手に持っていた最後の一冊を本棚に仕舞い、癖みたいなもので手を払う。スカートについた埃を払い、垂れてきた髪の毛を肩に乗せる。ふと周りを見てみると、同じ委員の三人は手ぶらでカウンターの近くで話していた。

「あ、明希先輩」
「今日はこれで終わりよ」

大分打ち解けている様子の三人を見つつ、私はその中の一人の男子生徒を見つめる。上島君。昨日よりは目の下の隈も酷くないようだ。
と、がらりとドアが開いて、廊下からショートカットの女子生徒が入ってくる。

「華音」
「柾。ごめんね今日、友達と帰るね」
「ああ、気をつけてな」

小さく手を振って、それからドアを閉めて去っていった。その直前、私がふと彼女の顔を見ると、向こうもそれに気づいたのか、ぺこりと頭を下げた。……白目が、すこし赤かった。

「やっべえじゃん柾ー、華音ちゃんにふられるー?」
「あほか」

冗談を言った江連君は蹴りを入れられ、「暴力はんたーい」といいながら図書室を去っていった。図書室では静かにしてほしい。それを伝えられなくて、私の口からはため息が漏れた。それに続いて、今度は原さんが棚からスクールバックを取り出して、私と上島君に向かって一礼した。

「すみません。本当は当番も手伝いたいのですが……」
「ん? 塾か何か?」
「ええ、テストが近いので。失礼します」

もう一度頭を下げて、彼女も図書室を去った。

「まっじめだなー。まだ二週間もあるのに」
「そうかしら?」

あえてすべてを言わずに、カウンターの席に座る。栞を挟んでおいていた本を取り出して、読み進める。とたん、図書室にあふれる小さなざわめきも、運動部の練習の声も、吹奏楽部が奏でる音も、小さく遠くなる。

「これ」

不意にしたその声。貸し出し? と口が言う前に、声の主らしき者の手が私の目の前に出される。「……なにかしら?」目を上げると、案の定、上島君だった。

「プレゼント。華音にやろうかとも思ったけれど、やっぱ黒澤さんのほうが、きっと似合うからさ」

そっと手を伸べると、ころんと落とされたそれは透明な箱に入った口紅だった。それと上島君を見比べていると、困惑と受け取ったのか、彼はこう付け足した。

「バイトで女の先輩にさ、もらったんだよ。彼女かなんかに上げろって。でも綺麗な赤だからさ、童顔の華音には多分似合わねえと思うんだ」
「あら、そう」

口紅なんて、したことが無いわ。そういおうかと思ったけれど、それがどうしたという話だ。心にしまいこんだついでに、私はひとつのことを思い出した。

「……」
「あ、いや、いらねえなら、捨ててくれて構わないよ」
「いいえ、そうではなくて」

言うべきか、言わざるべきか。そう思いつつも私はこれは言うべきことだと判断して口にした。

「それでもこれは、彼女に渡すべきだと思うわ」
「彼女って、華音?」
「ええ」

参ったなあ。という顔をして、彼は頭を軽く掻く。「だってなんか、最近機嫌悪いっぽいんだよなあ。機嫌悪い華音、ちょっとめんどくさくてさ」って、なんでこんなこと言ってんだろうな。そう言って笑う彼にかすかな失望と希望を見た。あれ、どうして私はいま、後者の感情を抱いたのだろう? それがわからなくて、私の発言の理由をいえなくなってしまった。……どうして?

(そうか。異性からプレゼントを、こんなに自然に、では無いけれど。こんな風にしてもらうなんて初めてだからだわ)

そう結論付けて、一人で納得してしまった。そうしてしまうと、今この口紅をつき返してしまうことは簡単ではあるけれどなぜかいけないことのような気がして、手の中できゅっと握り締めた。

「いただくわ。大事にする」

まだ困ったような顔をしていた彼にそう告げると、彼はにぱっと笑って「そうか」といった。何かをいっていないような気がして、自分の言葉の引き出しを開けて回る。ああ、そうだ。
ロッカーから鞄を出して、今まさに帰ろうとしていた上島君に、私は声をかける。

「ありがとう」

彼はそれをきいて軽く笑って、それから手を振って去っていった。

Title : 口紅
Special Thanls Hakusei

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