白い部屋にひとりきり。鉄格子の向こうに見える大樹だけがボクの「色」。
そんな世界から飛び出して初めて鏡を見たら、自分も黒い髪に灰の目、白い肌をしていて思わず笑ってしまったのを覚えている。
だからボクは、蒼穹の、朝日の、春に咲く花の、炎の、夕闇と星の、様々な世界の景色を映したような色を持つみんなのことが、少しだけうらやましかった。

「……黒髪好きだな」

ボクはそうでもないんだよ。と言いかけたけれど、野暮だからやめた。わざわざ否定することもないだろう。

「ボクは倖の髪が好きだよ。目の色もね」

ボクが幼いころに初めて知った二つの色。それをそのまま映したみたい。
そう思って束ねた片方の髪をそっと手にして、唇をつけた。

「そうかなー。生まれ変わったら天然ものの黒髪に生まれたい」
「随分先の目標だね。その時には橙の髪に生まれたかったと思うかもしれないよ」
「もう、ロマンがないなあ!」

ふん、と腰に手を当てて脇のテーブルに置いたミネラルウオーターを飲む。いつもは清涼飲料水なのに、どうやらダイエット中らしい。そんなことしなくてもいいのに。実際肉のつきにくい体質のように見えるのに。……そんなとこばかりあの人に似てどうするっていうんだ。と思わずくつくつ笑うと、彼女のご機嫌を損ねてしまった。

「どうせ馬鹿じゃないのって思ってるんでしょ」
「思ってないよ。女の子らしくてかわいい考えだと思うよ」
「らしくないっておもってんでしょ」
「思ってない。思ってない」

同じくテーブルに置かれた本を広げて読み始める。が、その背表紙に見覚えがあって合点がいった。前世だとか、後世だとか、そういうのが複雑に絡んだ小説だったはずだ。

「またボクの本棚を漁ったね」
「いいじゃない。どうせ何度も読み返すのは一割程度でしょ?」

でもまあ、そういう小説を読んでしまうボクもボクか。と背もたれに力を入れる。

「前世の恋人のかっこいい男の人が迎えに来ないかなぁ」
「ボクじゃだめ?」
「あたしはかっこいい男の人って言ったのよ? あんたみたいな男だか女だかわかんない160センチは呼んでないの」
「……少し大きめの義足を作ってもらおうかな」
「じょ、冗談だってば」

背低くてもいいことあるわよ。電車の割安で乗れたりさ……と自然に犯罪行為を促してきた。必死に弁解するけれど、なんだかそれは、ただの、友達、相手にしているみたいで。

「覚えちゃいないよ、前世のことなんて。前世で恋人だったなんて言ってきたって、キミも戸惑うだけでしょ?」
「……なんでちょっと怒るの」
「怒ってないよ」

ただちょっと傷ついたくらいで年甲斐もなくそんなことを言ってしまった。少し疲れているのかもしれない。

「ただちょっと、思っただけさ」

自分に対して怒っているんだ。ほかでもなく自分に。まだ夢を見てしまう女々しくて、子供っぽくて、馬鹿な自分に。

「ふうん」

けれどもこんなに世界は平和だ。
目の前で彼の魂の持ち主が生きて、本を読んで、くだらない……といったらまた怒るかな。そんなことを言って。冗談を吐いて。

(そんなこと望んでないけれど、死ねないのはボクの罪だ)

何もうつさない。何も響かない。何も交わらない。黒。
涙も汗も心も、何もかもを燃やし尽くして、残った。灰。
過去を見ていないと。今から目を背けて今を愁いていないと死んでしまいそうだけれど、もしかして、忘れないように、彼女は彼女の髪と目を、そんな色にしたのかな。なんて思ってしまうボクは、やっぱり、どうしようもなく馬鹿だ。

まるでハッピーエンドみたい(2013/09/29)
title by 星葬





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