バレー部でなくとも、青城に行く北一生は少なくない。だから、私は青城に行くのを諦めた。
流石に白鳥沢に行けるような学力は持ち合わせていなかったので、烏野高校へ受験した。そして問題なく合格通知をもらう。その合格通知は1度だけ見て、引き出しの奥へと仕舞った。こんなもの、国見君に見つかりでもしたらなんて言われるか。
あれから少しずつ、国見君と距離を置く様になった。元々違うクラスだったから、意図的に会おうと思わなければ案外、校内で国見君と会う事も無かった。放課後になれば国見君は国見君は部活に行くし、私は塾が有ったから。だから、冬なる頃には殆ど国見君と会話をする事も無かった。
嫌われたくない、突き放されたくない。だから私は自分から距離を置く。なんて矛盾。でも私は大丈夫、話さなくても一緒に居なくても、嫌われてさえいなければ私は満足だから。
部屋の棚に置いたフォトフレームはずっと伏せたままだ。
卒業式も、私は国見君と目を合わせることなく母校とさよならした。
「…ぴゃっ!?」
「ぴゃって何ぴゃって」
「あ、天城さんだ。久しぶりー!」
烏野高校に入って、塾のクラスで一緒だった月島君と山口君と再会した。2人とも私と同じクラスだった。知り合いなんて誰もいないだろうと思っていたけど案外と多い様で、話した事は無いけど見覚えのある人たちが何人かいた。ただ、それほど仲の良い人はいないようで…安心した。月島君も山口君も塾以外では話したこと無かったし。それに、最近調子もいいから、きっと大丈夫。隠し通せる。
手首にあるウツギの花は、今日も白く咲いている。
「天城さん何、青城行くって言ってなかったっけ?まさか落ちたの?」
「ちょ、ツッキー」
「うん、そうだよ」
…え?と山口君が声を漏らした。自分で言いだした筈の月島君も目を見開いていた。「いやいや冗談でしょ、あのクラスで一番成績良かったくせに何言ってんの」「天城さん白鳥沢だって行けそうだったのに」なんていう2人、流石に白鳥沢は無理だよ。と口をはさんだ。
「一回白鳥沢A判定貰ってたでしょ」
「…あれは丁度山が当たって…ってなんで知ってるの?」
「塾の先生が自慢げに話してた」
「先生…勝手に…」
「で、なんで烏野?」
「う…」
「ねぇなんで?」
「ぐいぐい行くねツッキー。天城さん言っちゃったほうが楽だよ?」なんて言う山口君。彼は助けてはくれないようだ。「えーっと…制服が可愛かった、から?」なんて言うとデコピンをされた。いたい…。
「ま、別にいいけどね」
「1年間よろしくね天城さん」
「…うん、よろしくね。月島君山口君」
お昼休み、どこでお昼食べようかな、なんて考えていると山口君が「天城もしよかったら一緒に食べよう?」と誘ってくれた。山口君の対面に居た月島君の眉間に皺が寄ったのを私は見逃さなかった。月島君の機嫌が悪くなりそうだし、仲良い友達同士の中に女子が一人入るのもどうかと思って「大丈夫だよ」というと月島君が鼻で笑った。
「ぼっちなんでしょ?可哀想だから特別に一緒に食べてあげるよ」
月島君は相変わらず意地悪なようだ。確かに…ぼっちであることには違いないんだけど…私はそっと手首を握った。今は、大丈夫。でも
「ううん、私他のクラスに友達いるから、その子と食べるよ」
そうなの?と山口君が首を傾げた。「うん、中学一緒だったんだ」そう、嘘を吐く。じゃあ、行ってくるね。私は山口君と月島君に背を向け教室を出た。さて、どこに行こうかな。その日私は一人、中庭でお弁当を食べた。首から鬼灯がぶら下がった。
入学して1週間が経ったころ、私は慣れたように昼休みの鐘とともに荷物を持って教室を出ようとした。そしたら月島君に呼び止められる。
「ねぇ天城さん」
「どうしたの、月島君」
「天城さんの友達って何処のクラス?」
「……なんで?」
「なんとなく」
じっと私の目を見つめる月島君。私は平然を装う。月島君には、全部ばれそうで怖いなぁ。「3組だよ」と居ない友達のクラスを言うと月島君は眉を顰めた。え、ばれた?なんて思ってると「…友達って、まさか王様じゃないよね?」なんて言ってきた。王様、ってまさか
「影山君?」
「そう、北一の王様。同じ中学だったでしょ」
まぁ、同じ中学ではあったけど…。実際のところ、影山君とはそんなに話した事は無かったのだ。国見君と影山君は、あまり仲が良くなかったみたいだから。でもそっか、影山君って烏野に来てたんだ…。
「同じ中学だったけど、そんなに面識はないよ。影山君きっと私の事憶えてないんじゃないかな、ってレベル。あ、もしかして影山君と友達になりたかった?ごめんね、力になれそうになくて」
「は?王様と友達?何言ってんの馬鹿じゃないの」
心底不快だという顔をされてしまった。…ち、違うの…。「あー…そうじゃなくってさ…」と月島君は言いよどむ。
「本当に
シッシッ、と野良の動物を追い払うように手を振る月島君に苦笑しつつも「うん、行ってきます」と教室を後にした。
「山口、ちょっといい?」
今日も独り、中にはでお弁当を食べる。日差しがよくて景色もいいのに私以外は誰もいない。穴場なのかなここ。お弁当に入っている甘い卵焼きを口に入れようとしたとき、影が差した。そして、
「……」
「…な、なん、で?」
「あはは、天城さん隣失礼するね」
私の両隣に月島君と山口君が座る。え、何この状況。呆然とする私に月島君が睨みを利かせた。思わず縮こまる。
「君の友達は幽霊か何か?」
「……ち、違います…」
「ちょっと前に君が一人ここで食事してるのを見てまさかとは思ったけどさ…なに?先週1週間ずっと独りでここに来てたの?」
「……きょ、今日はたまたま友達が」
「嘘吐くのやめなよ」
全部ばれているようで、私はお手上げ状態だった。
「一人なら、一人って言いなよまったく…」
「そうだよ天城さん、友達なんだから」
「…とも、だち…」
きゅうっと胸が熱くなる。あ、駄目だ。感情を高ぶらせてはいけない。すぅ、私は静かに息を吸う。大丈夫。このくらいなら、まだ。
「でも私」
「何、なんか文句ある?」
「ツッキー優しいんだよ。天城さん独りって気付いたからツッキーが」
「山口うるさい」
不機嫌そうに、月島君はお弁当を食べ始める。私は箸を持ったまま両隣の2人の顔を交互に見る。むすっとした顔の月島君が言った。
「友達くらい、なってやるって言ってんの」
腕に、アイビーの蔓が巻き付いた。