ジリジリジリ、と低い音が遠くで響いてる。

(せみ、だわ)

何気なく腕を上げるととても重くて、動きにくくて、私を固定するかのように、沢山の管がついている。まるで宿り木みたい。ぼんやりと思って、どちらが宿り木なのかを考えた。私だった。
時計を見るとひどくゆがんでいて、今が何時かわからなかった。でも外は明るいし、きっと朝なんだろう。と、きゃあきゃあと騒ぎ声が聞こえる。ゆっくりと立ち上がり、窓から下をみやると、子供が庭で遊んでいた。
きっと、夢なのだろう。小学生の時の、夢。手も足もひどく白くて、細い。くるり、と振り向くと本で壁が埋まっていた。さすがに現実ではここまでじゃあないわと思いつつ、本の背表紙たちを撫でた。ざらり、とした感触が、指を伝う。
友達はいなかった。未熟児だった所為で、小さなころから病気がちで、小学生の頃なんて、学校に行く時間より、誰もいない、白い病室で勉強している時間のほうが長かったくらい。両親は忙しい間を縫って、たまにだけれどちゃんと見舞いに来てくれていた。深く、深く感謝している。けれど、担任の先生の名前も、クラスメイトの顔も、私は知らなかった。私に合わせてくれる人なんて、誰もいなかった。けれど本は好きな時に、好きなだけ、私に付き合って、沢山の世界を見せてくれるからたくさん読んだ。……私は寂しかったのかもしれない。その孤独を、本と知識で埋めたかったのかもしれない。

一冊の本を本棚から取り出した。何気なくページをめくるけれど、頭になんて入ってこない。夢らしい。
と、かろん、と音を立てて何かが足元に落ちた。

口紅だった。

と、風が私の髪を撫でた。窓はしめたはずなのに。カーテンの金具が楽器みたいに軽い音を立てる。
はっとして振り向くと、制服を着崩した男子高校生が立っていた。

「口紅、つけないの」
「上島、君」

名を呼ぶと、いつもの感情のない微笑みを浮かべてくる。私はその表情がひどく嫌いだった。そんな顔をするくらいなら、真顔でいたほうがずっといい。
つけないわ。と返して、ベッドの上に腰を下ろす。彼は私に合わせて中腰になると、「じゃあ下に行こう。みんな遊んでるよ」と言った。

「行かないわ。最近、調子が良くないのよ」
「残念。みんな黒澤さんと仲良くしたいのに」
「そんなことないわ。みんな私をお化けみたいというのよ」
「酷いね」
「気にしてないわ」

思ってもいないことがつらつら口から零れ落ちる。
もう一度、気にしてないわ。というと、胸の奥がずくりと痛んだ。



ジリジリジリ、と低い音が遠くで響いてる。

「……」

ぱちり、と目を開ける。普段なら鳴ることのない目覚まし時計がけたたましい音で6時過ぎを告げている。
身体はまだ少し睡眠を欲しているのか動きにくいけれど、養分を注入するためのチューブはついていない。起き上がってアラームを止めた時計も、カチコチと正常に時を刻んでいる。
テスト範囲の最終確認をしなくちゃいけないわ。そうぼんやりと考えながら、身支度を始めた。胸の奥の痛みなんて、もう感じない。

中間考査1日目が、始まった。

Title : 影踏み
Special Thanls Hakusei

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