おじぎをして、顔を上げ、そこにかかった髪を耳に掛ける。……耳が尖ってる。そういえばこの子も半竜族だったか。

「黙示録の解読が完了したそうです。研究室にお越しください」
「わかったよ。わざわざありがとう」

礼をして出ていく背中を見つめて思う。……黙示録の解読が終了した。それはつまり、ボクのタイムリミットが近づいているということ。

「だって。行こうか」
「そうだな」

無理して笑うことも、だからといって悲しみを見せることも、ボクはしない。彼もまた、なんの感情もなくそううなずいた。

「……行くか」





「黙示録の解読が終わりました」

長机の、ちょうど反対側に立って口を開いたのはオルフだった。ずれたメガネを上げ、言う。長い話だった。まとめると、だいたい以下のようである。
黙示録には、初めから終わりまで、すべての歴史という歴史がみっしり書いてあったらしい。それも全て、著者の夢日記として。それだけでも驚きではあるが、もっとも重要視すべきなのはこれまでのことではなく、これから。2700ページまでは文字がみっしり書いてあったにもかかわらず、その次のページ……つまり2701ページ以降が白紙だったということである。

「2700ページには、何が書いてあったの?」
「それが……」

そのページは三つの章……種・芽・実に別れており、それぞれに巫女、ボクのことと思われる記述がされていた。

「『種
疫病での死は王国への憎しみと恐怖を生み、やがて兵を進め、世界は罪無き魂を数多く失う。
《巫女》が王国に誕生す。名を《無垢》と称す。彼女は世界を破滅に導くであろう。


大地は春から秋を迎えるまで戦乱が訪れ、王国の地は恐怖と染血に包まれる。
王国の民は帝国の迫害を受け続けることとなる。
《災いの光》は《世界》を導き、力を得るだろう。


秋、《巫女》は人々を導き破滅に導く。
彼女を止めることは私にも出来ない』……」

そう書かれていたらしい。彼は大きく息を吸って、また口を開いた。

「最初の種にある《巫女》、そして《無垢》は我らの言葉で《エスコニ》。あなたの名前です。そして、芽にある《光》、それは《ラル》、《世界》は《ドリラ》。これは、ラルが貴方をここまで連れていき、私達エポという力を得ることを示している。戦乱は、我らに対する迫害を意味します。ちょうど貴方たち二人が出会った頃、オーズは私達に対する取り締りを強化したので……」

オーズはこのセンイパー帝国を宗教的に支配しているルーテル教の下にある。それが旧王国……エヴォ・トーギル王国の民であるボクたちを迫害するということは、つまりはそういうことだろう。

だが、問題はそこではない。

「……最後の、『破滅に導く』って、どういうこと? ボクが、何をするっていうの? それに、黙示録には《創生ノ術》について書かれてるっていってたよね?」
「それについては、私が説明しよう」

机の端に座っているボクから見て、斜め前に座っていたソリスが口を開く。「私達竜族に伝わる、古い伝承についての話じゃからな」古い伝承。それは、世界を救う術の話。ボクたちが《創生ノ術》と呼んでいるもの。

「この頁に書かれているのは、おそらくお前の生き様についてだろう。伝承によると、巫女が種を花開かせ、実を結ぶという」

それと破滅と、なんの関係が? と首をかしげる仕草に気づいたのか、ソリスは続ける。

「この黙示録の内容は、中立的な書き口であるとはいえぬ。独立したひとつの……国家とは言えないが、それに近い団体のトップが書いたものだからじゃ。さて、先程の黙示録と伝承の話には続きがあってな。出来た実、そして種は、《鉢》と呼ばれるものに収めなくてはならないとされている。おそらくその、運ぶ作業が破滅につながるのだろう」
「それでも、なんで、破滅なんていったんだろう。何か書いた人にとって悪いことが起こるのかな? ……エナトは何がしたいんだろう?」
「分からぬことだらけじゃ。しかし、手段を選ばぬオーズよりも先に《鉢》を見つけなければ、まずいことになるのはたしかじゃ」

とにかく鉢を見つける。それに時間が掛かりそうだからボクに説明したらしい。会議はそれでお開きになった。





「うん、いいよ。気の巡りも安定している。やっぱ俺様って天才だねぇ、そう思わない、オルフ?」
「おや、こんなところに大きなゴミが……」
「いでででそれ髪、髪だから!」

掃除に駆り出されるオルフとラッツとともに、医務室でエルスに診断を受けながらそんな会話を交わす。オルフは片手でゴミでも持つかのようにエルスの赤髪に混じった緑髪を引っ張って、離した。いったいなあ……と髪をなでつけてからボクに向き直ると、小声でボクに聞いた。

「……で、答えはわかった?」
「答え?」
「ラルに対して、ちょっと強がっちゃった理由」

ボクはなんだか小っ恥ずかしくなってうつむく。

「多分ねぇ、その思いがドリラちゃんにもう一度力を与えたんだと思うよ。これまでの思いだと力を抱えきれなかったんだ」
「ボクは、ラルさんに生きてて欲しかったんだ。この世界で、ここで」
「ここで生きててもらうためには、あの力が必要で」
「だから、ボクにもう一回力を与えた?」

うん、多分ね。足を組み直す。

「多分って……」
「だって、俺様わかんないもーん。世界樹っていうか、神様が考えてることなんてぇ。確かなものなんて何処にもない。いま分かってる確かなものなんて、俺様のこの美しさと、」

ドリラちゃんのその、ラルに対するまっすぐな思いくらいっしょ?

「そ、うだね」

どうしょうもなく恥ずかしい。体が縮まるような思いだ。ここから走り去りたくて、でもできなくて、落ち着こうと深呼吸した。熱い。無意識に帽子に手をやろうとして、そこに何もないことに気づいた。

「まあとにかく、もう大丈夫だから。任務行っても大丈夫だよ。もちろん、オルフ付きでね」
「わかった、ありがとう」

じゃあ、ラル入れるね。そう言って立ち上がりドアを開け、そこから入ってきたラルさんの表情は暗かった。

「……任務だ」





ボクが休んでいる間にたくさんの場所が地図から消えたらしい。オーズはそれをまたボクたちのせいにして、取締を強化したという。ボクの知らないところでいろいろなことが起こっていたらしい。ラルさんも隠すの大変だったろうなあと考えると、どうしようもなく苦しい。
オフェリア。いまボクがいるところだ。ここで食い止めないとそろそろ人間のすみかにまで影響が出るらしい。ボクが休んでいたからこうなった、とはもう考えないことにした。過ぎてしまったことは仕方ないと諦められる位には、楽観的な性格をしているつもりだ……というか、考え続けていると胃が痛くなってきたから。動けなくなるくらいなら、何も考えずに動かなくちゃいけない。

生い茂る緑がどんどんと白く変わっていく森を、一体どれくらい進んだだろう。突如、叫び声が聞こえた。

「う、ああ、ああああぁぁああああああぁあぁあああぁぁぁああああ!!」

遠い。魔物じゃない、これは人間の声だ。頭で考える前に走り出したボクをラルさんが止める。もしこの奥で魔物に誰かが襲われていたとしたら、それはボクのせいでもある。その手を振りほどいて構わず走る。早くいかなきゃ、どこにいるんだろう、ずっと奥の方でまだ叫び声が聞こえる。と、風が吹く。(ボクを、導いているの?)風に背中を押されるままに走ると、どんどん声が近くなる。どんどんしゃがれて、小さくなるけれど近づいているのは感覚でわかる。
くいっと強く腕をつかまれる。それだけで、やっと捕まえただの、あんまり離れるななど、ボクを心配する感情が流れ込んできた。ラルさんだ。

「おい、ドリラ!」
「ごめんなさい!」

まだ何も言ってねえのに。ため息を付いて手を離す。光の中からオルフとタクト、ソリスが現れた。移動神術だろう。……風が吹く。(近づいた)帽子を抑えて思う。言われる前に言う。

「っでも、叫んでるのに、放っておけないよ!」
「……と言うと思いました」

肩を竦めながらオルフが言う。「敵ではないという可能性も捨てきれません。十分注意していきましょう」頷いてまた走り出す。と、木の影に魔物とオーズの白が見えた。さっとラルさんとタクトが前に出てボクを庇うように立つ。

「待って! まだ魔物じゃない!」

その声に気づいたのか、オーズとそれは顔をこちらに向けた。腕や足なんかが、人間の面影をまだ残している。まだなりきっていない証拠だ。「助けてくれ……」としゃがれた声で訴えるそれはたしかに人間の言葉。さっき叫んでいた声と同じだ。隣にいたオーズが膝をついたまま剣に手をあて、言う。

「お前たち……サユフィだな……!?」
「そのようなことを言ってる場合か」

ソリスが静かに言い放って前に出る。オーズは驚いたのか手を出してこない。その横に座り必死にもがいているなりかけの魔物に手を当てると、ソリスは頷いてこちらを見あげた。

「今なら、まだ簡単に救えるじゃろう。どうする、巫女よ」

どうするもなにも、救うしかない。近づいていくだけで、負の気が強くなるのを感じた。
巫女を騙るものめ!! などと散々わめいているその横で、ボクは暴れるそれに手を当てた。光りだす。……これも、なんだか久しぶりの感覚だ。それを思い出すのにもちょうどいいだろう。(でもごめん、キミを助けるのはついでなんだ)

「ブロル!」
「……う……、」

目を開けると若干ふらついたが、前ほどではない。大丈夫だ。ちゃんと人間の姿に戻ってる。うまくいったことに安堵しながら立ち上がろうとする腕を、ラルさんにそっと支えられた。

「大丈夫だよ、ありがとう。……さてと」

何が起きたのかと呆然としているブロルと呼ばれたオーズの青年は、きょろきょろとあたりを見回している。その隣のオーズは、怯えたようにボクを見ている。「お前……なんなんだ……? 巫女は、二人いるということか?」

「それ、エナトは巫女を自称してるんだよね。その根拠って、あるの?」
「エナト様は魔物を浄化してらした……お前が今やったように」

こんなほぼ魔化したようなものを浄化するのは、巫女にしか出来ぬ。ソリスは手を口元に当てて考え込んだ。

「ボクは、巫女だよ。名はドリラ。キミたちはオーズ、だよね」
「……」
「えっと、どうしよう?」

どうしようもこうしようもないだろう。といった目でボクを見返す仲間の目に苦笑いを返すと、世界がゆれた。ぴしぴしと氷が張るような音が聞こえる。白に変わりつつあるのだろう。もたもたしてられないな。

「ドリラ、行こう」
「……わかった」

まだ呆然としているオーズの二人を置いて、ボク達は走り出した。

title ただこの思いだけ
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