彼女に恋人ができた。

いいや、まだ恋人とは言えないか。告白もしていない。けれどお互いに思いあっている。いわば両片思い、という奴だろう。
この広い世界の中で偶然出会って、好意をいだいて、そしてその思いが重なるなんてなんて神秘的なんだろう、とボクはいつも思うのだけれど、なんだか久々に酸っぱい思いをしたなんて、誰にも言ってやらない。

「そう。もうそんな年頃だものね」
「ううううるさいわね! あんたも自分の墓場に誰を連れていくかそろそろ考えなさいよ!」

なんてことを言うんだ。と思わず吹き出しそうになったけれど、連れていくなら、ではなく、ボクは『キミ』と同じ墓に入りたいと思っていたのに。ひどいことをいうものだと、それでも心から笑っていられるのは、きっとそれをボクがたぶん、ずっと望んでいたからだろう。

「大丈夫。キミならきっと、恋だってうまくやる」
「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってんのよ」
「ボクの大事な女の子だ」

紅茶をちびちび飲みながら、少し照れながら彼女はそんなことを言うものだから、あんまりにも可愛くてついそんな言い方をしてしまう。
台所に立つボクからは見えないけれど、たぶん顔は真っ赤だろう、と林檎を取り出す。彼女の頬よりもずっと赤いそれをスパン、と半分に切ると蜜がたまっておいしそうだ。随分練習して切れるようになった林檎うさぎを作って皿に盛った。

「はい、林檎」
「腐りかけじゃない!」
「熟れてる、っていうんだよ。まったく日本語って便利だね」
「悪用しないの!」

しゃりしゃりと食べながら倖はそれを口に運ぶ。甘い匂いがふわっと香って、それが紅茶とまじりあって、心が休まる。

「腐りかけが一番おいしいっていうしね」
「認めてんじゃないわよ……。あたしはそこまで行きたくないわ」

でもおいしそうに食べる彼女を見ているのはとても幸せなんだから仕方がない。
熟れた果実は地面に落ちて、種になって、新しいそれになる。

「幸せになってね」

ちゃんと見守ってあげるから。

Ripe fruits is like this love.(2013/09/30)
熟れた果実はこの愛に似ている。





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