素晴らしく憂鬱に生きています

不思議な顔見知りと
遭遇しました




「あかり、練習試合は午後からだからね。なんなら迎えに帰ってくるからね」
「……いらない…」
「青城までの道のりわかる?」
「………んー…」
「あかり、可愛いけど起きて」

ぺちぺちと頬を叩かれる。私の頭は覚醒しない。立ったまま寝れそうだ。「2度寝は良いけど玄関で寝ないでね」という徹の言葉に…返事したかどうかすら覚えていない。家を出ていく徹の背中を見送り、そして









「はっ」
「あら起きた?あかり」
「いまなんじ」
「11時」

もうすぐ昼時だった。ばっちり覚醒するするとリビングのソファーに寝っ転がっていた。あの後どうしたんだろうか。思いだせない。部屋に戻れずそのままリビングのソファーで力尽きたのか。取り敢えず顔を洗って

「…お父さんは?」
「お仕事だって。呼び出されて泣きながら出ていったわ。あかりがぐっすりの間」
「お父さんも大変だね」
「徹と喧嘩するくらいなら今日明日返ってこなくてもいいわ」

え、お父さん可哀想。にこにこ笑うお母さんに私は押し黙る。
お母さんが淹れてくれた紅茶を飲む。美味しい。珈琲より断然こっち。あ、寮のおばちゃんに貰った美味しくない珈琲どうしよう。なんて頭の隅で考える。時計は11時半。練習試合13時からって言ってたっけ。準備してお昼食べて家を出ようかな。
なんだか、とっても平和。私がここに居れるのが奇跡の様で。



「お母さん」
「なぁに?」
「今日の夜ね、話そうと思うの」
「…そう」
「うん」

お母さんが、優しい目で私を見る。前の私は、お母さんが向けるこの目が嫌いだった。私が優しくされる理由は、ないと。そう思い込んで。

「ごめんね」
「なに謝ってるの?あかりは私たちの娘なんだから」
「…うん、ありがとうお母さん」

さて、準備してきなさい!その間にお昼作ってあげるから!そう言ってお母さんは笑った。うん、私は立ち上がる。





◇ ◆ ◇




「おー…」

12時45分、私は青城の校門前に立っていた。とても今更だけど、学校って部外者が入っていいものなのだろうか。普通は…駄目だよね。どうしよう。というか学校の場所は知っているけど、練習試合する体育館の場所とかしらない。つんだ。

「……あかり?」
「…………」
「え、なに。俺の名前忘れた?」
「…く、にみ君」
「なんだ覚えてるじゃん」

あ、あれか。練習試合見に来たんだろ。という言葉に私は頷く。こっち、と手招く国見君について行った。


「仲直りしたんだってね」
「…うん、仲直りした」
「よかったじゃん」
「うん」

国見君とは中学の頃同じクラスになって、ほんの少しだけ会話するくらいの仲だった。徹の事で私に話しかける人が殆どの中、国見君は私に対して徹の事を聞いては来なかった。だからだろうか、ほんの少しだけ接しやすかった。言うほど、仲が良いというわけではなかったけれど。

「今日覚悟してた方がいいよ」
「なにが?」
「及川さんと花巻さんと松川さん辺りがテンション高かったから」
「…?花巻さんは知ってる」
「え、なんで?」
「徹と電話してる時に、何故か花巻さんが出てきて」
「うん」
「練習試合見においでって言われて来たから」
「花巻さんが誘ったんだ」
「そう」

あ、ここ体育館ね。と私たちは立ち止った。「上行く階段がそこ、上の方が見やすいから。ギャラリーも今日そんなに来てないし…まぁそれでも五月蠅いんだけど」という国見君の言葉に首を傾げる。

「あかりって及川さんのバレー事情何も知らないんだね」
「え、うん…ごめんなさい」
「いや…幻滅するかもしれないからさ…知らない方が幸せってものもあるから」
「??」

ますます意味がわからない。「じゃ、俺行くから」と国見君がドアに手を伸ばしたところで私は口を開く。

「国見君」
「うん?」
「が、頑張ってね!」
「…あー…」

え、何その反応。国見君は気だるそうに後頭部を掻いた。

「頑張らない」
「ぅんえ?」
「なにその声。今日及川さんが全力だから俺頑張らない」
「えええ?」
「あ、いや…ちょっと待って。サボってもばれない様に頑張る」

いや、そんな応援してませんから。じゃあね。と体育館へ吸い込まれるように入って行った国見君を見送る。…すごく不思議な人だ国見君。あんな人だとは知りもしなかった。

私は上へと続く階段へ踏み出した。




◇ ◆ ◇



【国見英の話】



朝から及川さんのシスコントークが始まる。及川さんの幸せそうな顔がとても腹が立つ。「その気持ち、痛いほどわかるぞ国見」と岩泉さんに肩を叩かれた。その顔は疲れ切っていた。あ、この人及川さんから毎晩電話でシスコントーク聞かされてるんだろうなと悟る。
最近では花巻さんと松川さんまでもがシスコントークに加わっているから意味がわからない。この人たちあかりと面識合ったっけ?
それを何故だかきらきらした目で見る金田一もわけわからない。なんなのこいつ。ていうかなにこの空間。すごく居心地悪い。

「今朝もあかりめちゃくちゃ可愛くて、うとうとしながら俺の見送り玄関まで来てくれてさぁー。ほっとんど意識ないみたいで「あー」だの「うー」だの言って。起きろー!ってぺちぺち頬叩いて、そのあとむにむにして、めちゃくちゃ柔らかかった」

なんだろうか、変態発言に聞こえなくもない。いや、むしろそうにしか聞こえない。

「で、一度外に出たんだけど。やっぱり戻って見てみたらあかり玄関で立ちながら寝てた」
「なんつー器用さ」
「なんとなく持たせた抱き枕抱きしめて。抱き枕と場所チェンジしてもらいたかった」

きめぇ…と隣の岩泉さんから聞こえた。本当にその通りです。「仕方ないから横抱きしてリビングのソファに寝かせてきたけど、ほんと天使みたいに軽かった」もうそろそろ危ない人です及川さん。暫く会っていない同級生に「頼むから危機感を覚えてくれ」と祈る。及川さんが犯罪者にならないことも願って。あ、むしろ一回くらい捕まった方が良い気がしてきた。


「なぁなぁ国見」
「なに」
「お前及川さんの妹と同じクラスになったことあるんだろ?」
「…まぁ…」

金田一、そのくらいの小さな声でそのまま話してくれ。同じクラスだった、というだけで及川さんに聞かれたら何されるか…あの人ほんと妹に関して心狭いから。特にここ最近。ツンツンツンがデレデレデレになってかなり気持ちが悪い。なんだあの極端。あー、で?なんだっけ…あかりと同じクラス…

「2年の時だけ。一年の時は影山と一緒だった筈」
「は?影山と一緒?」
「バッカ!お前声がでか」



「そこの2人はなんの話してるのかな?」

こんの馬鹿金田一め…




◇ ◆ ◇



体力(精神力)を根こそぎ持っていかれた俺は、昼休憩中もう誰とも会話しないと心に誓い体育館を出て外をふらふらとしていた。

ふと、校門へ目を向ける。…あー…あれは…。と顔を引き攣らせた。今朝から話題の中心、及川あかりが校門前で棒立ちをしていた。

あれか、兄の練習試合を見に来たのか。及川さんちゃんと体育館の場所教えたのだろうか…。教えていたらああにはならないか。俺は溜息一つ吐きあかりに近づく。
別にあかりが苦手なわけではない。シスコン及川さんに関わりたくないだけなのだ。結果、あかりにもあまり近づきたくないで…巻き込まれるのは御免被る。まぁ、体育館までだったら(多分)大丈夫だろうし。この多分はフラグではない。








「国見君」
「うん?」
「が、頑張ってね!」
「…あー…」

ぎゅっとガッツポーズをされて微妙な気持ちになった。だってあれだよ、及川さんの闘志半端なかった。あれ、及川さん一人で25点取る気満々だよ。下手に手出したら逆に邪魔になるパターンだ。なら、じっとしていた方が良い。下手に動かされて合宿の二の舞は御免だ。マジで死ぬかと思った、というか死んでた。

「頑張らない」
「ぅんえ?」
「なにその声。今日及川さんが全力だから俺頑張らない」
「えええ?」
「あ、いや…ちょっと待って。サボってもばれない様に頑張る」

俺の今日の目標、頑張らない様に頑張る。もうこれ以上体力を持っていかれて堪るものか。複雑そうな顔をするあかりに手を振り、俺は体育館へと入って行った。





「よぉ国見」
「ゲッ…って花巻さんか」
「及川じゃなくてよかったなー」

ケラケラと笑う花巻さん。本当にその通りです。生き死にに関わることですからそれ。「どんだけ深刻なのさ」と笑う花巻さん。あんた及川さんを甘く見過ぎだと思う。

<< | >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -