「おはようございます。今コーヒーいれますね」
「ん」

ティーシャツとジーンズだけのラフな格好に、まだコンタクトを入れていないからか黒縁の眼鏡。最近また伸びてきた髪がいつも以上にはねている。眼鏡がまたずれてきたらしく、それを買うからって髪を切るのは来月になるらしい。それでも整えればきっちり見えるのだから、いっそ腹立たしい。
基本的に、朝ごはんは食べない。どうしてもお昼が遅くなるときはトーストにジャムを塗って食べる。ジャムの好みはあまりない。いちごのジャムが今は冷蔵庫にあるが、スーパーの特売品で、それしか残っていなかったからだ。パンの耳はあんまり好きじゃないらしいから、あんまり固くないのを買う。フランスパンが本当は好きらしいけれど、食べるのに時間がかかるから朝は食べない。
朝、コーヒーを飲むのは16歳の頃からの習慣。その時から自分ではいれていない。誰に入れてもらっていたのかもよくわかってる。その人がどうなったのかも。その人がいれてくれなくなってから、私がいれている。ずっと美味しくないはずなのに、文句の一つも言わずに飲んでる。おいしいとも言わないけれど。

「今日はどこかにお出かけですか?」
「イヴが来るんじゃなかったか?」
「それは明日の予定ですけど……」

あれ、そうだっけ。と携帯をいじる。スケジュールを確認しているのだろう。明日の予定も、あさっての予定も、全部把握している。どこでだれと会うか、何を食べるか、余りオープンにしてない趣味、している趣味、隠していない限りは全部。だから、誰よりも、この人のことをわかっているつもりだ。

「どうした、オルガ」
「あ、いえなんでも……あ! あの先輩にお手紙が!」

テーブルの端に置いたいくつかの手紙を差し出すと、それらをじっくり読んでから、最後のはがきを見てぽつりとつぶやいた。

「……結婚しますか」
「はぁ!?」
「フィエーロの……お前と同じ学年だったセバスってやつ。今度結婚するんだと。……レイモンドも、レティーも行くのか」

心臓が口から飛び出すかと思った。……セバス。フルネームは、セバスチャン・ノエ・シャブラン。たしか私と同じ国外出身で医療班所属。……暴動の際、戦闘に巻き込まれた巻き込まれた恋人を喪ったと記憶している。先輩もそれを思い出したのか、小さく「振り切ったか」とつぶやいた。

「先輩は?」
「いや、俺は駄目だ」

さっきの私の大声で起きた白い方の毛玉が、先輩の足元まできて「どうしたんですか」と言わんばかりに彼を見上げる。それを抱き上げて、飲み終えたカップを持って立ち上がった。「ご馳走様」そういって自室に帰ろうとする先輩を呼び止めると、黙って立ち止まった。……立ち止まっただけで、こちらを振り向きはしない。

「じゃあ、先輩はいつだったらいいんですか?」
「……」
「いつだったら、先輩はいいんですか?」
「オルガ、」

言葉は受け付けるけれど、絶対に訂正なんてしない。そう先輩の背中を見たけれど、彼はこちらを振り返りもせず、廊下に出るドアのノブをつかんだ。

「ごめん」

そんな言葉を望んでるわけじゃないってわかりながらそういう。とても卑怯だ。ひどいと思う。
私たちは罪を犯した。私は、直接手を下した相手はいなかったけれど、でもそれでも、選択のミスで沢山の人を殺した。笑顔を奪った。でもその分必死に償った。それすらも、エゴだっていうの? 命を命では償えない。何をもってしても償えない。わたしもそう思う。私たちの罪は許されない。
……でも、幸せになれるのにならないなんて、見方からすれば傲慢もいいところじゃないのか。

「違う、私は」

幸せになってほしいのだ。彼を幸せにするのは誰であっても構わない……というと、ちょっと嘘になるけれど、それでも、幸せになってほしい。幸せになれるのだから。笑ってほしい。笑えるのだから。
貴方がしているのは、足踏みだ。

髑髏に口づけ(2013/08/15)
ウィンオルください 父が危篤なんです





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