※花屋の妖怪と死体に憑りついた少女

井戸で水を汲んで、ジョウロに移し替えて、「お花」に水をあげる。目には見えないけれど、「お花」は土から芽を出して、すくすく育って葉っぱと蕾をつけてやがて花開くらしい。これをくれた人は「お花」の名前も種類も教えてもらえなかったけれど、きっと綺麗な花が咲くから、とだけ言っていた。
「花が咲いたら、ここにおいで。今度はべつの「お花」の種をあげるよ」そうあの人は前も言っていたけれど。そう思い出しながら目元に触れるけれど、そこには布の感覚しかない。その奥は空洞。よく覚えていないが、包帯を巻いたのは種をくれた彼だったと思う。何だか昔のことはよく思い出せない。
そういえばどうして見えないはずなのに鉢植えの場所も井戸の場所もわかるんだろう?かなりの距離を水を持って歩いてるのに足の疲れを感じないのは何故?でもそんな問いかけもかき消されて消える。いつものことだし、たぶんそのうち消えてしまうんだろう。そのことに対してこんな風にも思わなくなる。思い出す気はあるけれど、すればするほど頭に靄がかかったようになって思いがかき消されるのだ。最近では思い出そうとすることすら面倒に感じ始めてしまった。危機感も何もない。知らないことが一つ減るだけだ。そういえば、いつからだっけか。夜と朝はわかるけれど、時の流れはわからない。
構わない。土の表面をそっとさすると、土じゃない何かが引っかかった。虫かと思い手を引っ込めるが、そんな感じじゃなかったと、前もこれくらいの時にこんなんだったと手を伸ばす。滑らかな表面。芽だ。嬉しくて頬が緩む。
きっとぐんぐん背が伸びて、あと十何回繰り返さないうちに硬い蕾が出来て、それが膨らんで、花が咲くんだろう。そしたらまたきっと、会える。花の名前も教えてもらえる。そしてその意味も。今度もきっと綺麗な名前と言葉を持ってるんだろう。なんだろう、と想像するのも数回繰り返した私の楽しみだ。葉っぱに触れて、花に触れて。だいたいの形状を理解するのは早い。見えない分べつのところが鋭くなるんだろうか。これまでの花はみんな似ていた。みんな同じ種類だったらしい。今回貰った種も、この前のと似てた。ってことは、今回も同じ種類のお花なのかもしれない。そうして芽吹いて花開き、その名を聞きに男の元に行く。そしてまた種をもらい、鉢に植える。そしてそれを育て、咲かせた花が閉じるタイミング。それをつかめるようになると体を動かすみたいに自然と、時間の感覚がついてきた。
いくつもの花を咲かせると、彼は一番始めの鉢を持っておいでと言った。「あれは枯れたのに、どうして?」と訊くと彼は「彼の子供を育てるためです」と答えた。「時間が経つといくら肥料をあげて水をやって、大事にしてもこの花は枯れたでしょう?そして実が出来て、そして種が出来る」
種から種へ。そのサイクルで一年の周期を理解する。それを二周したある日、男は「花屋を手伝ってほしい」と言い出した。断る理由もない私は二つ返事で了承し、家にあった花たちと共に引っ越した。売り物にするの?と聞いたら、君の好きにしていいですよと言われた。売り物なんてそんなこと、できない。
彼は接客は苦手だ。他人とのコミュニケーションが苦手だという。だから店番として私を呼んだそうだけれど、正直必要はなさそうな場所に店はある。町外れの森の奥。私はその森の外に住んでいた。けれど店があるのは、その店に需要があるからだ。毎日訪れるお客さんは必ず何かを買って出てゆく。
小さな店の奥には二部屋あり、男は右の部屋、私は倉庫を改造した部屋を貰った。寝て起きるだけの生活の私には十分なスペースで、自然な花の香りで居心地も良いから文句はない。毎日朝早くから店の準備を始めていると、彼はちょっと遅くに店に出てくる。新しい花が手にはいると私にそれを触らせて、特徴と世話の仕方を教える。でもどうやって花をしいれてるのか、そんなことは一言も言わない。彼は自分のことを、名前すら話さない。ただ、お客さんが彼のことを「ロウォル」と呼んでいた。そう言うと彼は私を「セリ」と呼んだ。
芹。花の名だ。「セリは芹ですが、字は世界で織られる、にしましょうか。あなたに見えた世界、それに影響されて美しくなるように」恥ずかしくなって黙っていると、「芹の花言葉は清廉で高潔なんですよ」と言った。続けて「あなたを見つけた1月7日の誕生花です」とも。
この男は私が妙な気持ちになることしか今は言えないのかとさらに黙ると、何を勘違いしたのか「誕生花や花言葉は追い追い教えますね」と言った。頭に手の感覚が伸びたが、けれどすぐに遠ざかった。べつに撫でてくれて構わないのに。そうして、私は「世織」になった。

そうして 祈り《のろい》 を掛けられる(2013/08/25)





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