カチャン。

陶器の音が広い部屋の隅、ちょうど簡素なキッチンのあるほうから響いてくる。ぽこぽこ、ぽこぽこと、湯が沸いている音が聞こえてくる。セミロングの黒髪を無造作に伸ばした少女は、いつの間にか自分の向かいのテーブルから姿を消している。ふと時計を見る。午後5時30分。

「総司令」
「……」

返事が無い。本当に聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか。彼女がいたテーブルの上にどんと詰まれた書類は、8割方出来ているというところだろう。ここまでしたなら仕上げてしまえばいいものを、と心の中で呟き、キッチンをのぞくと、せっせとコーヒーの準備をしている総司令。

「……総司令」
「あ、エド……」

ちょっと申し訳なさそうな、でも間違ったことはしてないという複雑な顔をして自分を見上げてくるのは自分の一つ下の上司。デスクワークはさっぱりで、限りなく実力主義の癖に戦いを嫌う不思議な人。コーヒーを淹れるのがうまいけど紅茶はそれなりで、面倒だといってろくに手入れもしないのに綺麗な黒髪を持っていて、いつもは無表情の癖にたまにとても綺麗に笑って、そして、そして。

「もう少しなんですから全部仕上げてしまえばいいのに」
「もう少し、のやる気が出なかったから、休憩するんだ」
「……」
「笑うな」

ふいっと背を向けると、湯でコーヒーを蒸らす。ふわっと漂うコーヒーの香り。それはそのまま、彼女の香りでもあった。笑っていませんよ。そういって微笑んで見せると、やっぱり笑ってる。と小さい声で言われてしまった。困ったな。そう思ってやっぱり笑ってしまう。こればかりは癖だ。というより。

(総司令が可愛いのが悪い)

そんなことを考える自分が面白くて。

「……コーヒーは」
「?」
「父親が、好きだったんだ。コーヒー」
「好き『だった』?」

ほんの少し寂しそうに、コーヒーカップを差し出した。いや、いつもとあまり、変わらないのかもしれないが。私の目にはすこし、そう見えた。

「……死んだんだ。私がまだ幼い時に。お前も知ってるだろう? 研究所が襲われた事件」
「まさか、」
「ユウ・サカキ。父の名だ」
「……総司令」

ウィン。そう呼んで抱きしめそうになって。……これまで何度抱きしめたくなったろう。華奢な腕や背中に刻まれた傷跡を隠そうともしない少女を、その体系を、過去を隠すかのようなゆったりした白い制服も全部、全部私が背負うから。貴方の分も背負うから。今は書類整理を手伝うことしか出来ないけれど。いつか必ず。必ず。だから、少しずつそうやって。コーヒーでも飲みながら。


飲んだコーヒーは、ほんのり甘かった。

貴方の荷物を、分けてください(性転換)(2011/05/22)
エドウィンって響きが大人っぽくてなんかわろてまう。
性転換です。ええ。性転換ですとも。





「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -