「少し休憩しますか、オレズ」
「いい」
道なき道を進み、橋のない川を渡り、押し黙ったままひょこひょこと後ろをついてくる少女は、休憩を提案するとそう断った。そろそろ半日くらい歩き回っているというのによく頑張る子だ。限界なのではないだろうか。やや歩みが遅い。
「遅くない。まだ大丈夫」
「……勝手に人の感情を見て、口に出すんじゃないですよ」
「見たくて見てるわけじゃないよ」
ぷいっと顔を背けて、俺の後ろから前へ前へ、最近調子が悪くなってきた右脚をかばいながら、でも早足で通り抜けようとする。やれやれ、と思いながら立ち止まる。
「オレズ。休憩しましょう。俺が草臥れてきました」
少しだけ休憩したかったのは本当だ。長く歩き続ける用に作った義足ではあるが、加減がある。鞄替わりに使っている布を広げていると、オレズもとてとてと歩いてきて静かにこちらを見て、布を見て、それからまたこちらを見た。文句でもいうかな、と思ったけれど、左手で、さっき通っていた向こうを指さした。
「あっちに、川がある」
「では、あとで行きましょう」
水筒を取って振ると、ちゃぽんとかわいい音がした。十分に入っているその音を聞いて、彼女は無表情のまま。向こうからは見えるのに、こちらからはさっぱり見えない。その髪みたいに、そう、闇を見ているよう。
何を考えてるのかはわからないけれど、それでもオレズは少しだけ表情を変えて、しゃがみ込む。眼帯をしていないほうの銀の目、髪に隠れてまた見えにくい。
「不愉快?」
「正直、余りいい気はしませんね。だから、ちゃんと思ってることは口に出してください」
人差し指をそっと形の良い唇に当てる。「ん」と言ったそれはきっと肯定の意味ではないだろうけれど、まあ、いいか。にこ、と微笑むと、機嫌を損ねたのか俺に背を向けるようにして布の上に腰かけた。
「何か食べますか」
「いらない。ねえ、凪」
はい。と振り返ると、支えにした手に、手を添えられる。滅多に自分から相手に触れようとしない彼女にしては珍しいことで、少しだけ驚いているとこちらを見た。小さく首を振ると、黒髪がさらりと流れて、虹色にも見える輝き。
「ねえ、わかる?」
「……意地悪ですね」
ふふ、と満足げな声を漏らして、すぐに背中に背中を合わせてきた。
「ボクも、さっきのキミみたいに驚いたんだよ」
まるで猫みたいだ。勝手気ままに、生きているみたいだ。
「ボクに鈴でもつける?」
「そういう趣味はないんですよ」
魂を繋がれた存在。勝手気ままに、気高く生きることは許されない魂。鈴を鳴らして、そのつないだ先に場所を知らせて。
「仕方ないことだよ。これはボクが望んだ。わかってる。けど」
それでも足掻きたくなってしまうのは仕方のないことでしょ。とオレズは右脚をさすった。その様があまりにも『彼女』に似ていた。気紛れで、けれどやさしげで儚げで、それでも誰よりも強い。
ああ、なんて、気高い。
彼女は隻眼の猫(2013/10/24)
title by はくせい
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