瓶に閉じ込めた深海魚
飛雄が行方不明になった。俺が飛雄と自分の想いを否定した日、あいつは家に帰らなかったらしい。それから1週間経って、俺は漸く飛雄が行方不明になったと知った。ガツン、と頭を金槌で殴られたような感覚。違うよ、俺はそんな事を望んだんじゃない。飛雄の事を思って出した答えなのに。


◇ ◆ ◇



「男同士とか、気持ち悪いよね」

くすくすと、女子が笑った。なんだったかな、同性愛者がどうの、って話からそう話が盛り上がったと思う。どきり、俺の心臓が鳴った。まるで隣の席の子に聞こえてしまうんじゃないかと思うほどの動悸。冷や汗がだらだらと流れた。なんでかって、そりゃあ中学の頃から、後輩が好きだったからだ。勿論、周りが言う気持ち悪い、に部類される意味合いの好きで。やっぱりこれって気持ち悪いのか。幼馴染の岩ちゃんにも言えなかった。だからずっとずっと、奥底に閉じ込めた。大丈夫、女の子と付き合っていたらそのうち飛雄への想いは風化してしまうから。
だから飛雄があんな事を言うだなんて思いもしなかったのだ。


「及川さん、好きです」


震えた
なんだ、飛雄。お前も俺と同じ気持ちだったのか。震える唇に触れたくて、でも止めた。いつの日か女子が笑っていた言葉。気持ち悪い、そう気持ち悪いのだ。俺と飛雄が一緒に居られる夢物語のような話。俺は良いよ、でもお前は駄目だろう。お前はさ、俺よりずっと高い場所へ行く、そう思う。中学より大人になった俺は、どうしようもなく自覚した。お前はやっぱり天才で、それに驕ることなく努力家で。今は俺の方がまだ上でも、お前はきっともっと上へ。でもその時足枷になるのは多分俺。海外ならまだしも日本で同性愛者は一般的に理解されていない。だから


「そんなの気のせいだ。お前は俺なんか好きじゃない」


お前のそれは気のせいであってくれ。お前の想いを俺にぶつけないで、でないと俺は我慢できなくなる、欲しがってしまう。でも駄目だ、お前を想うならこれは諦めなければいけない感情なのだから。だから、俺も飛雄にも傷つく選択をした。

…した結果がこれだ。
飛雄が居なくなった。もう捜索願は出されているらしい。でもどうせ子供の家出だろう、そう思われている事を噂で聞いた。捜索は、打ち切られてしまうのだろうか。飛雄の家に行って泣いている飛雄のお母さんを見て、何も言えずに俺は逃げ出した。飛雄、お前今どこに居るの。この前言ったことは全部嘘だよ。飛雄ちゃん馬鹿だなぁ、いつも意地悪ばっかりしてたんだから俺の嘘くらい見抜けないとさ。ねぇ謝るから出ておいでよ飛雄。


「飛雄、好きだよ」

震えて紡いだ言葉は空気に溶けて消えた。
2週間経っても、飛雄の消息は不明のまま。



そんなある日、俺は夢を見た。





「おかえり飛雄」
「ただいまです及川さん」

どこだか分からない場所、綺麗な玄関で大人になった俺が、同じく成長した飛雄を抱きしめていた。なにこれ、俺の妄想?俺は笑った。まったく、こんな妄想をするくらいに俺は弱っているのか。じーっと、その状況を眺める。「飛雄ちゃんの好きなカレーだよ」「!」飛雄の表情が明るくなる。羨ましいなぁ、俺が素直だったらああいう未来もあったんだろうか。

「んまいっす!」
「よかった」


羨ましくて、泣きたくなった。「俺、食器洗って来ます!」飛雄が席を立つ。「ねぇ」俺は口を開いた。夢の自分相手に何をいうんだ、そう思っても口にしたかった。

「素直になったら、正直でいたらそういう未来が合った?俺と一緒に居なくても構わない、でもあいつが居なくなるのは可笑しい。あいつ、見つかるよね?帰ってこないなんてこと」
「さぁ、どうだろう?ただ飛雄は随分ここの居心地が良いみたいだから」


返ってくるとは思わなかった返事に顔を上げる。俺が俺を見ていた。居心地がいい、から?「このままだと、飛雄は俺の所に居付くだろうね」つまり、それは。


「俺も帰すべきだとは思ってたけど、でもあんまりだろ。飛雄は何度も繰り返してここに辿り着いた。痛々しい飛雄見るのはもう嫌だよ」

何を、言ってるんだろうか。

「いい加減飛雄は俺に愛されて良いと思うんだ。そう思って、間違いだと分かっていても俺は飛雄を受け入れた。別に俺は飛雄が好きだし問題ないよね?」
「問題、あるだろ。あっちで悲しんでる奴がどれだけ」
「じゃあ飛雄は良いの?」
「それ、は」
「何度も傷ついて、ここに行きついた飛雄をお前の所に帰すのは嫌だな」

俺は飛雄に優しくするよ?なんて俺は言った。多分、本音。でも、だから許せなかった。その飛雄は、俺の物だ。俺が好きな飛雄で、飛雄が最初に好きだと言った俺の。


「今更何言ってんだバーカ!」
「は、あ!?」
「どーせ周りがどうのとか思ってたんだろ!ばっかじゃねーの!俺なんだから欲しいもん全部手の中にいれとけ!どうせ我慢出来っこないんだから!」

その通りだ、いくら女の子と付き合おうとも俺は飛雄への想いを忘れる事は無かった。「俺が我慢するとか、性に合わないだろ」そーですね、チッと舌打ちをついた。


「わかったら帰れ、これから飛雄といちゃいちゃするんだから」
「はあ!?」
「嘘だよまったく…。取り敢えず諭してやるけど、それでも帰る気が無かったらこのままあいつはここに居るから」
「…飛雄が本当に居心地がいいって、帰りたくないっていうなら仕方ない」
「しおらしい俺気持ち悪っ」
「うるさい」

なんだか身体が重くなってきた。どうやら覚めるらしいこの夢が。「お前、俺が帰したのに飛雄に酷い事言ったら今度は絶対返してやんないからな」もう間違えないよ。だからとっとと返せ!「ほんと性格悪い俺可愛くない」お前だって性格良くないだろ俺なんだから!

「俺は飛雄にはすーっごく優しいから!あ、言っとくけど飛雄の初カレは俺だし、ハジメテも俺だから」
「はぁああ!?な、お前飛雄に!」
「じゃあね俺、可愛い飛雄大事にしてやんなよ」

文句を言う前に視界が真っ白になった。飛雄のハジメテって、お前!地団駄を踏む。俺のくせに凄くムカつく!くっそ!そうやってイライラしながら朝を迎えた。飛雄は、帰ってきているのだろうか。あんな夢を信じる?信じる信じないなんてもうどうでもいい。

早く帰ってこい、クソガキ


◇ ◆ ◇



「マジで面白すぎる」
「及川さんなに騒いでたんですか?」
「阿呆な俺の初々しさが馬鹿すぎて?」
「ちょっと日本語でお願いします」

んー?と俺は飛雄を膝の上に乗せた。「ちょ、なんですか気持ち悪い」こっちの飛雄はあっちと違って可愛さ半減だねぇ。あ、でもあっちの飛雄は甘えたじゃなくてただ単に弱ってただけか。ていうか飛雄の違いすら見破れないとか、飛雄好き失格じゃない?「既に帰したあとだって言うのにねぇ」くすくすと笑うと「…俺のはなしですか」飛雄が何とも言えない表情をした。

「そうそう、弱ってた違う世界のお前の話」
「俺、全然自覚無いんですけど」
「俺はお前が二重人格みたいで楽しかったけど」
「俺で遊ばないでください」
「遊んでないよ」

どっちも可愛い飛雄だし。そういってキスをした。「つーか浮気ですよね」むすっとする飛雄。いや、うん…いやいやいや!浮気ではないよ?「でも俺とヤりましたよね?」だってあっちの飛雄ちゃん本当に可愛かったから。つい…だって飛雄だし。

「浮気する及川さんは嫌いです」
「ごめんってば飛雄ー!」


むすっとしながら、飛雄は立ち上がる。ちょっとだけ顔を赤らめて「…おれ、あしたやすみなんで」そういって風呂場へ走り去った。…あれ、もしかして誘われた?数秒して、顔が熱くなる。いやぁ、どの飛雄ちゃんもほんと可愛いよね。

だからさ、お前も大切にしてやんなよ。
馬鹿な俺への助言だ。

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