深夜1時を回った頃、ノックもなしに部屋の扉が開けられたと思ったら女がずかずかと入り込んできた。まるで銃を突きつけるように目の前に出されたのは、お世辞にも綺麗とはいえない、たぶん菓子。
それを無表情で突きつけてくるのは俺様の片思い相手であり、「姉」でもあるリリーだった。

「喰え」
「え」
「じゃなかったら、捨ててくれ」

あ、ああ。と受け取ったそれは歪で、クッキーなのかケーキなのか、こげているのかチョコレートなのか、よく判らなかった。まあそれでも、「今日」という日に菓子を用意するのだから、友チョコでも義理チョコでも本命でもなんでもなく、名前をつけるとしたら家チョコだろう。まあ俺様もリリーに手作りで渡されるのは初めてだが。普通に食べたらこぼすな、とティッシュをとりに立ち上がると、彼女はまるで微風のように、気配を感じさせぬまま去ってしまった。
溜息を吐いて、とりあえずその黒い菓子の匂いを嗅いでみるが無臭で……いや、ほのかに甘い匂いはするのだが、材料を特定することは難しい。そもそも甘い菓子類をあまり食べないから、というのもあるのだろう。

「……いただきます」

「ここ」にきてからの教育でしっかりと見についてしまった食前の挨拶を済ませて、かりり、と端っこを噛んでみる。案の定乾燥して、菓子の欠片が膝の上に乗せたティッシュに散らばる。これ絶対ロミオにばれたら怒られる。そんなことを頭の端で思いつつも、もうひと齧り。

(チョコ、か?)

舌に残る、かすかにねっとりとした感触がそれっぽい。どういう風に調理したのかは知らないが、手には解けたそれが残らなかった。焼きチョコレート、という言葉が頭に浮かぶ。残り一口になったそれを口に放り込み、噛み砕いた。うん、チョコだ。
喉に残った感覚を水か何かで流してしまおうと、ティッシュを丸めて立ち上がりながら思う。まあ、まずくはない。全員に同じものを量産して渡しているのだろうが、それでも嬉しいと思う自分は、単純な男だなと思う。ドアを開けて廊下に出ると、妹がしゃがみこんでいた。

「食べたあるか?」
「あの黒いやつか? 食べたぜ」

とたん、にやあと悪い笑い方をする。

「なんだよ気持ちわりぃ」
「そうかー食べたあるかーふひひ」

ふひひ、ふ、ひひ、と不気味な笑い声。この笑い方の妹には、関わらぬが吉だと経験が語っている。無視してキッチンに向かおうとすると、ちょーっと待つあるー、と呼び止められた。

「なんだよ」
「あの大きさのチョコ、何個作ったか知ってるあるか?」
「え、ここの全員分だろ?」

その回答を聞いたシャオリンはなお一層笑みを深くする。東洋美人ってなんだったんだ。

「そうあるか……そうあるか……」
「だから、なんだよ」

ふひ、と両手で口元を押さえてはいるが、にやけはしっかりと目に入る。

「私たちがもらったのはちっちゃな手のひらサイズ。試食用でそのサイズのは三つしか作ってないある。私と、リリー本人と、作り方を教えてくれた子の分。でも、ギルのはもっと大きかったはずある。ついでに言うと、作ったのは全部で四つ」

言ってる意味、分かるある?
小首を傾げて言う。表情は悪戯を思いついた子供と変わらない。……なんだそれ、期待していいのか。

「ついでのついでに言うと、リリーは後片付けがすんで部屋にいるある。パパはもう寝ちゃったし、私はしばらく、ギルの部屋でDVDを漁るある」
「ありがとな」

突っ込み所はあるが、今はそれ所では無いようだ。一刻も早く、感想その他諸々を伝えなくては。ズボンのポケットに手を突っ込み、廊下を駆ける。

214(2013/02/14)
ノックせずにドアを開けて、リリーさんにけられるのはまた別なお話。
ギルリリハッピーバレンタイン!

(かりんとうさん家のギルと、いまこさん家のシャオリンお借りしました)





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