『これはお前のためなんだ』。そう言い聞かせてこれまでなんとかやってきた。そろそろあいつも気づいている頃だろう。なんて思ったりするのだが。相変わらず俺にはあいつの考えていることは読めないし、あいつも読めていたとしても、自分から「裏切っている?」なんて聞いてはこないだろう。あいつはそういう奴だ。
その優しさが、自分を殺すことにならなきゃいいけれど。
「ほら、早く寝ろ。明日も早い」
「んーじゃあ、このページ読めたら寝るね」
顔を合せもせずに本に没頭する姿は、ノースによく似ていた。いや、ノースが似ているのか? 最近はよくわからない。ノースと二人で本を読みながら辞書を引いたり、たまに難しい顔をしたり、驚いたり笑ったり、そうやって百面相している姿が、俺は、たまらなく、……好きだ。この前までもやもやしていてもうやめて欲しかったんだが、最近は好きだって認めることにしている。だって、そうでもしないと気持ち悪くて仕方ないからだ。もちろん、好きと認めても気持ち悪いのは変わらないのだが。それでもまだましだ。
「いますぐ、寝ろ」
本をひったくって、しおりを挟むと、むうっとした顔でこちらを軽く睨んだ。なんだ。とこちらも負けじと睨むと、えへへ、と笑ってきた。なんだこいつ。
「まあいいや。じゃあ、また明日ね。ラルさん」
……最近、ドリラはよく「また明日」という。それが無意識かそうでないのかは、俺にはよくわからない。それに最近、よく夜ふかしもするようになった。ソリスの言うことには、だんだん眠れなくなってくるらしい。それでも今は、まだましだという。これからどんどん眠れなくなる。だから、今のうちは無理にでも寝かせてやって欲しい。それは彼女からの依頼でもある。だから今日も、本をひったくって眠らせようとした。
(お前は、何を考えているんだ?)
いや、もしかすると相手も同じことを考えているのかもしれないけれど。でも、わからない。俺にはわからない。俺の前世ならわかったのだろうか? なんて、そんなこと今の俺には関係の無いことだけれど。でも俺は、……俺は。
(それでも俺は結局、過去の自分に振り回されているのか)
胸の中で、やめたいのなら、やめてもいいんですよ? とリュミエルが問う。どうしてそんなことができるだろうか。……これも、こいつのためだ。こいつが今みたいにバカみたいに笑って、好きな本を読んで、その世界を旅して。そして、いつかほとぼりが冷めてから、次は本当の世界を旅するためなんだ。
(そこに俺はいないかもしれないけれど)
いや、いる訳がないか。と胸のうちで自嘲する。お前の明日に俺はいないんだ。俺は今晩、行かねばならないところがあるのだから。「ああ、」ごとり、とハードカバーのその本をベッドサイドのテーブルに置いて言う。
「おやすみなさい。いい夢を」
願わくはその夢に、俺がいないことを。
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