素晴らしく憂鬱に生きています

ようやく
スタートラインに着いた



本日日曜日、お天気は晴天。時計の針は7時少し前を指していた。
昨日、部活何時からやっているか聞いておけばよかったな、と思いながらトースターで食パンを焼く。スーパーの隣にあるパン屋さんが特売で、食パンが安かったんだ。流石に2斤は要らなかったかな…しばらくお米はお休みです。カップにインスタントコーヒーの粉を入れたお湯を注ぐ。チンッという音、皿にパンを乗せてマーガリンとジャム、そしてコーヒー。完璧な朝ご飯だと感動していると携帯電話が震えた。パンを片手に画面を見ると、昨日連絡先を交換した研磨さんからだった。

<部活開始は9時、大体みんな30分前には自主練し始めてる。監督とコーチは7時半には学校に居るよ>

知りたいことが全部書いてあった。なんでも御見通しなのか、すごいな研磨さん。とりあえずお礼のメッセージを送りパンにかじりつく。ん、おいしい。コーヒーは…うん、美味しくない。寮のおばちゃんからもらった(押し付けられた)特売品聞いたことの無いメーカーコーヒーは以後封印決定。
さて、食べ終わったところで学校指定のジャージに着替える。職員室に行く前に、花壇の花に水をあげよう。驚くほどに、私に迷いはなかった。なんでこんなに吹っ切れたんだろう。昨日の夜久先輩が面白かったからだろうか。私は美味しくないコーヒーを一気飲みした。
今日も一日、がんばります。




◇ ◆ ◇



いざ部員を目の前にすると、やっぱり尻込みしてしまう。

「え、と…今日から、お世話になります。………おいかわ、あかり…です。よろしくお願いします……」

目の前にずらりと並ぶ赤い集団が怖いです。リエーフ君と黒尾先輩に挟まれる日々で多少は電柱に慣れたけど、こう…森のように大木並ぶ中に私がもぐりこむと、流石に怯える。なんか、怖そうな人いるし。そんな私の様子をにやにやと見る黒尾先輩をあとでブロックしてやろうと決める。リエーフ君はきらきらとした目で私を見つめていて、夜久先輩…とは今日一度も目が合っていなかった。…昨日の、そんなに駄目だっただろうか。そんなことを思っていたらバレー部員全員が「シャーッス!!」と大声を上げるものだから思い切り身体を揺らしてしまった。



「1年は仕事教えてやれよー」

あと先輩勢はあかりちゃんにあんまりちょっかい出すなよ、なんて言う黒尾先輩を「それはお前だろ!」と夜久先輩が蹴った。一番ちょっかい出しに来るのは黒尾先輩だもん。そんな2人を横目にリエーフ君が駆け寄ってくる。


「あかり−!」

おおう。両脇を掴まれ持ち上げられる。今の私の身長2m超え。高い位置からの風景に少しだけ感動しつつリエーフ君の頭をぺちぺちと叩いた。そして夜久先輩に蹴られるまでがセットである。もう色々慣れちゃったなぁ…。


「まぁ最初は自己紹介からだな。3年主将の黒尾鉄朗デス」
「とっても良く知ってます」
「俺の事を良く知ってるだなんて…あかりちゃん俺の事好」
「うっさいです黒尾先輩うっさいです」
「ははは、仲がよさそうだな。俺は3年副主将の海信行。よろしく及川さん」
「よろしく、お願いします」

さて、少し遠くで固まっているモヒカンさん達には近付くべきか…。で、できれば目を合わせたくないなぁ…怖いし。なんて思ってたら研磨さんに「あれは気にしなくて良いよ」なんて言われた。気にしなくていい、とは。

「俺、犬岡走。1組!よろしくな!」
「4組の芝山優生、よろしくね及川さん」
「俺、3組のリエ」
「同じクラスでしょリエーフ君。よろしくね」

一部の部員に挨拶できてないんですけどいいんでしょうか。「じゃ、1年でマネージャーの仕事教えるね」という芝山君に頷いてしまったから挨拶は諦めた。






「あかり、ボール拾いが変に上手いよな」

壁に寄りかかり、スポーツドリンクを飲む夜久先輩に、ふと声を掛けられた。あ、今日初めての会話だ。中々目も合わなかったし。私はキョトンとして首を傾げた。ボール拾いが上手い…うーんと…自覚は無いけどあれのせいかな。「ちょっと、一方的なキャッチボールには慣れてるんで」そういうとなんだそれ、と夜久先輩が笑った。よかった、いつもの夜久先輩だ。


「ワンバンして、まだ勢いがあるうちにキャッチしてかごに入れて。のスピードが半端無いんだけど。ちょっとゆっくりな反復横とびに見える。割と体力居るだろ」
「投げられたボールをひたすらキャッチする修業をしていたことがあったので」
「なんの修業?」

笑う夜久先輩と私を間をボールが横切った。すぐ壁なので、ぶつかって床に落ちる。


「おいそこ、イチャイチャすんな」
「黒尾あぶねぇだろ。そこに直れ」
「黒尾先輩今日顔がうざいです」
「最近いつもこんなもんだろ」
「お前らほんと酷いよな」

それであかりちゃん、初日だから午前で帰っていいってよ。そう言う黒尾先輩に声が漏れた。「別に、疲れてないです」そういうと隣に居た夜久先輩にデコピンされた。


「結構しんどいだろ、マネージャーだって体力仕事だ。初日で緊張してるだろうし、慣れないことやって疲れるだろ?」
「…でも、全然…」
「夜久の言う通りだぞあかりちゃん。明日からもまた頑張ってもらうんだし、あんまり無理すんなよ」

監督とコーチからのお達しなんだから。そう言う黒尾先輩に仕方なく頷き、その場を後にした。




◇ ◆ ◇


あかりが帰った後、休憩を取り午後練が始まった。「ぶっちゃけさ」と黒尾が言葉を漏らした。

「俺、あかりちゃんは見た目のまんま運動苦手だと思ってた」
「確かに」
「そのイメージ一気に崩れたな。予想の遥か斜め上を行ったわ」

流石に疲れるだろうと思って帰したのだが、当本人はほんと疲れを一切見せていなかった。「あっちからボール打ってる時さ、何度かあかりちゃん部員と間違えてボール打ち込もうとしちまったもん」黒尾が笑う。なんか、俺と同じ体制だったもんな。意地でもボールを取ろうとする構え。いやいや、お前ボール拾いだろとツッコミたくなった。ボールを怖がる事なく平気でキャッチするあかりに、レシーブを教えたら…結構、


「リベロに育てるか?」
「それいいよな…やらないけど」

あれだけバレー嫌だって言ってたのに、マネージャーになって、そんでもってバレーなんか教えたらどうなるかわからないし。でもなぁ…あれ教えたら絶対リエーフより上手くなるよな…なんてぼやいたら「夜久さん酷い!」とリエーフが声を上げた。実際そうだと思うけど。


「そういえば夜久」
「なんだよ」
「お前昨日からすげー変だよな」

俺は気付かなかったけど、なんか研磨が可笑しいって言ってたからよ。なんて言う黒尾。流石音駒自慢のセッター、良く見ている。
俺は昨日の事を思い出した。ほぼ無表情のくせに、その中にあった余裕綽々な笑み。「あのさ」俺は声を漏らす。ふと天井を見るとリエーフがホームランしたボールが引っかかっていた。


「あかり彼氏とか居たことあんのかな」
「…は?」

「さぁ、どうでしょうか」そう言ったあかりの笑みが忘れられなかった。

<< | >>
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -