小さな村に入って、薬草を買い足し武器と防具も新調して、ついでに村の家という家、井戸という井戸に潜り込み、箪笥をあさり壺を割り、本棚を覗いた。まだまだ序盤の村。ラストダンジョンへは程遠い。むしろこの状況での悪役は主人公(戦士:レベル15)じゃないのか? なんて思うけれど、村人たちはいくらこちらが悪いことをしても、笑顔でこの村や、近くの魔物の情報や、隣町のことを教えてくれる。

「やったー! 30ゴールドめっけ!」
「マル」
「バンダナかぁ……錬金素材かなぁ」
「おい」
「っうわあああ! なにこれ!? 宝箱開けたら魔物出てきたんだけど! 強い! しんじゃう!」

我を呼ぶ声をできる限り無視するけど、ちゃーんと聞こえてる。「おい、マル」そういらだちのこもった声で名前を呼ぶこの部屋の主に、そろそろかなって振り向いて声をかける。

「もぉ〜ミロたんなに? あと我マルじゃなくてぇ、リータって呼んでって言ってるじゃん」
「マル」
「……って、犬みたいでなんかやだぁ」

我がこうしていても、ちゃんと話を聞いているってことは、ミロたんはよく知ってる。そろそろ慣れてくれてもいいころだし、実際もう慣れているんだろうけれど、たまにミロたんはこういう悪あがきをしてくれる。そこがなんというか、すごく、うれしい。

「マル。ここは僕の部屋で、そのテレビは僕のものだ。ちなみにお前が座っている椅子は僕のものだし、生憎この部屋には椅子は一つしかない。わかるか?」
「うんわかるよーそこまで我馬鹿じゃないしぃ、そこにいい感じのスプリングのあるベッドがあることも知ってるよ!」
「……上に乗ったのか」
「うん」

大きくため息をついて、たぶんうなだれたんだと思う。画面上の戦士はもう村を出て、さっきの村の人たちを苦しめている竜神の元に向かっている。さっきケータイで調べた攻略サイトによると、このダンジョンをクリアすれば、つぎの王都の酒屋で仲間を増やせるらしい。ミロたんの職業は何にしようかな。

「ねえ、ミロたんどうする?」
「……」
「あっれー、もしかして怒ってる?」

振り返るとあきれ顔のミロたんがそこに立っていて、これは学校でどうでもいい連中に向ける表情だっていうのを我はよく知ってる。そういえば、我が何の気なしに座ったベッドは、ホテルみたいにきれいにメーキングされていたっけか。あ、だから怒ってるんだ。

「ミロたーん?」

我はちっとも動揺してない。

「ねえねえミロたーん」

コントローラーをできるだけ丁寧に下に置いて、膝たちの状態でゆっくりと体を返す。そうやって見上げたミロたんの表情はさっきからちっとも変ってない。中学生の美術の時間に作った仮面みたいに、動かない。

「ね、ねえ、」
「マル」

なに? っていう声が裏返りそうになった。そうやって小首をかしげていると、ミロたんはちょっと近づいて手を我の頭に伸ばした。びっくりして、体を縮めて目を固く閉じても、ぐわんって頭が揺れる感じも、ミロたんの手が近づいてくる感じもしない。
ちろり、と目を細く開けると、そのタイミングを待ってたみたいに頭を押さえつけられて、ぐぐっと下げられる。その動作に合すみたいに、ミロたんはいう。

「ごめんなさい」

どういうことか理解できなくて、手が離れてもしばらくそのままでいたけれど、ようやくわかって顔をあげたら、もうミロたんは部屋にいなかった。(……怒ってたけど、怒ってなかった)名前を呼びながら彼の家のリビングに向かうと、その近くのキッチンに人影が一つ。

「コーヒーとココアどちらがいい?」
「……ココア。お砂糖も入れてくれるとうれしい」
「それじゃあ砂糖水と変わらなくなる」

そんなことないもんー! とミロたんの腰にまとわりつくと、邪魔だとかなんとか言いながらも、決して振りほどいたりしない。……たぶん、今どうしてってきいたら、熱湯持ってて危ないからっていうって知ってる。でもミロたんはたぶん、いつでもそうやって、理由を作ってるんだと思う。よくわかんないけど、ミロたんはそういうひとなんだとおもう。

「あ、ミロたん。魔法使いと、僧侶と、戦士と、あと……盗賊! だったら何がいい?」
「なんでもいい」
「困るよぉ」

なんでもいいが一番困るんだよー? と言っているうちにミロたんは両方のカップに角砂糖を入れ、片方だけにミルクを注いで混ぜたそれを、カウンターに置いた。裏にある戸棚の真ん中を開けろっていって、そこにあったクッキーの缶を取り出させた。

(ねえ、どうしてミロたんは、我に優しくするの?)

なんとなく聞くことから逃げている問いを、胸の内でする。
缶の中身を勝手にみて勝手に喜んでるような我を、よくわかんない顔でもっと見てほしくて、ほしくなくてよくわかんない。
椅子に座って、家族団らんするためらしいテーブルにぽつんと置かれたカップ二つと、角砂糖の壺と、マドラーと、それからさっき運んだ缶。学校ならきっと冷まさずに飲むコーヒーを、我の前ではふうふう息を吹きかけながら冷まして飲むのはどうして?
この答えもミロたんは、用意してるのかなあ。

足りなかった角砂糖を一つ足した。
それは混ぜる暇もなく、ぐずりぐずりと溶けていく。

襟裏に角砂糖(2013/07/01)
後は頼みます(超身内宛)





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