それはいつも通り、魔物を退治したあとのこと。
基本的に他人との接触を好まないうちのししょーは、その日の任務もあたしと二人でこなした。Dランクのあたしに合せ、あたしを連れていく時は簡単な任務しか受注しないことにしているから、Sランクのししょーと行くと帰りが早すぎることがよくある。
「マント、いらなかった」
「……」
リストに載っていた悪魔を倒し、それを確かめながらあたしは言う。日没の7時に出発し、予定では翌日6時に帰還するつもりだったのに10時には任務を終えてしまった。太陽の光が目に悪い、という理由で日が照ってる間はマントを外さないししょー。別に寒がりなわけではないのだ。ししょーは。ししょーは何も言わずにこくりと頷く。それからやっぱり黙って帰路につこうとする。が、二・三歩歩いたところで、戦っているときにも見たことのない険しい表情を見せた。
「ししょー……?」
「し。……静かに」
冷たい手で口を抑えられた。こちらをみない赤と橙の目がぎらぎら輝いているように見えてぞわっとする。……何も聞こえない。ただ、ざわざわと風が森を吹き抜ける音が聞こえるだけ。ししょーはそれでも厳しい顔のまま、マントの内側をまさぐって、いつも使うのとはちがう形の薬莢を取り出す。いくつかをあたしに渡す。……入れておけ、ということか。それをいつものそれと取り替えて、待つ。
「――来る、な」
「何が?」と、そう聞こうと口を開いたその瞬間、木々の隙間から何かが複数飛び出してきた。獣ではない。ヒトのように見えるけど違う。鬼でもない、悪魔でもないけど、何かわからないこの感じは。
「……っ、きゅ、吸血、鬼!?」
「下がっていなさい」
「えっ、ししょー!?」
地面を蹴って、駆ける。敵もししょーも闇に呑まれて見えなくなった。ただくぐもった奇声と、話し声と、銃声が聞こえてくるだけ。下がっていなさい、なんて言われたから動くわけにもいかず、でもだんだん心細くなって呟く。
「ししょお……」
「そんなに心配?」
後ろから話しかけられて、飛び上がらんばかりに驚いて振り返る。……何も感じなかった。微笑むその人の歯がまるでコウモリみたいに不自然に尖っているのを見て、確信する。
(吸血鬼……!)
「……ぁ……」
勝てるはずかない。そう思ったあたしの口からはほとんど声になってない叫びが漏れる。それを見て気持ち悪いくらい柔和に微笑んだその顔が、だんだん近づいてくるのをスローモーションみたいにながく、ながく見ていた。きゅっと目を閉じて思う。
(死んじゃ、ダメだっ!)
持っていた銃を構えて撃つ。躱されるが好都合だ。銃の絶対距離。もう一度構えて撃つ。当たった!
ほ、と息を付くが相手は派手にぶっ飛んだだけで大きなダメージは受けていないように見えた。愕然としたあたしの表情をみて、ゆらりと立ち上がった男は耳障りな声で笑う。
「吸血鬼にとっての銀は、苦手なだけで殺せないんだって、《師匠》に教わらなかったか?」
「……ッ!」
噛み付こうと近づくそれを威嚇するために撃つけれど、それを見切ったかのように全く動じず近づいてくる。ほどなく薬莢がなくなった。
(死にたくない……ッ!)
噛まれそうになるギリギリの所で、何かに横に突き飛ばされた。同時に、ドウン、と腹に響く銃声。
「――若い娘の血でなくて、すみません」
毎日聞いている声が、目の前からする。顔を上げるとししょーが吸血鬼に噛み付かれてた。
「ししょ、」
「今のは、わざと急所を外しました。次は外しません」
ほかの人だったらいつも通り淡々としている様に聞こえるかもしれないけれど、かれこれ半年以上ともに暮らしているからわかる。声のトーンが一つ低いし、ししょーは怒ると饒舌になる。そうだ……怒ってるんだ。ぐらり、とかしいで膝をついた男の頭に銃口をピタリと突きつける。
「……な……んで……」
「貴方には運がなかった。……さまよう魂に、幸あれ」
ズガン。脳天を撃ち抜いて血が木の葉の上に飛び散る音が雨のように耳に入る。黒の中の黒が、その海に倒れた。
「ししょー!」
「近づくな」
「っ、」
さっきのままの冷たい口調で言い放たれ、びくりと駆け出そうとしていた足を止める。ししょーはうつむいたまま男の亡骸をじっとみつめて、それからため息をついた。
「ごめん。吸血鬼の血には触れないほうがいい」
「……」
マントを取ってくるくると巻きながら一歩一歩近づいてくるししょーの方は、それでも血まみれだった。さっき噛まれたせいだろう、とそれに触れようと手を伸ばすが、「だめ」、と止められた。
「触れないほうがいい」
「でも、早く手当しなきゃ……」
心配になって見上げるけれど、ししょーのばつがわるそうな表情になって言う「ごめん」が降ってくるだけだった。あたしにはまだ伝えられないということか? そう思うとなんだかししょーの顔を見ているのが辛くなってうつむいた。
(弟子なのに)
でもこんな顔してられなくて、あたしはいつも通りしゃんと背筋を伸ばして「じゃあ、そろそろここ出たほうがいいよね!」ああ、さっきはびっくりしたぁー、とか言って歩き出す。それから少し離れたところで、
「……だからこそ……、か」
そうししょーには聞こえないようにそっとひとりごちた。
今をもう少しだけ、【1】(2011/11/25)
退治屋師弟。
続く、かもね。
←