「また死んだのか」
いきなり耳に飛び込んできたのは大切な異性の声で、我は状況の把握ができなくて少しだけ戸惑う。手に持っているのはゲーム機のコントローラーで、目の前にあるテレビの液晶には一匹のモンスター。そして、味方のキャラクターが我の指示を待っていた。うち二人……ミロ(剣士)とマル(僧侶)は死んでいたけれど。
「だって、我が死んじゃったら、ミロたんも死んじゃうんだもん」
「ふん」
(あれ、ちがう)
どこか別なところで、同じようなことを思った気がする。こめかみが痛い気がして触れるけれど、そこは血も何もでてないし、腫れたりもしていなかった。なぜかミロたんのも確認しなくちゃいけない気がして、そおっと手を伸ばすと怪訝な顔をされた。
「なんだ」
「ミロたん、どこも痛くないの?」
「お前が馬鹿で頭が痛い」
「ひ、ひっどーい!」
頭だけじゃなくて、おなかとか、えっと、そう、他にもいろいろ、確認しなきゃいけない気がするのに、ミロたんはぴんぴんしたまま「なんだおまえは」と言わんばかりの表情で目をそむけて、我の手からコントローラーを奪った。
「ああ、返してよぅ」
「見てられん」
おかしいなあ。おかしいなあ。そう思うけれど、それがだんだん普通のような気がしてきた。ためしにそっと、ミロたんに寄り添ってみるけれど、彼は何も言わずに、さも当たり前のように我を支えてくれる。細くて硬い体。健康そうな肌。不機嫌そうに画面を見つめる目。
「みーろーたん」
「なんだ」
「ミロたん元気ぃ?」
「見てのとおりだが」
「我、居なくても大丈夫?」
「なにを言っている」
それから、どうして「なにを言っている」なのかは教えてくれなかった。ますます気持ちがごちゃごちゃなっていく。おかしいなあ。少し前までは、こんなのじゃなかったのに。おかしいなあ。ミロたんの傍に、我は、『いなくちゃいけなかった』のに。
「ミロたん」
「次はなんだ」
「我、ミロたんが居なくなっちゃったら、やだ、なあ……」
じわじわと視界がにじむ。自分でもびっくりして、でもとめることなんてできなかった。あれ? なんで我、こんなことしてるんだろう。我はホントは、こんなことしてる場合じゃないんじゃないの? ミロたん、助けなきゃ。『今すぐ』『起きて』『ミロたんを』
「助けな、きゃ」
違う我とミロたんが持つべきなのはこんなゲームのコントローラーじゃなくて、もっと、もっと、ヒトを殺す道具であるべきで。こんなところでゲーム、なんてしてる場合じゃなくて。
うまく息ができない。
「み、みろた、ん、死んじゃったらっ、やだぁ……」
あっけらかん、と我を見ているその目はなんだかミロたんじゃないみたいなのに、どこまでもミロたんだった。なにを言うべきか迷ってるみたいだ。そりゃそうじゃんって思ってる心と、変なミロたん。偽者ミロたん、って思ってる心が、我の中で喧嘩し始めた。
「僕は、死なない」
ぎこちなく、手が、我の頭を撫でる。
「ほ、ほんとぉ?」
「ああ」
(ほら、ミロたんは大丈夫なんだ)
「僕は死なない」
繰り返し、言い聞かせるように我にそういうミロたんの目は、困惑してた。何でそんなことを言い出すんだ。変な奴だな。みたいな。ああ、じゃあきっと、大丈夫なんだ。ミロたんは、大丈夫なんだ。
「そ、そっかぁ……」
安心して、我の表情筋は緩む。にへらあ、と笑うと「気持ち悪いやつだな」って言われた。今度はそういう顔じゃなくて、完全に口に出された。「失礼な!」と背中をたたいても、ミロたんはぜーんぜん平気そう。それがなんだかむかつく。もう我のことには興味をなくしたみたいに、テレビの画面をにらむように見つめる(別に目が悪いわけではない)ミロたん。なんだかたたくのにも飽きてきて、その横に、寄り添うように、我も座った。
――あれ?
何で我のほっぺたは、ぬれてるんだろう?
この指は、もう震えない(2013/02/14)
「おやすみ」
(いまこさん家のミロたんことミロライン君お借りしました
title by 確かに恋だった)
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