鳴りやまぬ電話
さて、これで何度目だろうか。溜息を吐いて未だ鳴り続ける電話を睨みつけた。自宅には俺一人、母は近所のママさん会、父は同僚と飲みに行くのだと言っていた。めんどくさがりの俺は基本居留守を使う。宅配が来ようと何が来ようと玄関には絶対近づかない。電話だってそうだ、出たところで俺には関係ない電話ばかりだ、知り合いだったらケータイに電話掛けるだろうし。だから無視したいのだ、なのに家の電話は鳴り続ける。いい加減嫌になってきたのだ。誰だよ、しつこく電話を掛けてくる馬鹿は。俺は受話器に手を伸ばし


「もしもし、国見です」


受話器を耳に当てた。あーあ、電話嫌いなんだよなぁ…なんて思いながら耳を澄ませる。音は無かった。いや、微かに聞こえる女の声。奥の方で笑い声が聞こえた。もしかして母だろうか、何かあって電話をしてきたのかもしれない「母さん?」話しかけてみても反応は無かった。やっぱり間違い電話か?

「すいません、切ります」
   はい!』
「え」
『はい!』
「え、あ…はい。もしもし?」
『きゃはははは!はい!』

あ、ヤバいヤツだ。「切りますね」なんて受話器を離そうとしたら沢山の笑い声が聞こえて切れた。もう一度受話器を耳に当てる。ツーツーと音が鳴っていた。なんだったんだ全く、溜息を吐いて受話器を置いた。

それからやる事もなく、ダラダラとアプリゲームをしたりパソコンを弄る。あ、そろそろ風呂でも入るか。部屋から出るとまた電話の音が聞こえた。おい、またさっきの変な電話じゃないだろうな。なんて思いつつその電話を無視する。そう無視して風呂に入って、上がるとまだ電話はなっていた。もう電話線引っこ抜くか?そうする訳にもいかず何度目かわからない溜息を吐いて受話器を掴んだ。


「もしもし、国見です」

反応は無し。耳を澄ませるとノイズ音が広がる。砂嵐の様な雑音にピーっと電子音が奥の方で聞こえた。なんだ?そう思ってると微かに女の声が聞こえた。ぼそぼそと、かなり小さな声だ。「もしもし?」俺は口を開く。相変わらずの無反応、ノイズも女の声も聞こえたままだった。

「もしもし、もう切りますよ」
『…ひ…っ…く』
「………」

声が、なんとなく鳴き声のように聞こえた。押し殺すような泣き声、ノイズが泣き声を掻き消す。多分、駄目だろうな。そのまま俺は受話器を下ろした。あー、ホント一人の時って変な電話多いよな、嫌になる。今日はもう部屋に籠って出ないようにしよう。もしまた電話が鳴る様だったら無視して、音楽でもかけてさっさと寝よう。

部屋に籠っても何度か電話が鳴ったけど、全部無視した。




◇ ◆ ◇




「いたずら電話だろ?」
「いたずら電話にしちゃ多すぎだろ。何の嫌がらせだよ」

部室で愚痴をこぼす。そう言えば前にオレオレ詐欺来たな。「え、兄貴?」なんて居るはずもない兄を呼んで、色々兄弟話に花を咲かせて最後には「まぁ俺に兄弟居ないんですけどね」って言って切ったのはまだ記憶に新しい。「お前やる気ないくせにそう言う時だけなんかノリノリだよな」だって一度はやってみたかったんだ。電話の向こうで一体どんな表情をしているのか見たくて仕方なかった。


「んでまぁ、会話が出来るんなら良いんだけどさ、無反応だとかひたすら「はい!」って元気に返事されても対応のしようがないよな」
「そう考えるとこえーよな」

帰ってきた両親に言ってみても「そんな電話滅多に来ないわよ」なんて一蹴されるし。あーあ、なんで俺の時だけ…。「ねーねー国見ちゃん、それってさー」俺の話を聞いていたらしい及川さんが口を開いた。




「あの世からの電話だったりして」




「頭大丈夫ですか?」
「すっごい辛辣!ちょっとは乗って!?」

いやだって及川さんあんた…。隣で「マジか…あの世からの…」なんて肩を震わせている金田一、信じるな馬鹿。「でもそんな電話異常だよ?」まぁそうですね。俺しかいない時ばっかり電話してきて…あ、もしかしてストーキングされてんのかな俺、怖。生きてる人間が一番怖いって言うし、な。

「なんでそんな思考回路!?おばけとかおばけとかおばけとか!色々いるでしょ!」
「おばけしかいないんですけどそれ」
「もー!浪漫がないなぁ国見ちゃんは!」

果たしておばけに対して浪漫なんて芽生えるのだろうか。「浪漫っていうんならどっちかと言うと都市伝説?そろそろメリーさんから電話来ちゃうんじゃない?」あーメリーさんね、懐かしい。あれって捨てられた人形がゴミ捨て場から自分の背後までじわじわと近付く奴だっけ?「いやいや、うちにはリリーが居るんで」「リリー誰!?」「母が気に入ってるビスク?の人形です」「リリー捨てちゃ駄目だよ!電話来ちゃう奴だよ!」「リリー携帯契約してないんで」「そういう現実的な話じゃなくて!」まぁ現実的か非現実的かは置いておいて、実は今日も両親居ないんだよな…。


「俺んち泊りに来るか?」
「いきなり迷惑だろ」
「国見ちゃん俺の家来る?迷惑とか全然ないよ」
「絶対嫌です」
「なんで!?」

おばけよりタチ悪そうですし及川さん。
「何かあったらすぐ電話しろよ!」心配そうな表情をする金田一にやる気なく「おー」と言って部室を後にした。家帰るの嫌だな…マジで。コンビニで塩キャラメルとキャラメルラテを買う。そのままゆっくりと家の方向へ進む。日が落ちてだいぶ薄暗くなった。街灯がぽつぽつと点く。ちょっとゆっくりしすぎたか、足を進めると

トトトト……

俺のものではない足音が聞こえた。ぴたり、止まって後ろを振り向く。誰も居なかった。…気の、せいか。きっと神経質になっているんだ、俺は気にせずまた駆け出した。





◇ ◆ ◇



用意してあったごはんを食べて、冷凍庫に「英用」と書かれたキャラメル味のアイスの蓋を開ける。母さん、たまにおやつを買っておいてくれるんだけど…机に置かれた塩キャラメルとキャラメルラテに目をやる。キャラメル率やばいな。でも食べる。カップにスプーンを沈める。掬って食べて、うん美味しい。
幸せタイムを噛みしめていると、またいつもの電子音が家に響いた。知ってたけどさ…はぁー…溜息を吐く。座ったまま、少し遠くにある電話を睨みつけた。…よし、俺はケータイを手に、電話の前へ移動した。



「で、どうすればいいと思う?」
『どうって言われても!?』

なんだよ、何かあったら電話しろって言ったの金田一だろ?既に5分ほど鳴りっぱなしの電話、普通だったらもう切れてるよな。あまりにも異常な電話『こえーからもう電話線引っこ抜け!』おま、それやってまだ鳴りっぱなしだったら怖いだろ。というか多分切れないだろこれ。


「まぁいいや、出る」
『お、おま…慎重にな!』

電話出るのに慎重も何もないだろ。左にはケータイ、右手を伸ばし受話器を上げる。


「もしもし国見です」
『せめて俺の電話切れよ!』

うるせーよ黙ってろ。金田一の声を無視して、右耳に当てた受話器に耳を澄ませる。ザ…ザザザ……ノイズ音。数秒後


『わたし、めりーさん』

やばい、都市伝説来ちゃった。『わたし、めりーさん』もう一度だけ繰り返してぶつんと切れた。静寂。


「なぁ金田一、今の聞こえた?」
『…き、聞こえなかった…ッ!』
「嘘吐け声震えてんぞ」
『なんで都市伝説がおまえんちの電話に掛けてくんだよ!』
「しらねーよ」

さてどうするか、あと何回か電話が掛かってくるはずだ。そして最終的には多分家に来る。『お前、今から家来い!そこは危ない!!』いや家じゃなくて多分俺が危ないんだと思う、おまえんち行ったら多分お前の家にメリーさん来ちゃうヤツだぞ。そう言うと金田一は押し黙った。

「ま、なんとかなるだろ」
『お前すげぇ冷静だな』
「あ、やばいキャラメルアイス溶けてるかも」
『マイペースだなおい!』

俺の幸せタイムが…なんて部屋に目を移す。あ、れ?そこに違和感。おかしいな、なにか足りない気がする。


「あ」
『あ?どうした?アイスドロドロだったか?』

多分アイスはもうドロドロだと思う。今アイスどうだっていいよ、あるはずのものが無い、居ない。

「リリーがいない」
『は?』

母が大切にしてた人形が無い。

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