素晴らしく憂鬱に生きています

【夜久衛輔の話】



そういえば今日の夜にはあかりが帰ってくるんだよな、なんて思いだした。金曜日は普通だったが、昨日の部活はリエーフのいじけっぷりが酷かった。飼い主が家あけて、1匹で留守番している犬の様だった。レシーブも力無かったし、溜息ばっかりだった。流石に黒尾も憐みの目を向けていて「月曜の朝頭撫でてもらえよ」なんて言ってた。完璧犬扱いだ。
今日もリエーフは使い物にならないだろう。あかり居ないだけであれじゃあ今後が心配だ。喝でも入れるか…なんて思ってたら黒尾に「夜久もなんだかんだで寂しそうだよな」なんて笑われた。何言ってんだこいつ、なんて思ったが。


「なぁ、あかり…」

昨日の部活中、居ない筈の人間の名前を呼んでしまったわけで。ここまで来ると自覚せざるを得なかった。あかりがマネとして入部してから1月も経っていないというのにどういうことだ。俺は溜息を吐いた。

朝、スマホの画面を睨みつける。自覚してしまったものは仕方ない。惚れた弱みだ。俺は画面をタップした。

<おはようあかり、そっちはどうだ?>

そんな当たり障りの無いメッセージを送る。するとスマホが震えた。返信早いな、なんて思ってたら違った。それは、メッセージの返信ではなく、電話で。


「、もしもし?」
『おはようございます、夜久先輩』

丸1日ぶりのあかりの声が、なんだか懐かしく聞こえて末期だな、なんて俺は心の中で笑った。「おはよう、あかり」俺の声はどこか弾んでいた。


「あかり、そっちはどうだ?」
『…徹が、可笑しいです』
「…ああ…」

あれを、目の当たりにしてしまったらしい、ご愁傷さまとしか言いようがない。『お母さんのフルスイングフライパンで死ななくて本当によかったと思います』ととんでもなく不穏な言葉を聞き、一体なにをしたんだ及川兄は…と俺は遠い目をした。


『友人にも会えました』
「お、良かったな」
『でも会話はあまりできませんでした』

会えたのに、会話が出来なかった?『徹が威嚇して、全然若さんとお話出来なかったんですよ』何ていうあかりにふと疑問がよぎる。いや、察したのかもしれない。黒尾の言っていた事と言い、及川兄が威嚇したといい…まさかとは思うが。


「あかりの友人って、もしかして…あれか?王者白鳥沢の」
『はい、牛島若利さんですよ』

俺は左手で顔を覆う。『中学時代からの、唯一のお友達です』なんて言うあかりになんとか溜息を飲みこんだ。友人って女子じゃないのか…牛島若利…またすごい人間を…。というかほんと、なんでそんな奴と。リエーフといい、クラスメイトらしいバスケ部の友達といい、何故こうも男と仲良くなるんだお前は。心が狭い、なんて言われてしまったらそれまでだけど、やっぱり良い気持ちはしない。リエーフは許容範囲として。



『若さんとの邂逅ですか?ボール投げつけられました』
「いじめかよ」
『あ、違うんです。私が徹の妹だったから、若さんが少し興味を持ちまして。バレー殆どやった事ないって言ったらかるーく投げられまして。とってみろって言うから』
「ああ、成る程」
『キャッチしました』
「そういう取れじゃないだろ」

あかりは前から何処かしら抜けていたらしい。しかし成る程、あかりの反射神経の良さに納得した。ひたすらキャッチする修業、なんて前言ってたけどそれは牛島との事か。「バレー、教わったのか?」なんて聞く。『いいえ、若さんは少しでも私にバレーさせたかったようですけど、白鳥沢と、徹の青城はライバル関係でしたし…徹が、怖かったので』成る程、本当にほんの少し、ボールに触っただけなのか。


『バレー、怖かったですし』
「今はもう、大丈夫だろ?」

バレーが怖いのではなく、それをしていた及川兄が怖かっただけだ。仲直りした今だ、まだ少し取っ付きづらいだろうけどあかりもバレー部のマネージャーになったわけだしな。『その事なんですけど夜久先輩』あかりが言った。


「うん?」
『あのですね、ボールがばんっ!ていって』
「お、おう」

姿を見なくてもわかるくらい、あかりのテンションが高かった。こんなに弾んだ声は、初めて聞いたかもしれない。『音が、消えてですね』もうあかりが何を言っているのか分からなかった。ただただあかりは興奮していて

『かっこよかったんです』
「…えーっと、それは及川…徹がか?」
『…ん、それも…あるかもしれないんですけど…そうじゃ、なくて…』


少しの無言の後、あかりは小さく『ごめんなさい』と言った。俺は、首を傾げる。それはなんの謝罪なのか。ゆっくりと、あかりは喋り出す。


『バレー部に入りましたけど、やっぱりバレーなんて、興味無かったんです。恐怖も嫌悪もありましたけど、それでもやっぱり一番は興味が無かったんです』

若さんも、随分と私にバレーに興味を持たせようとしてたんですけどね。きっと気づいていたと思います、あの人は。どれだけ私にボールを手渡そうとも、興味を持たないってことを。だから途中から、お話だけするようになりました。ただの友人として。

あかりは、今どんな表情をしているのだろうか。俺は目を瞑って、ただ無言にあかりの話を聞く。


『興味の欠片も無かったのに、自分を変える為にバレー部に入ったのは、バレー部のみんなに申し訳なかったと思ってます』
「、大丈夫だ。そんな些細な事気にする繊細な人間うちの部には居ないから」
『ふふ…、でも、今の自分は入部したての自分をゆるせないです。あんな気持ちで、やるべきじゃなかった』

研磨さんは理由なんて簡単でいい、なんて言いましたけど私自身、そう簡単にいけない人間みたいで。そう沈んだ声で言う。

『でもですね、世界が、変わったんです。徹のバレーを初めてちゃんと見たんです。あれだけ怖がっていた徹のバレーを昨日初めて見て   私は』

あかりの声が、震えていたのが分かった。俺は手を握り締める。

「…ずっるいなぁ…」
『…え?』
「お前の兄貴はずるいなって話」

きっとあかりは訳が分からない、って思ってるだろう。ほんとずるいよ、お前の兄貴は。いとも簡単にあかりにバレーを魅せてしまうのだから。


「俺も負けてらんないな」
『…夜久、先輩?』


ほんと、負けてらんない

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