素晴らしく憂鬱に生きています

いつもの日常
それでも前よりずっと素敵に見えるわ




月曜日、朝一で海先輩に謝られた。何故海先輩が謝るのかと私は慌てる。海先輩用事があって仕方なく部活をお休みしたというのに、主将他バレー部員が馬鹿をやらかしてそれで海先輩が謝る理由は無い。「阿呆が悪いのです阿呆が」そう言うと海先輩は困った様に笑った。それでも「迷惑かけてごめんね」とお菓子セット(お煎餅詰め合わせ)をくれた。なんか、子供扱いされていないだろうか…貰ったものはなんだかお年寄りっぽいけど。ハッ!一味煎餅がある!「親戚が来て、そのお土産。沢山あるからあげるよ」と言われた。…あ、ありがたく貰う。お煎餅…お煎餅…。


「あ、ぬれせんべいもあったよ」
「心の底からありがとうございます海先輩」


仕方ないので昨日の出来事は全部忘れてあげよう。海先輩に感謝してくださいね、バレー部員。るんるん気分で教室に向かう。


「おはよう及川」
「おはよう東月く……後ろ、どうしたの?」
「何が?」
「………なん、でもないです」

ミイラみたいな二枝君が後ろに居るんだけど、多分見えちゃいけない霊的な何かなんだろう。見なかったことにした。「ぉ…おは……おいか……」か細く聞こえたけど聞こえなかった事にする。取り敢えず二枝君を居ないものとして笑顔で接する東月君が怖い、矛先は私には向かないだろうけど。「あ、あかりちゃんおはよう!」ふわふわの笑顔の松本ちゃんに癒された。「あれ、リエーフは?」東月君の言葉に置いてきた、とだけ答えた。


「及川まだ怒ってる?」
「ひっ」
「ねぇ東月君、二枝君どうしてそんなに怯えてるの?」
「昨日色々あったんだよ松本」
「そう、なの?」

そうなんだよ松本ちゃん、もしよかったらお昼の時にでも話してあげるよ。「バスケ部とバレー部の馬鹿話を」おっと東月君と被った。「なんだか楽しそうだねー」ふわふわ笑う松本ちゃんに何とも言えない気持ちになった。ただの馬鹿話なんだよ。


「で、まだ怒ってるの?」
「昨日用事で休んでた良心先輩からお菓子セット貰ったから怒ってない」
「お菓子で機嫌治るのか…及川」
「あかりちゃん、知らない人からお菓子貰ってもついて行っちゃ駄目だよ?」
「松本ちゃん、私そこまで馬鹿じゃない」
「及川を馬鹿だとは思ってないけど、なんか」


誘拐されそうなんだよな。
ひょいっと連れて行かれそう。

うんうん、と頷く2人に「なにそれ」と首を傾げた。まさかこの言葉が現実になるとは誰が思った事か。後から来たリエーフ君に「あかり!置いてくとか酷い!」と潰されて東月君に助けられた。いつもの光景である。





◇ ◆ ◇



そして現在、誘拐事件が発生したわけで


「割としょっちゅう来てる筈なのになーんでこう…なぁ?」
「なぁ?と言われましても。あと担ぐのやめてもらっても良いですか」
「なんで?」
「むしろこっちがなんで?なんですけど」

梟谷高校と書かれたジャージを着た素敵ヘッドの人とエンカウントして担がれました。立派な誘拐です。「で、体育館ってどこ?」「そこを左です」「おー、サンキュー!」「ちょっと待ってくださいそっちは右です。逆ですってば」「おー…」どうしよう方向音痴だこの人。取り敢えず担ぐのやめて下さいってば。べしべしと叩いていると漸く彼は私を下ろしてくれた。地に足が着くって素晴らしい。


「はい、取り合えずいきますよ。体育館?何処の体育館ですか」
「え、わかんない」
「……じゃあ、何部ですか」
「バレー部!」

笑顔で答えるその人に、ハァ…と心の中で溜息を吐いた。私が高校に入ってから学習した事、何処のバレー部にも曲者ばっかりだ。「こっちです」その人のジャージの袖を引っ張ると手を取られた。

「こっちの方が迷子にならない!」

繋がれた手、笑顔の人。もう何も言うまい…。じゃあ行きますよ、私は彼の手を引いて歩きだす。彼はきょろきょろとしながら私の横を歩く。


「あ、名前なんて言うんだ?」
「…及川あかり、です」
「俺梟谷高校3年の木兎光太郎!よろしくな!」
「…よろしく…です?」
「及川あれだろ?音駒のマネだろ!」

何故知っている。「黒尾が女子マネ出来た!って写真送って来たから知ってた!」黒尾先輩私の知らないところで勝手に写真とか回さないでください。


「妹見たいで可愛い可愛い、ってだいぶ言ってるからなー黒尾の奴」
「断じて黒尾先輩の妹ではないです」
「黒尾の妹がこんな大人しいわけがない」

黒尾に妹がいたら、黒尾似の性格がひん曲がってる奴だろうな。わははは!と笑う木兎さんに、申し訳ないが同意してしまった。だって黒尾先輩性格ひん曲がってるし。


◇ ◆ ◇



「何か、失礼な事を言われた様な気がする」
「…気のせいじゃないですか?黒尾先輩」

黒尾先輩の性格がひん曲がってるとか、そんなの全然思ってないですし、はい。無事体育館に木兎先輩を連れてくる事が出来た。途中何度寄り道をしたことか…「いやーでかい小学生の面倒見るの大変だっただろ?」そう笑う黒尾先輩に曖昧に首を傾げた。だって本人目の前に居て同意できるわけがない。

「…徹より、扱いが楽です」
「あれ以上の奴が居たら驚きだわ」

まぁ冗談…1割方の冗談は置いといて、「木兎さん勝手にあちこち歩き回らないでください、いっつも迷惑かけて…」とても真面目そうな人が仁王立ちしてさっきの木兎先輩を叱りつける様子を見る。「いつもの事いつもの事」呆れた顔で黒尾先輩も木兎先輩を見る。


「木兎を叱りつけてるのが赤葦、木兎の保護者だ」
「黒尾さん、不名誉なんでやめてください」

赤葦さんというらしい木兎先輩の保護者さん。しっかりしてるし3年生でしょうか「あかりちゃんの1個上だな」黒尾先輩よりしっかりしてらっしゃる「おいあかりちゃん絶対失礼な事思ってんだろ」思ってないです、失礼じゃないです当然のことを思ってるだけです。

「こっちとらあかりちゃんの無表情の中にある感情が見えてんだ、隠し事はできねーぜ?」
「ひひゃひでふくろほへんはい」
「よく伸びる頬だなー」

黒尾先輩、こういうことするからそう思われるんですよ。見てください研磨さんの表情を、なんとも言えない表情です。取り敢えず助けてくれると嬉しいです研磨さん。


「クロ」
「なんだ研磨」
「写真撮っていい?」
「は?」
「その写真をあかり兄に」
「おい馬鹿やめろ」

あ、手が離れた。「お前徹にこんな状況見られたら『なにあかりのほっぺ触ってんの?え?誰の許可得てあかりの素肌に触ってんの?お前つーか羨ましいすごいふにふにしてそうなほっぺ触ってずるい俺だってあかりに触りたいのに頭撫でて肌触れて甘やかして抱きしめて…ああああ、あかりに会えないし触れないのほんと辛い。マジ黒尾殺す絶対殺す』とか言うじゃん!1時間くらい小言言われるじゃん!」
「言われたことあるんだ…小言1時間」
「デレるあかりちゃんの自慢話はしないことにした」
「じゃあさっきの写真送ったら3時間くらいかな」
「やめろ、現実になる」

徹と黒尾先輩はほんとうに仲が良いなぁ。別に羨ましくはない、そう、全く持って羨ましくない。




「…あかりちゃん、何その目」
「俗に言うツンデレとか、そういう類じゃなく羨ましくないです」
「なんとなく察した」
「徹と仲良しな黒尾先輩がいつしか徹のようになるんじゃないかと不安で」
「何その誰も幸せになれない呪い」
「黒尾先輩、徹にならないでくださいね」
「ならねーよ!」


…おい、お前らお喋りしてないで部活始めんぞ…。静かに低く声を発した夜久先輩に黒尾先輩と二人で肩を揺らした。居たんですか夜久先輩…「最初っから居たぞ」それは大変失礼しました。


「夜久さん小さいから見えなかったんじゃないですかー?」
「リエーフ、外周」
「え」
「行け」
「…ウッス」





◇ ◆ ◇




「…木兎先輩って、すごい人なんですか…?」
「あの人全国で5本指に入るスパイカーだよ…はぁ、疲れる…」

練習試合が始まって1セット目、20-25で相手方…梟谷学園高校がセットを取った。2セット目が始まるほんの少しの時間、ドリンクを配りながら目を見張る。すでに脱力気味の研磨さん、仕方ない。だってすごい、まだ全然素人だけどすごいって分かるスパイクだった。腕もげそう…。全国で5本指のスパイカーって物凄いことなんじゃ…「ちなみにウシワカは3本指に入るぜー」黒尾先輩の言葉に流石若さんだと思った。


「くっそ…相変わらず強烈だな木兎、上手くあがんねぇ」
「1セット目はしゃーねぇわ。つかよく上げてくれてるよ夜久は」
「そもそも上げられないんじゃ話になんねーし。綺麗にセッターに返したいと思ってんだけどな…悪い研磨」
「ん、大丈夫クロがなんとかする」
「俺任せかよ、まぁなんとかするけど」

楽しそうだなぁ、なんて。私には「すごい」って思うだけで楽しいなんて感覚は分からない、そりゃあ選手とマネージャーだから感じ方は全く違うだろうけど。でも。


「うーん……?」
「どうしたー?あかり」

リエーフ君が私の顔を覗きこむ。うん、なんか…違うんだよなぁ…自分の中の何かが。あの時の感覚は、湧いてこない。私は、あの感覚をもう一度味わいたかった。


ジャンプサーブ

徹のジャンプサーブを見た時のあの感覚。カタカタと震える手、響く無音。後の歓声と徹の表情。私が心の底からバレーに惹かれたあの映像。
あの感覚を、もう一度。きっとそれは凄く難しい事。でも、やっぱり見たいもう一度、何度でもあの感覚を。





「…私ってば、隠れブラコンなのかもしれない…」
「…は?」

小さく呟いた言葉は、リエーフ君の耳だけが掬い取った。

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