淡い想いは加速する
中学で大嫌いだったあいつを高校で好きになって、いや、実は中学の頃からあいつに惹かれていたのかもしれない。とりあえず自覚したのは高校で、ずるずると想いを引き摺って高校の部活を引退して、東京の行きたかった大学の推薦をもらって。地元とはおさらばかぁ…なんてしんしんと降る雪の中想いに耽って、そうしてあいつに出会って。


「及川さんは東京の大学ですか?」
「そーだけどー?」
「んぬ…」

マフラーで口が隠れた。もごもごと何かを言っていた飛雄に「なんだよ」お前らしくないはっきり言え。そういうと飛雄はガッと顔をあげて俺を真っ直ぐと見つめた。

「及川さんは、まだ俺の事嫌いですか?」
「…は」
「無神経だって言われるの、わかってます。でも俺今度は及川さんと」

及川さんと同じコートに、仲間として立ちたいです。真っ直ぐと飛雄は俺の目を見つめる。馬鹿じゃないの、じゃあなんでお前烏野に行ったんだよ。青城に来てれば高校でその夢は叶っていたじゃないか。俺は目を伏せる。「…すんません、こんな事言われても嫌っすよね…ほんと俺無神経で」「2年後」「は、い?」俺は足元を見たまま、飛雄の姿を見ずに口を開く。

「××大学、2年後」
「、ぁ」

俺は飛雄に背を向けた。はぁ…白い息が空気に溶ける。そのまま歩きだす。「及川さん!」沁み込むように飛雄の声が俺の中に響く。足を止める、でも振りかえらない。

「及川さん俺絶対追いかけますから!絶対ぜったい2年後及川さんの所に行きますから!」

泣きそうになって、結局泣いた。どうせ飛雄には見えないんだ泣いてしまえ。ぽたぽたと落ちる涙を拭わずに俺は前を見たまま手をぱたぱたと振って再び歩き出した。
途中で岩ちゃんに会って、何かを悟った様に笑って「ひっでぇ顔」俺を頭を乱暴に撫でた。うるさいよ岩ちゃん、及川さんのかっこいい髪形崩さないでよ。なんて泣きながら言って「ばかじゃねぇの」なんて軽く叩かれて。

「岩ちゃん」
「あ?」

俺はまだまだ頑張れるよ、明日も明後日も1年後も、俺はきっと寂しくない。2年後きっと飛雄は俺の前に現れるんだろう。そうしたら大サービスでサーブを教えてやる、だからサーブを今以上に磨いてやる。「及川さんサーブ教えてください」そう言ったら俺はあいつの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやろう。


「寂しくて死ぬんじゃねーよ」
「うさぎさんじゃないんで死にませーん!」

ぼたぼたと泣きながら、俺は高校生活最後の冬を過ごした。





◇ ◆ ◇



俺から誘おうとは思っていたんだけど、まさか転がり込んでくるとは思わなかった。「及川さんカレー作るんなら温玉も」遠慮ないこいつはキッチンに立つ俺の肩に顎を乗せてかき混ぜる鍋の中をじーっと見つめる。

数日前、こいつはエナメルバッグに沢山の荷物を詰め俺の部屋に転がり込んできた。「すんません及川さん!住まわせてください!」2年ぶりに会った飛雄の第一声がこれだった。俺は言葉を失う。黙り込んでいる俺に「大学、大学は及川さんと同じところに合格…つーか推薦貰えたんです!」ああそう、おめでとう。「俺大学の寮に入ろうと思ってたんです」へぇ…ていうかお前合格した事早く教えろよ、もっと前だったら一緒に住もうかって提案…いやちょっと待て、こいつなんで俺の部屋に来たんだっけ?住まわせてくださいとか言わなかったか?「入寮申請するの忘れてて、それ気付いたの昨日で」お前明日入学式でなんでもっと早くに気付かなかったんだよ、馬鹿じゃねーの。「で、岩泉さんに及川さんが住んでるところ聞いて」なんで岩ちゃんを介すの直接俺に聞けよ、つーかなんで岩ちゃんの連絡先知ってんのさ。

「すんません部屋見つかるまで住まわせてください!」

お願いします!90度の綺麗なお辞儀、なんかもう…なんなんだろうこいつ…。俺の部屋の前を通ったアパートの住民がじーっと飛雄を見る。ちょっと変な噂立っちゃうじゃん。俺は飛雄の頭にチョップをし「取り敢えず部屋入れ」きっと今の俺は呆れ顔だ。もっと感動的な再開とかあっただろうに。顔を上げた飛雄は「あざっす!」きらきらとした目をしていた。まだ住まわせてやるなんて言ってないんだけど。そう思いながらゆっくりとドアを閉めた。そして数日、無事入学式を終えた飛雄は図々しくも俺の部屋での生活に慣れ始めていた。


「及川さん、俺大盛りで」
「ほんと図々しいねお前」

しかしこの慣れっぷりは何なんだろうか。台所に立っている間ずっと飛雄の腕は俺の腹に回っているし俺の肩に顎を乗せて頬をすりすりと寄せてきて、慣れって言うか甘えって言うか、誰だよこいつみたいな。最初こそは吃驚して「ふざけんな!」って怒鳴ってた、俺の心臓が持たないし。でも上がり込んで大体1週間、ずっとこのままだし流石の俺も慣れてしまった、俺可笑しいこいつも可笑しい。「ほらそっち持ってくから離して」少し不満そうにゆるゆると身体が離れた、ぬくもりが離れた事に寂しさを憶える俺ほんとヤバい。更にカレーを盛る光景をきらっきらした目で見る飛雄に頬笑みながら「はい、お前の分」なんて温玉を乗せて


「美味いっす及川さん!」
「それはよかった」

なんだろうなぁ、幸せだなって思った。




◇ ◆ ◇




「影山はどうだ?」

駅前のファーストフード店、ちょくちょく会う岩ちゃんと話をしていた。シェイクを飲みながら「んー」俺は考える。大学でのバレーは普通、というか相変わらず天才っぷり発揮してムカつく。それを嫌だとは感じないけど。家じゃあまるで甘えた猫みたいにひっついてきてクソ可愛い。夜は一緒の布団で寝て、朝にはむにゃむにゃしながらおはようを言ってくれる。毎日が幸せだな、なんて思ってるよ。


「あいつ俺の部屋から出てく気あるのかな」
「なんだ追い出したいのか」
「いやいや違う違う、気持ち悪い事言うけど飛雄可愛すぎて俺死にそうだし幸せだし、出来ればずっとこのままでいたい」
「きめぇ」

うるさいよ!岩ちゃんは飛雄のあの姿を見てないからそんな事言うんだ!部屋ではいつもべったりだし、そりゃあ恋人みたいなキスとか、そういうのはしてないけどさ。というか恋人じゃないし。「あ?お前告ってないのか」うっ、俺は言葉に詰まった。そう、俺は飛雄への想いを伝えていない。だってもう今のままでいいじゃん、なんて思ってるし。そりゃあ俺はあいつにキスしたいし身体だって触りたいけど、そんな欲望以上に今のぬるま湯が気持ち良すぎて、もうこのままでもいっか、みたいな。


「でも影山、部屋は探してるみたいだぞ」
「…は」
「国見が影山不動産のチラシ眺めてたとか言ってたからよ」
「うそ」
「嘘かどうかは国見に聞け」

飛雄が俺の部屋から出て行く?そんな事考えるだけでぞっとした。出てく意味無いじゃん、今凄い幸せだよ。お前は違うの?あんなに俺に甘えてきてお前俺の事好きなんでしょ?俺は立ち上がる「飛雄と話しなきゃ」くるり出口へ向かおうとして「まだアイツ講義中だろ」う、そうだね。俺は再び椅子に座った。

「そりゃあ一緒に住もうとは言ってないし、飛雄が俺の部屋に上がり込んできた時も部屋が見つかるまで住まわせてください、だったけどさ」

俺は一度も出てけなんて言った事ないし出てく必要も全然ない。アイツが部屋探してるなんてそぶりも見せなかったのに。「おまえさ」岩ちゃんが呆れ顔で言う。

「影山の馬鹿さは知ってんだろ?」
「え?うんまぁ、言い表せないくらい馬鹿だけど」
「じゃあちゃんと口に出さないとつたわんねぇだろ」

岩ちゃんご尤も。そもそも俺は追いかけてきた飛雄に言ってやるつもりだったのだ。それが飛雄の可笑しすぎる甘えたっぷりに流されて今の甘ったるい状態に。そう、今も俺の気持ちは変わってない、寧ろあの時以上に大きくなっている。

「ちゃんと、言わないとかぁ」


腹括って、自分の想いを伝える。今更言えない事じゃない、だって俺はずっと決めていたのだから。「今夜飛雄ちゃん帰ってきたらちゃんと言う事にするよ」岩ちゃんは笑って「振られたら慰めてやるよ」と言った。まったく持って笑える冗談だよ岩ちゃん、及川さんが振られる訳ないじゃん。

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