なにやらギスギスな空気
「か、考えさせて!」と叫ぶように言って、私は逃げるように及川君の部屋から出た。すぐ隣の自分の家へ逃げ帰る。鍵を掛けチェーンも付ける、玄関のドアに凭れかかってずるずると座りこんだ。お、及川君はまだ私、を。

「なんで私…」

本当になんで、と思う。別に嫌とかそういうわけじゃない。及川君かっこいいし。だからこそ、だ。なんで私?もっと可愛い子沢山いるでしょう?

「なんで私!?」

2年前から私達はまったく成長していないようだ。



【むかしのはなし】



「え、私岩泉君以外特に興味無い」

及川君に告白されて、出た言葉がなんともド直球なものだった。3秒くらいして自分が言った言葉にハッ!と顔を青くする。口を押さえてゆーっくりと及川君の顔を見た。なんか泣きそうになっていた。ただ振るのではなく大ダメージを与える様な事を言ってしまった自覚はある…あるけどさ、なんで私?ここで私は及川君が失恋した私を慰める為に…なんて思った。そっか、慰める為に。「及川君、ありがとう」え?と及川君が声を漏らした。

「だって私を慰める為に…」
「違うよ、弱ってるところに付け込むのは最低だって思うかもしれないけどさ。でも俺1年の頃から百々海さんのこと好きだったんだ」
「…え、え?」

あれ、私と及川君って接点あったっけ?「そりゃあ憶えてないよね、1年の時同じクラスだったけど1度だって話したこと無かったし」1年の時同じクラスだったの…?私1年の記憶とか隣の席が佐々木くんだった事しか憶えてない。あれ佐伯くんだっけ?佐藤くん?結局何も憶えてなかった。

「…な、なんで私…?」
「わかんない、一目惚れ。それから目が離せなくてずっとこのまま。流石にこのまま卒業はしたくなかったから」

こんなタイミングで告白しちゃったけど。及川君が笑った、なんか可愛い笑みだった。息が詰まる、いやだってこんなイケメンの笑顔、破壊力あり過ぎでしょう。

「ね、今は好きじゃなくていいからチャンスをください。お願い、付き合って」
「……」

呆けて「…は、はい」なんて返事をしてしまった。ぶっちゃけ何に返事をしたのか自分の頭では分かっていなかった。でも言った瞬間花が咲いたように及川君が笑って、あ、もうこれ引き返せないわ。でも、うん。及川君かっこいいよね。阿呆みたいに顔を赤らめてしまった。馬鹿だなぁ私。
この日から私は及川君と付き合う事になった。


「…莉玖ちゃ、ん」
「ふ、はい!」
「…あ、駄目だ俺死ぬ。ごめん下の名前呼ぶ勇気がない死んじゃう俺死んじゃう…」
「……」

付き合ってから知ったこと、というか知らなかったから知る事がかなり多いだろうけど。それでも吃驚する。私は今まで誰かと付き合ったことがない、慣れてない、つまり初心!そんな私が「ほわー…マジか」って思うレベルで及川君が初心だった。あれ、この人女子に囲まれてた及川君と同一人物だよね。「あああ!名前呼ぶのにこんなに緊張するとか!」顔を手で覆い吠える及川君は耳まで真っ赤だった。なにこの人可愛すぎか。

「百々海さん…」
「そ、それは余所余所し過ぎじゃないかなぁ…なんて…」
「う…えっと、莉玖ちゃ…うう、百々海ちゃん…」

胸キュン(死語)してしまうのは及川君が悪い!どうしよう何かに目覚めたかもしれない…胸を押さえて息切れしそうな呼吸を落ちつかせる。
それでも、それでも私は自分に素直すぎたのだ。及川君と一緒にお昼を食べて、2人で廊下を歩いていたら岩泉君…と隣には女の子。そっか、彼女さん。ツキン、胸が痛んだ。岩泉君が私と及川君を見て目を丸くした。ん?

「…は?」
「え?」

岩泉君が間抜けな声を出した。私と及川君を見比べて「は?」とまた声を上げる。それで及川君の肩をガッと掴んで「お、お前大丈夫なのか?」なんて私にはよくわからないことを言っていた。

「お前よく百々海の隣に立って平常心で居られるな…?」
「…え、なんの話…?」
「百々海、こいつ奇声とか鼻血とか出してないか?ドン引きしてないか?」
「え?え??」

すいません話が見えません。「ああああ岩ちゃんいうなぁあああ!」「こいつ一時期、いやこの前も言ってたか、百々海が天使」「あああああ!!岩ちゃんのばかぁあああ!!」及川君がぽかぽかと岩泉君を叩いていた。訳も分からず、岩泉君の彼女さんと顔を見合わせて首を傾げる。というか岩泉君の彼女さん可愛いなー…そりゃあそうだよね、岩泉君かっこいいし、釣り合い取れるくらい…って失礼だけど、それでも女の私が思うくらいに可愛いと思った。…あれ、逆に私及川君と釣り合い取れてないよね?凄く今更だけど。ずーん、と重くなった。イメチェンして、可愛くなったでしょ?とか私馬鹿みたい…はぁ…と溜息を吐くとぴたり、2人の動きが止まった。

「あ、悪い。こいつ馬鹿だけど見捨てないでやってくれ。馬鹿だけど悪いやつじゃないんだ、なんかくだらねぇ噂あるらしいけど全部嘘だし、馬鹿みたいに阿呆だから」
「なんのフォローもされてないよ岩ちゃん」
「だから、あー…なんだ。その、最初はアレだけど、でも友達くらいにはなってやってくれ。な?」
「えー…え、っと…そ、の…」
「岩ちゃん、俺告った」
「は?」
「百々海さんと付き合う事になった」
「…は?」

再び岩泉君は目を丸くした。「え?」私を見る。え、ここは頷く場面なのかな?ぶっちゃけ私自身も付き合うという自覚が薄いんだけど。何も行動せずにいた私に何か納得したらしい岩泉君は「…お前、百々海巻き込んで妄想するのやめろ…」なんて言った。え、妄想って。

「も、妄想じゃないし!マジ話だし!!」
「お前顔すらまともに見れないとか言ったくせに話しかけて、更に告白だ?無理に決まってんだろ」
「でも実際告白したしー!?」
「松川に呆れられるぞ」
「嘘じゃねーし!」

再びヒートアップする言い合い、あと5分で授業開始のチャイム鳴るけど…って私のクラス次移動授業じゃん。だが私がこの2人の言い合いに割りこめるわけがない。「…えっと、百々海さん?」岩泉君の彼女さんが私を呼ぶ。

「次授業移動なの?」
「そ、そう!」
「じゃあもう行っちゃいなよ。多分この2人止まらないから」

くすくすと彼女さんが笑った。この子、2人の事よく知ってるんだなぁ…。「じゃあ私、行きます…」「うん、ばいばい!」にっこりと笑って手を振られた。なんか、ドキドキする、緊張じゃなくて、つらい。ううう、やっぱり岩泉君かっこいいなぁ、というか私の名前知ってた。すごい、私この前岩泉君の顔と名前を知ったのに。顔を押さえてぱたぱたと廊下を走る。まだ2人の言い合いが聞こえていた。あと彼女さんの声が混じって…仲、いいなぁ…羨ましい。

ほんと、羨ましい




【今現在の苦悩】


若いって怖い、なんて昔を思い出した。及川君と付き合うって言いながら、見ていたのはずっと岩泉君だったから。及川君には酷い事をしてしまっていた、そう思う。当本人は別れるとき「そんなの全然気にしてなかったよ」なんて言っていたけど、彼の心情は一体どうなっていたのだろう。そして、どんな事を想って私に、2度目の告白をしたんだろうか。

「ほんと…さぁ…」

何度だって思うことだ。なんで私なのだろう、こんなひどい私を。及川君はきっと私というものを勘違いしているのだ。私に取り柄なんてない、気に入られる人間でもない。むしろ、嫌われてしまうような人間で。


「…どうしよう…」


明日提出のレポート。単位落としたら洒落にならない。ぐすん、と泣きながら這いずるようにリビングへ進んだ。



【一方その頃】



ガッコンッ!ガラス製の机に頭を叩き付けた。言っちゃったよ、ばっかじゃないの。顔は熱かった。岩ちゃんの事はもう引き摺ってない、彼氏もいない、そんなの告白するに決まってるじゃん。別れた事だって俺は不服だったのだ。あんな別れ方、納得できない。目を瞑る。あーあ…百々海さん俺を避けるかなぁ…それはちょっと辛いかも。2年ぶりの再会で浮かれ過ぎた。

「…すき」

やっぱりどうしようもなく好きなのだ。2年前、付き合ってからも恋人らしいことは何もしなかった。それでも俺は嬉しかったんだけど。死にそうなくらいドキドキして、隣に居る百々海さんを盗み見て。ちょっとだけそのやわらかい手に触れて。それで満足、というかいっぱいいっぱい。別れた時はつらかった、だって卒業式で言われたんだもん。もう俺とは会わないってことでしょ?

「わたし、及川君に酷いことしてた。及川君と付き合ってたのに、やっぱり目で追いかけてたのは岩泉君だった」

知ってたよ、悲しそうに岩ちゃんと岩ちゃんの彼女を見ていたのは知っていた。俺を見ていなかったことくらい、知っていた。でも、さ…それでも。

「ごめんね、及川君。好きになってごめん、だからもう別れよう?」

なんで両想いになったのに別れるんだろう。ごめんね、謝りながら百々海さんは走って行ってしまった。卒業式、彼女の進路は知らない。電話番号もメールアドレスも変わってしまった。なんで、こんな。


「百々海さんは」

まだ俺を好きでいてくれるだろうか、そうでなくとも、また好きになってくれるだろうか。告白は軽率だった、でも後悔はしていない。後悔は、しない。俺は顔を上げる。すき、だから諦めない。諦めて、たまるものか。これはチャンスなのだ、やり直す、もしくは初めから始めるチャンス。

「というか百々海さん相変わらず可愛かった…」

うん、煩悩まみれですいません。ごそごそとダンボールを漁る。カップとケルトは出せなかったのに、高校の時の荷物はすぐに取り出せる。生徒手帳、滅多に使わないけど、手帳のポケットにベタに百々海さんの写真が入っている。ベッタベタだな俺。ふわふわとした百々海さんと、緊張で顔を真っ赤にしている俺のツーショット写真。写真はこれしか持ってない。岩ちゃんに撮ってもらったんだよね。その写真を額に当てる。

「前から、そして今もずっとずっと百々海さんがすき」

願いを籠める、卒業式の俺は追いかけることすらできないくらいチキンだったけど、もう後手には回らない。「いつもの余裕はどうした、女にいつでもにこにこする余裕クソ川のくせに」いつの日か、呆れながら言った岩ちゃんの言葉。まったくもってその通りだ、余裕ない俺ってかっこ悪い。もう全部かっこ悪い。


「がーんばろっと」




【彼女の友人】


「付き合えば?」
「言うと思った!」

ずずずー、フラペチーノを飲む。「色々考えずに付き合っちまえよ。彼氏無し」うっざい!あんただってこの前彼女に振られてたでしょ!「げっ!なんで知ってんだお前!」いやうちの科で大分噂になってたけど。「うっわー…マジかよ…」頭を抱える従兄弟にふんっ!と鼻で笑ってやった。

「だって軽々しくさぁ…しかも過去私が振ったイケメン…」
「おまえもうこんなチャンス無いんじゃないか?ずっと一人身より今恥を飲んで付き合った方が良いって」
「恥言うな!若気の至りと言え!」
「変わんないだろ…」

ていうか人の事言えないでしょ鉄朗…。ムカつくトサカヘッドを睨む。ていうか相変わらずの寝癖だね、いつも思うけどなんでそうなるの?「俺がイケメンだから?」「丸坊主にすればいいのにね」そしたらそのもっさりトサカがすっきりするわ。

「んで、俺よりイケメン君は何処の学校?バレーやってるって聞いたけど」
「S大」
「うお、強豪。誰?」
「…なんで言わなきゃいけないの」
「気になるしー?S大イケメンっていうと…及川とかか?でもアレはないだろーイケメン過ぎてお前と釣り合いが」
「だよねぇ…」
「…ン!?」
「なに?」
「え、及川なの?まじ?は??何処であんなヤツ引っかけた!?」
「くそしね鉄朗」

どんな色仕掛けした?胸ねぇけどお前。瞬間ゴスッっと鈍い音が店内に響いた。隣のスーツ着たおにーさんが「今のは男が悪い…」って表情した。ですよね、でも胸見ないでくださいセクハラです。

「だってお前4歳の頃の写真ぺったんこじゃん」
「ばっかじゃないの、ていうかばっかじゃないの」
「お前アレから成長した?俺にはお前が4歳に見える」
「眼科行け」

ほんとムカつく鉄朗。なんでこいつに相談しようとか思ったんだろう私、絶対馬鹿にされるの目に見えてたのに。ストローを噛んでいると「行儀悪いぞ」とか言われた。店内で胸ないって言ったお前に言われたくないわ。


「んで及川なー、彼女居るだろ」
「居たらこんなちんちくりんに告白しないでしょ」
「…だな!」
「くっそしね」
「同意したのに理不尽」

とか言いながらけらけら笑う。そうですね理不尽ですねていうかほんとそれ思うよね!!うううー頭を抱える。「もー、ほんと付き合っちまえよ」深く考えていない発言。そう、軽々と付き合うとか…できないでしょ…。


「相変わらず初心だなぁお前。夢見過ぎなんだよ。付き合うだけだろ?あ、結婚視野に入れてる?」
「入れてないわよ!つーかあんたが軽々しいだけだっつーの!」
「俺別に軽い気持ちで付き合ってねーけど…」
「何回も付き合っては振られを繰り返してる男が言うセリフじゃないわよね」
「なんかテンプレでもあんのかね…」

毎回「あたしとバレーどっちが大事なの!?」とか言われるらしい。ちょっと意味わからない。「なんで人間とバレー比べるんだろうねぇ…あたしと仕事〜とかほんと意味わかんないセリフ」そういうと鉄朗はうんうんと頷いて「お前が俺好みの顔だったら付き合ってやるのにな」むかつく一言を言ったしねまじしね、上から目線過ぎるむかつく!

「ほんとお前とっつき易くて付き合っても重荷にならないのになー」
「なんか軽い女っぽく聞こえる…」
「そうは言ってな……」
「…?なに、どうし」

鉄朗が外を見て固まり、私もそちら側を見て固まった。店のガラス張り窓、そこにぺったりと引っ付き私たちを睨むように見る及川君、こわっ。窓側に座ってた人たちがそそくさと逃げる。じーっとこちらを見る及川君、動く気なし?「おい莉玖サン、愛しの及川君が見てるぜ」「どちらかというと睨まれて…」とりあえず手招きで呼んでみるとぱぁ!周りに花が咲いたような表情からダッシュで店の入り口へ走って行った。「え、まじで」「なにが」「流れ的に俺殴り飛ばされないか?」「及川君そんな人じゃないよ」「いやいやいやいや!」いや暴力的じゃないし、どっちかというと紳士だし?あんたと違ってね!と言ったところで及川君がこちらにやってきた。

「…百々海、さん…と」
「ハジメマシテ、って思ったけど何度か練習試合で馥合わせたことあったな。莉玖の従兄弟の黒尾鉄朗デス」
「え、誰知らない。って従兄弟?」
「そうそう、従兄弟。うちのお父さんの兄の子供」

そっか…従兄弟、従兄弟…。ってつぶやきながら及川君は鉄朗の頭を鷲掴みにしていた。「いででで!抜ける禿る!」禿ろよ、と内心思いながら及川君らしからぬ行動に目を丸くした。

「嫉妬ですか及川クン、お前莉玖とは付き合ってないんだろ。元彼」
「…むかつく。俺だって百々海さんのこと、緊張しすぎて下の名前呼べないのに…軽々しく呼びやがって…」
「…」
「……」

鉄朗が驚愕した顔で及川君を見た。いや、私もちょっとびっくり、でも高校の時とかわらないなぁ、なんてしみじみ。あと恥ずかしい。あんぐりと開けた口を一度閉じ、鉄朗は口を開いた。

「マジか」
「はぁ?」
「おい莉玖」
「マジだよ」
「…マジか」

及川君はきょとんと、鉄朗の頭を鷲掴みしながら私たちを見る。及川君結構ピュアなんだよ「おまえにお似合いじゃん」「あんたさっき釣り合いがっていったじゃん」「いやいや、今のでバランスとれた」取れてないよ。

「お前らお似合いだから付き合っちまえよ」
「……な、ななな何言ってんだよ!このトサカ!」
「いでででで!!本気で掴むなイッテェ!」

真っ赤の及川君をちょっぴりかわいいなぁ、なんて思いつつ私は席を立つ。「じゃあね鉄朗」「いやちょ、助け」知らないよ。

「ばいばい及川君」
「ぅ、え?あ、うん!ば、ばいばい百々海さん!」
「いやいやばいばいする展開じゃ」

鉄朗なぞ知らぬ。と私は店を出た。なんだかんだで及川君と一緒にいるの気まずいからさ。昨日の事どうしようか、やっぱり決めきれてないし。というわけで時間稼ぎ宜しくね鉄朗。
鉄朗の「付き合っちゃえば」という言葉が頭の中で響いていた。


◇ ◆ ◇



「…とりあえず座ったらどうですか及川クン」
「、注文してくる」

真面目か。話題の及川はカウンターの方へと歩いて行った。ていうかあいつ俺の事覚えてないのかよ。冗談抜きで「誰だお前」みたいな表情してたぞ。何回も練習試合してるっつーのに。つかなに、俺ここで死ぬ?この後の展開がまるで分らん。アイスコーヒーを手にした及川がこちらへ向かってくる。

「で、お前誰」
「さっき言ったっつーの!黒尾鉄朗!あいつの従兄弟な」
「…ああ、そんなこと言ってたね」

覚える気がなかったから、忘れてた。とか言いやがった。おい莉玖、だれがだれより紳士だって?ひくり、引き攣らせながらも俺は笑顔を作る。

「んで、莉玖に再び告白した及川クンは俺に何の用?」
「とりあえず気に入らないから死んで」
「超直球に暴言…」
「ていうかなんなのお前」

おい、紳士のしの字もないぞこいつ。まるで人を見下すような目で俺を見ている及川。あー…俺置いて行った莉玖マジで恨む…。

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