素晴らしく憂鬱に生きています

私の帰る場所は



ぴっ、と通話を終了した。じーっと、画面を見る。徹が、ずるい…徹がずるい?私は首を傾げる。多分バレーが上手いだとか、そういう話じゃないんだろう…そんな事は分かっている。じゃあ、なにがずるいというのだろうか。私が、バレーに惹きこまれた理由が徹のバレーだったから、だろうか。へんなの、私は笑う。

「そもそも、夜久先輩や黒尾先輩…入学式の時にリエーフ君と逢わなかったら、こんな風にはならなかったのに」

きっかけを辿れば、音駒バレー部に通じるのだ。全ての始まりは、あそこなのだ。今の私の原点。よし、私は立ち上がる。荷物を持って、リビングへと向かう。


「おかあさん」
「あら、あかり。もう行くの?」
「うん、徹にちょこっとだけ顔出してくる。お父さんは?」
「あら、あの人残業よ?」

いいじゃない、駄々こねる人が居なくて。とお母さんが笑った。…なんだろうか、お父さんのこの扱いは、と少し遠い目をしてしまった。


「ひとりで、大丈夫?」
「うん、昨日も行ったし。道は大丈夫」
「そう…寂しくなるわね…」
「、帰ってくるよ。私の家は、ここだもん」
「…そう、そうよね。あかりは私達の娘だもの」

そして徹の妹だもの、力強く言うお母さんに私は勢いよく頷いた。いえす、私徹の妹。兄妹結婚駄目絶対。「徹が変な事言ったらガツンと言ってやりなさい」と頭を撫でるお母さんに「わかった、ガツンと言う」と答えた。そう、ガツンと。


「それじゃあ…」
「ええ、行ってらっしゃいあかり」
「行ってきます、お母さん」

次はただいまとおかえりだね、そんな事を思いながら私は外へ出る。今日も、天気が良い。


◇ ◆ ◇



さて、昨日と同じように階段を登り、ギャラリーへと登る。今日は観客は居なかった。ただの部活のようだし、そうしょっちゅう人が来るわけないか、と私は安心した。手すりに手を書ける。みんなが練習していた。音駒は、確か午後から練習開始だったからまだ誰も来てないかな、色々準備しなきゃね。タオル用意したり…私は自分の仕事を思い浮かべて笑う。明日から、また頑張らなくちゃ。

「あかり−!」

徹が、私に気づき手を振った。私は大きく振り返す。他の人たちも、手を振ってくれた。


「今日帰りまーす!」
「帰んないでそのまま青城のマネ――痛っ!岩ちゃん痛い!」
「あかり、及川気にすんなー。あっちでも頑張れよー!」
「岩泉さんありがとうございますー!」

私は息を吸う。今までに、きっとこれだけ大きな声を出した事は無かっただろう。めいいっぱいの感謝を。


「ありがとうございました!バレーがすきになりました!みんなみんな、だいすきですっ!」

勢いよく頭を下げたら手すりに思い切り額をぶつけた。おう…ふらり、額を押さえながら私は再びみんなを見る。「あかり!大丈夫!?大丈夫!!?」と大袈裟な徹を無視する。


「また、来ても良いですかっ?」

そう言う私に、みんなが笑って頷いてくれた。それをみて、うれしくなる。ぎゅっと、両手を握りしめる。

「東京、行ってきます!」

「いってらっしゃーい!すぐ帰ってこいよー!」
「妹ちゃんがんばれー!後で連絡するネー」
「あかり、及川さんと花巻さんに気を付けろよー」
「国見、何言ってんのかな?」
「ウシワカとあんまり仲良くすんなよ!」
「岩泉のシスコン発動…」

少々、気になるワードがあったけどまぁいいかと流す。何も言わない徹、ふるふると身体を震わせていて、岩泉さんが思い切り背中を叩くと、顔を上げて私と目があった。


「あかり!」
「うん」
   だいすきだからね!」
「……うん!」

でも、と私は口を開く。




「今度結婚しようって言ったら嫌いになるから」

それだけ言って私は背を向け階段を降りはじめた。「あかり!なんで!?なん…岩ちゃ…痛っ…ていうかみんなで俺殴ら……ぎゃー!」となんだか悲鳴が聞こえた気がしたけど、多分気のせいだ。




◇ ◆ ◇




徹に貰った時計を見る、あともう少しで東京に着く。あ、そうだ。黒尾先輩のブロック解除しておこう。宮城に戻ってるときは夜久先輩とリエーフ君が何度かメッセージをくれたくらいで、凄く平和だった。どうしよう、もうこのままブロックしたままにしておこうかななんて考えが思い浮かんだけど、逆に面倒なことになりそうだと思った。うん、泣き付かれたらやだしブロック解除しておこう。
多分まだ部活している時間に帰れるけど、どうしようかな。邪魔になるからそのまま寮に戻ってしまおうか、ちょっと顔を出していこうか。寧ろ部活に参加するのも…。
なんて考えて居たら手元のケータイが震えた。メッセージが1件、夜久先輩からだ。休憩中かな、なんてメッセージを開く。


<もし時間が合えば、ちょっと体育館寄ってけよあかり。2日見ないだけでリエーフは五月蠅いし、あ、黒尾は沈んですげー静か。後はあんまりいつもと変わんないけど>

「…ふふ、」

<やっぱ俺も寂しいって思った>


ぎゅーっと心が温かくなるのは、嬉しいからなのかな。「是非顔を出します」と返信して窓の外の流れる風景を眺めた。こういうのを、愛おしいというのだろうか。みんなが居る日常が、愛おしい。帰って、話す時間が有ったら全部話そう、宮城での出来事を。徹が変だった事とか、知り合いが増えた事だとか、友達に会えただとか、全部全部話そう。【間もなく東京駅ー東京駅ー】というアナウンスに私は立ち上がる。もう少しで帰ります、私は「ただいま」というから、どうか。

私の帰る場所






◇ ◆ ◇



「………」
「あ、あかりー!!お帰り!!!」
「…、ただいま……で、なに、してるの?」
「バスケ!」
「…………うん」


見ればわかる。私が聞きたいのはなんでバレー部員がバスケ部員とバレーではなくバスケをしているのかという話で。ていうか夜久せんぱーい、貴方もなにしてるんですか。「夜久さんそれレシーブ!ボールレシーブしちゃ駄目ッスから!」「あー…うっかり」うっかりじゃないですよ何やってるんですかバレー部の良心。バスケットボールなんてレシーブしたら絶対腕痛いですよってそうじゃない違う。
壁際でとんでもなく暗い表情をしている東月君を捕まえる。とても苦しそうな笑みを浮かべて…何とも痛々しい。東月君が一言「メシ争奪戦」と言った。意味が分からない。


「バレー部が飯を奢るか、バスケ部が飯を奢るかのバトル」
「意味が分からない」
「俺も分からない。なんかこっちの部長とあっちの部長?」
「黒尾先輩?」
「そうそう黒尾先輩っていう人が言い合い始めたと思ったら既に勃発してた」
「うちのアホ主将が申し訳ない」
「いやいや、うちの馬鹿どもがほんと申し訳ない」

ところでバレー部とバスケ部、バスケは流石にバスケ部が有利じゃ?
あ、この後バレーもやるみたいだよ。
そっか…部活してよ。
ほんとソレな。

私たち二人、体育座りをしながら白い目で試合を傍観する。というかバレー部突き指したらどうするんだ。なんで夜久先輩止めなかったの…あとは、海先輩…は?


「あれ、良心その2の人が居ない」
「良心その2って」
「すごく良い人が居るの。菩薩みたいな」
「菩薩って。…あ、バレー部の副主将?なんか用が有るって部活休みって聞いたけど」

良心その2が居ないのでは仕方ない。「帰ってきたら顔出せよ、なんて言いながら何してるんだろ夜久先輩…」そんな事を呟く。

「どうしよっか…」
「どうも出来ないなぁ…」
「そっか…」

一旦部屋戻って良いかな?おう行ってらっしゃい。そんな会話を東月君として私は一人体育館を出た。もうこのまま部屋に閉じこもってしまおうか。

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