――一時間目、美術。

何度も描き直してはいるけど、どうしても、何度描いても顔が星夜になってしまう。あーあ、と鉛筆を置いて背伸びをしていると、前の席に座っている楓太がいつもどおりのにやにやした笑顔で、「上手いじゃん」なんて言ってきた。

「やっぱりいつも見てるからだな」
「……楓太は描けたの?」
「ばっちり!! 俺画伯だからさ!」

ちらりと見えた彼の絵は、人類にはまだ少し早すぎる気がした。


――二時間目、現代文。

大嫌いな評論。思春期がああだこうだと小難しい言葉でつづられたそんなものに興味は無い。察しのとおり、僕は小説と評論文で点数に大きな差があるタイプだ。
ノートのすみに窓から見える風景と、斜め後ろから見える星夜を描いていたら先生に怒られた。うまい、とは言われたけれど。どうやら僕は先生に目を付けられているらしかった。まあ、モデルが彼女とばれなくてよかった。


――三時間目、体育。

女子との合同のバドミントン。楓太と一緒にサボっていた。
星夜は一番うまい女の子とダブルスを組んで元気にプレイしている。それを傍目にもちろん僕達ふたりは一番弱いチームに入れられてほとんど羽根突き大会になっていた。
うまい人達のやるバドミントンはなんだか曲芸みたいで、見とれる。

「斎輝!」
「え……、わっ」

おでこでシャトルを返す(いや、返せて無いけど)僕をみて、女子がくすくすと笑う。えへへ、と頭を掻きながらシャトルを向こう側に返す。恥ずかしい思いをした。まったく星夜のせいだ。楓太はそんな僕と星夜を見比べて、僕と同じようなミスを犯して先生に怒られていた。運が悪いんだな。


――四時間目、英語。

ぼそり、ぼそりと喋る英語教師らしからぬおばさん教師の授業なんて体育終わりで起きていられる訳が無く、次々と生徒がドロップアウトしていくのを、日本語訳しながら眺めてた。お腹が5回くらいなった。早くご飯食べたい。そればかり考えていたら「まずしい」が「食物」になってて焦った。頭がおかしかったんだと思う。


――昼休み。

「もーだるー! 腕めっちゃいたいわ……」
「あんだけ動けばそりゃあ腕もいたくなるでしょうに」
「自分等はええやん、Dコートであんだけ遊んでてんから。Aコートやばいで。修羅場やから」

もふもふ、とサンドイッチをほうばる星夜を見ながら、やっぱりと思う。あ、口の横にドレッシングついてる。とれた。

「確かに、Dコートは楽しいよ。女の子も優しいし」
「今日だってぼーっとしてたら頭でシャトルキャッチしたこいつ、笑ってくれたしな」
「あはは、Aコートだったら白い目で見られたろうね」

あほとちゃうか? と鼻で笑って、彼女は傍らに置いたペットボトルに手を伸ばす。

「そもそも、自分に球技は無理やろ。判断力無いのに。跳び箱とかやったらなあ」
「跳び箱は得意だよ。8段とか飛べるし」
「8段って、それマックスじゃん」

楓太の驚きの声に笑う。「斎輝ぃ……お前は俺の仲間だと思ってたのになぁ……」

「まあ、でも普通に長距離走は苦手だから。シャトルランとか拷問だよね」
「斎輝! そうだよな! 体育苦手だよな! だりいよな!」
「……って、別に楓太運動音痴じゃないからいいじゃん」
「そうだけどさぁ……っと、メール」

懐から取り出したケータイをみて、何かをカコカコ打ち込んで「わり、ちょっと呼び出された」と言って教室を出て行った。

「……うちべつにアイツ呼んでへんし……」
「まあまあそう言わずに」

サンドイッチを食べ終えて口元を軽く指でなぞる。まだ、ついてるな。そう思ってその口の端のパン屑をとろうと腰をあげ、指を伸ばす。

「えっ、なに」
「じっとして」

いつもより半オクターヴ声が下がった。パンを取って食べる。おいしい。

「パンのくずがついてたんだ。これ、おいしいね」
「……ほ」
「へ?」

席について、コンビニおにぎり(因みに大好きなつなまよはさっき楓太にとられてしまったので、今はしゃけを開けたところ)にまたかぶりつこうとすると、謎の「ほ」という言葉がもう一度聞こえた。星夜の顔があかい。熱でもあるのだろうかと心配になり、もう一度手を伸ばす。そう言えば隣のクラスで風邪が流行っているらしいし……合同の体育でうつされたのだろうか。

「星夜、大丈夫?」
「さわらん、とって」
「……星夜、」

また強がっているのか? 頭を撫でるくらいしてもいいんじゃないか、と伸ばした手が所在無く漂う。と、星夜は赤い顔を上げて、まくし立てた。

「っ、この、あほっ!」

その先はなんかよくわかんないけど、ずっとなんか喋ってて、その剣幕に僕は圧倒されちゃって覚えてない。でも多分、すごい罵倒されてた。言うだけ言うと彼女はハッとしたのか、「ごめん」と小さく言って、うつむいた。

「僕も、ごめ」
「謝らんでいい」
「ごめん……あ」

またあやまっちゃった。と思って黙る。

「……ちょっと落ち着いてくる」
「うん、いってらっしゃい……」

廊下に出て行った彼女と入れ替わりに楓太が帰ってきた。気がついたら周りの視線が全部僕に集まってて、恥ずかしくなった。


――五時間目、数学。

あのまま、星夜は早退したらしい。何があったかを一から話せという楓太のリクエストに答えて、僕はひたすらあったことをメモ用紙書いては渡し、書いては渡しを繰り返した。

『……ってことなんだ。風邪かなあ』
『お前本当に気づいてないの?』
『何に?』
『何にって、烏丸の気持ち』

その意味がわからなくて、なんと返せばいいのかわからなくて、気がついたらチャイムの音がした。


――六時間目、LHR。

斜め前の席にいるべき星夜がいない。それだけの事なのに、なんだか心にぽっかり穴が開いたみたいになってしまった。別に話すわけじゃないのに。気分を変えようと落書きしようとしたら何もかけなくて驚いた。


――SHR

「烏丸さんの家なら、斎輝が知ってますよ!!」
「えっ?」

突然の声に驚いて顔を上げると、先生が助かった、という顔で僕を見つめていた。最前列でにひひ、と笑う楓太の顔も同時に見える。

「助かるな! じゃあこの資料、必ず届けてくれ」
「はい!」
「梨本、お前には言って無いぞー」
「でっ」

出席簿で頭を軽く叩かれる楓太。それを見てみんながどっと笑った。チャイムが鳴って先生に呼ばれ、資料を受け取る。

「大切な資料だ。必ず、届けてくれよ」
「大丈夫っす! 俺もついていくんで!」
「一人で行けよ吉田ぁ」

じゃあ、と先生は出ていく。楓太は得意げに笑う。

「とーにかくだ。これで烏丸の家に行く口実はできた。あとは俺に任せろ」
「うん……。でも星夜、風邪じゃないんでしょ? 僕が行ったら、おこらせちゃうんじゃないかな、なんて」
「お前、……いや、なんでもねえわ」

がしっと僕の肩を組む。

「まあ、大丈夫! 俺の対女子スキルなめんなよ!」


……今日最高のキメ顔でそう決めた楓太と共に星夜の家に行き、また両方に呆れ顔をされたと言うのは、また別のお話。

2011/12/22 child on Thursday
私、星夜ちゃんの食べてたサンドイッチになりたい。






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