「キミのためなら腕だろうと脚だろうと、頭だろうと魂だろうと、ひとつ残らず差し出すよ」

伊澄はことあるごとにそういった。そのたびに「要らないわよ物騒な」って返していた。そもそも伊澄の右腕も右脚も偽物じゃない。そう言おうと思ったけれど、誰も知らないからいうのをやめていた。たぶんその意味は、あたしのことが好きだって、そういうことを言いたいからだと思ってた。ただの愛情表現で、ただの比喩だと思ってた。

その言葉の本当の意味を知ったのは、最後に聞いてから数か月後になった。

「伊澄!」
「逃げてッ!」

滅多に声を荒げない伊澄が、珍しくあたしに向かって叫んだ。空から落ちてきた巨大な鉄筋。それの下にいたあたしを突き飛ばして、そのまま両足を挟まれた伊澄は、脂汗を額に浮かべながら、それでも笑った。「大丈夫。すぐに追いつくから」

それ死亡フラグっていうのよ! そう言おうとした声がカラカラで、カラカラなくせにうるんでた。

「大丈夫、ボクは死なない」
「あんたわかってんの!? 両脚挟まれてんのよ!?」
「片方は偽物だよ」
「片方は本物じゃない!」

喚くあたしにふふ、と笑って、ぐぐっと力を入れた腕で無理やり体を伸ばす。シャツから見えた肌が白くて、腰もあたしと変わらない位細くて、ちぎれてしまいそうであわてて体を近づけた。

「この通り抜け出せそうにない。それに余りこうしてもいられないみたいだよ。ほら、来る」
「こんな時にッ……」
「こんな時に、こんなことしてるのはこちらの方かもね」
「じゃあ、なんで助けたのよ。こんなことになるかもしれないのに。あたしだって鈍いわけじゃないのに。信用ならないっていうの?」
「そうじゃないけど……でも、いつも言ってたでしょ?」

『キミのためなら腕だろうと脚だろうと、頭だろうと魂だろうと、ひとつ残らず差し出すよ』

そういってにっこりしたけれど、脂汗のせいでいつも見ているものとは全然違って見えた。そんな縁起でもないことを、と言いかけたけれど、今度は本当に泣きそうになったから言わなかった。ふと、伊澄は表情を厳しくして遠くの音に耳を澄ませる。

「……さあ、早く行って。ここであれをくいとめるから」
「でも、」
「いくんだ、倖」

やわらかだが有無を言わせない声。「いくんだ」ともう一度言いながら手を伸ばす。それを無意識に握りしめると、次の瞬間には別なところにいた。





「さて、と」

目の前で光が散る。蛍みたいな光に世界の左側が包まれた。それに合わせて体を固定していた鉄筋が浮かぶ。途中で折れたそれはまるで龍のようで、ちょうど首の部分が、倖でも伊澄でもない者のほうを向く。

(現在の神術ではない、本来の神術)

扱えるのはもうこの世界に、片手で数えられるほどしか残っていない。
ゆっくり体を起こそうとするが、もうこれで片方の足も使い物にならなくなってしまっただろう。案の定、足元は血の海。……ああ、勿体ない。ぐらり、と体が傾ぎそうになり、それに合わせて龍も崩れそうになる。それでも何とか体を起こして、「目」を頼りにして場所を特定する。
くすり、と伊澄は笑う。目から発せられる光が強くなると同時に周りにあった血が輝く。バキバキと音を立てて龍が分裂し、増殖し、巨大化し、そして、帯電する。

(倖にあんな顔をさせてくれて。この礼はちゃんとしなくちゃね)

一人になるかもしれないというあの怯えた顔を、もう二度とさせたくなかったのに。
だからさ、キミはもう終わりだ。

左腕を高々と持ち上げる。
……そして、振り下ろした。





「あんったねえ!!」
「えへへ」

数時間後、援護に来た人間に助け出された伊澄は、動けないながらもぴんぴんしていたという。あんな泣きそうに心配した自分が馬鹿みたいで、本当に腹が立つ。

「そんなに信用ならないわけ!? あたしを誰だと思ってるの!?」
「倖」
「そうよ。あんたが見つけて、あんたがここに入れた」
「ごめんね」
「聞き飽きた!」

何を言っても怒らせると知っている伊澄は、ふう、とため息をついた。これまでの義足が使い物にならなくなったと聞いて、歩足は随分と驚き、悲しみ、そして伊澄のことを心配したが、すぐに予備のものを伊澄に装着し、新しい設計図と材料をそろえるために開発研究部に籠った。しばらくは誰も入れなくなるだろう。

「っていうか、あんなすっごい術、どうやったのよ。あんたって本当は何の神術持ちなの?」
「何度も言ったでしょ、ボクはキミたちみたいな特別な力はないよ」
「じゃあ……」

と、口を開きかけた倖のそこに、伊澄はそっと指を当てた。「まだ秘密」
呆気にとられている彼女をそこにおいて、これから束砂とデートだからとゆっくりと立った。慣れていないからか数歩おぼつかない足取りになるが、すぐにコツをつかんで歩き出す。それでもゆっくりなその姿に、倖は小さくため息を吐いた。

(なんであたしを頼らないのよ。馬鹿伊澄)

それを感じ取った伊澄のほうは、ひどく満足げに微笑んで、それからため息をついて、……ひどく悲しい顔で呟いた。

「……やっぱり傲慢なのは、ボクだね」

傲慢な依存(2013/07/19)
title by 星葬

七人の罪と一人の罰の話





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