息苦しい。

いくら息を吸っても肺が酸素を求めてもっと吸い込めと叫んで、過呼吸になりそうなくらいだ。どきどきと体全体が心臓になってしまったみたいにうるさい。気のせいか耳鳴りまでする。体の中が燃えているみたいに熱くて、服も髪も、そしてあたしを支える伊澄の体も全部燃えてしまいそうだ。
怖い。怖かった。怖いよ。人の未来を、奪った。あたしが、この手でさっき。
当たり前に来ると思っていた明日を奪って、当たり前に帰ってくると思っていた人を奪った。
そして、奪われるところだった。いいや、奪われているのかもしれない。今もなお戦い続けている誰かの命が、体の一部が、心が、希望が、なにかが。

「倖」

高いけれど低いような、声変わりしてない男の子の声で名前を呼ばれる。その声は真剣で、全部見越して掛けている。だからこそ、いやだった。呼んでほしくなかった。けれど、それもきっとわかっているのだろう。こんなふうに戦いの後で一人で震えていることはこれまで何とか隠してきたのに。なのに。

「倖、変なことじゃない。キミのその反応は正しい。正常そのものだ」

そういって、あたしの体を抱きなおし、すこしだけ腕に込める力を強くした。男性の平均骨格筋率を大幅に下回っていそうなそのからだで、人並みの体重のあるあたしをいったいどうして涼しい顔して抱け、そしてその状態でマンガみたいに屋根を走っていけるのだろう。あたしはこんなに震えて、怖くて、怯えているのに。

「大丈夫、彼らは弱くない。知っているよね」

置いて行った仲間はそう簡単に死ぬような奴らじゃないってわかっているけれど、それでも心配なのだ。心配というより、いやなのだ。失ってしまうのが、いやなのだ。少しでも変わってしまうのが嫌なのだ。誰も何も失いたくない。
もし今敵に回り込まれて、伊澄がミスったらどうなる? 伊澄がミスんなくても、あたしがへましたら? あたしが捕まったら、伊澄はどうする? あたしと伊澄、死ぬの? そんなの嫌だ。絶対にいや。
ああ、傲慢だ。なんて、傲慢なんだろう。

「伊澄は、こわくないの」
「……そうだね、ボクだって怖いよ。彼らに死なれたらどうしようって思う。心配もする。怯えもする。そんなにボクも薄情じゃない。でも信じるしかない。信じないと、いけない」

ぽう……と薄緑色をした光が目に入る。蛍? なんて思ったけれど、違う。次の瞬間、敵に囲まれていたことに気付いた。伊澄、と呼ぶ声が余計に震える。

「少しだけ我慢していて」

そう言ってあたしを下した伊澄は、どこから出したのか一振りの剣を手に持っていた。電光石火。という表現を使うのだろうか。一瞬で敵を薙ぎ払った。そうしてこちらに戻ってきたときには、いつの間にか、剣も消えて光は止んでいた。

「信じなきゃ、生きていけないでしょ」
「そう、だけどさ」
「……ボクと二人の時は、信じていいよ。大丈夫。そう簡単にくたばる気もないし、キミを死なせたりなんて、絶対にしない。何があっても。約束する」

さあ、行こう。

差し出された手を取ると、次の瞬間また、お姫様抱っこ。
それに文句を言おうとして、声の震えがいくつかましになっているのに気付いた。

でも僕等そうやって生きて行くんでしょう(2013/09/30)
title by 星葬





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