「及川さん、好きです」
一番初めに拒絶された、及川さんの顔をもう思い出す事が出来ない。
俺が及川さんへの気持ちを自覚したのは、割と早かったと思う。中学1年の頃からだ。あの時及川さんのサーブを見て、確かにサーブは凄かった。教えてほしかった、あんなサーブが打てたらと思った。でもそれ以上に俺は及川さんの目に映っていたかったのだ、構ってほしかった。それが、結果ああだもんな。今となっては笑い話だ。構ってほしいがためにひっつきまわってたら嫌われたのだから。
「お前この前告られてただろ!」
「あ?」
この前の昼休み!俺ら見てたんだからな!と日向が騒いだ。俺らって…日向の視線の先には月島と山口が居た。「なんだお前付き合うのかあの子と!?」煩い日向に自分の耳を塞いだ。確かに告白はされた、されて「好きな人が居るから」ときっぱり断った。そういうと日向と、少し距離を置いていた月島達が目を丸くして、同時に「はぁ!?」と声を上げた。な、なんだよお前ら。
「おおおお前好きなヤツいんの!?」
「王様、そんな感情あったんだ…」
「つ、ツッキー…そんな影山が人じゃないみたいな言い方…」
ほんと月島それ失礼だぞ。「相手は誰なんだよ!?」日向が胸ぐらを掴んでくるもんだからグーで頭を殴ってやった。胸ぐら掴んだまま日向が痛みに悶える、離せよ。じっと視線を感じると月島が睨むように俺を見ていた。「…みんな凄い興味津々だね…」山口が苦笑する。
「で、王様誰なの?」
「珍しく食いつくなお前」
「王様が好意持つ人間ってどんな人かと思って」
言わないと田中さんと西谷さんに言っちゃうけど。お前それ嫌がらせか、あの二人にばれたら今以上にしつこいだろ。俺は悩んだ、この感情が一般的恋愛で無いことは分かっていたからだ。だけどこの場から逃げる選択肢は…既に日向に掴まれた胸ぐら、それといつの間にか月島に掴まれていた右腕。逃げられねぇじゃん。俺は観念する、ここで嘘の一つでも言えればよかったんだろうが、生憎と俺は自分の感情を誤魔化せるほど器用な人間ではなかった。
「及川さん」
「…は?」
「だから、及川さん」
言った瞬間、月島が呆れ顔をした。「ああ、そう。そういうこと」何かを納得したようだ。対して日向は「はぁ!?大王様!?男だぞ!?」殆どの奴が言うであろう言葉をぶつけた。
「違うでしょ王様、君のそれは」
「は?」
「あーあ、吃驚した。でも馬鹿だよね王様、そりゃあそうか」
「なんだよ」
「憧れを履き違えただけでしょ」
成る程、だからお前は納得したのか。その言葉はいつの日か、岩泉さんにも言われた言葉だった。きっとあの時の岩泉さんは今の月島以上に俺の事を軽く見ていたに違いない。やんわりとした、否定。日向がきょとんとして「あー…?あー」同じく納得したようだった。ただ山口だけは反応を示さなかった。
「影山馬鹿だから勘違いしただけか!そうだよなー、話聞いてたらお前大王様にサーブ教えて欲しくて付き纏ってたらしいもんなー」
「王様、そういう経験ないから勘違いしたんでしょ」
日向と月島は笑った。じんわりと、胸の奥に痛みが広がる。これが普通の反応なのだ、そんなことは知っている。知っているけど、俺は間違ってない。「俺は、」静かに口を開く。
「俺は及川さんが好きだ」
「だから」
「サーブ凄かったけど、俺はそれ以上に及川さんが凄いって思ったんだ。あんなに綺麗な」
綺麗、だった。かっこいいとかもうそういうんじゃなくて、自分の中でよくわからない感情が込み上げて来て。心臓が痛かった、苦しかった、息が出来なくて、息の仕方を忘れたようで。でも嫌じゃなかった。この痛みが、嫌いじゃなかった。
「サーブは教えてほしかった、けどそれ以上に俺を見てほしかった」
嫌われてもいいから、なんて思ってなかった。ただ近付けば俺をその瞳に映してくれるだろう、ただそれだけだった。バレー優先だったはずの俺は、自分でバレーをするより及川さんのバレーを、及川さんを見る事に、見てもらう事に必死だった。及川さんが卒業してからは、ぽっかり自分の中に穴が開いたみたいで気持ちが悪かった。
「ま、嫌われてるんだけどな」
そう俺が笑うと、月島が変な顔をした。なんだよ、お前一番弄りそうなのに。「王様、自分の顔鏡で見た方が良いんじゃない?」呆れながらそう月島が言った。なんだ、俺今どんな顔してる?騒いでいた日向も凄く大人しくなってた。「泣くか?」とか変なこと聞いてきた、誰が泣くか。
「でもすげー泣きそうな顔してんぞ」
「嘘吐け」
「マジだって」
日向がタオルを渡してきた。お前これさっき自分で汗ふいてたタオルじゃねーか!日向の顔面にタオルを叩き付けた。「王様さ」月島が口を開く。
「それが世間で受け入れられない事だってわかってる?」
「分かってる、そんなの知ってる」
「そう、それが分かってるのに想い続けるんだ。王様は大馬鹿者だね」
諦めるでもなんでもすればいいのに、君はそこに居るんだね。なんだよ月島らしくない反応だな。「諦められたら、苦労しねーよ」「そりゃあそうだ」月島が笑った、お前笑えるのかそうやって。
「おいチビ」
「チビって言うな!」
「これ、他言無用だからね」
「お、おう?」
「田中さん辺りに言ったら許さないから」
「う、ウッス!」
さて、僕は付き合いきれないからもう帰るよ。月島が背を向けた。なんか思ってた月島との行動の違いに吃驚する。山口がこっそり俺に言った。
「ツッキーもね、色々あるから影山の事が心配なんだよ」
「は、はぁ?」
「大丈夫、思うことは色々あるけどそれを否定することはしないから」
月島の色々、とはなんなんだろうか。それを聞く気にはならなかった。ただ漠然と「ああ、あいつも抱えてるものがあるのか」そう思った。それと、山口も。「山口は、最初から俺を否定しなかったな」「え?」「だって何も言わなかった」山口が困った様に笑った。
「やっぱり、影山は人をよく見てるね」
「え?」
「山口、置いてくよ」
「あ、待ってツッキー!じゃあ影山と日向また明日」
「おー!山口また明日!月島には言ってやらねー!」
「要らないよチビ」
「むがー!」
2人が出ていった体育館、俺と日向だけになった。「とりあえず」お前トス打つか?なんて口にする前に日向が口を開いた。真っ直ぐと俺を見つめて。
「大王様が好きなのか?」
「おう、変だろ。んなのは知ってる」
「いや、変…変だけど変じゃないっつーか…なんか影山なら?とか思う」
「どういうことだ」
「わかんね、でもほら。気持ち悪いとか思わない。影山が月島好きとか言ったら気持ち悪いって思うけど」
「…おいやめろ」
想像したら鳥肌立った、ぞわってした。「お、俺もなんか鳥肌立った」お前が言いだしたんだろ。なんて思ったらバンッと体育館のドアが開いて「君たち、なんか変なこと言った?」エスパーかよ、月島がギロっと俺らを睨んでいた。冗談です月島さん、土下座する勢いで日向が頭を下げた。
「月島怖…。で続きだけど、別に気持ち悪いとは思わねーよ。やめた方が良いとは思うけど」
「、だろうな。及川さん彼女居るってよく聞くし」
「だなー。それに傷つくのはどう考えたって影山だし」
心配そうな表情の日向に思わず手が出て何故か頭を撫でていた。「ななななんですか影山さん」いやなんか、お前良いやつなんだなって。ただのチビだと思ってたから。「ただのチビってなんだよ!」日向が吠える。
「ゆっくり、及川さんを忘れられるようにする」
「それがいいぞ!なんも考えずに今はバレーしてりゃいいんだ!つーか俺にトス上げればいいんだよ!」
「お前がもっと上手になったら考えてやる」
「クッソ!頑張る!」
想いを伝える気は、この時は無かった。だって知っていたから、拒否される事も否定される事も。全部分かってた。でもやっぱり俺は馬鹿で、そんな事を自覚していなくて。欲張りな俺が居るだなんて思いもしていなかった。
諦めるつもりでいたはずだった、それなのに会ってしまったから。
自主練が終わって途中で日向と別れて、暗い夜道を歩いていたらこんなところで出くわす筈の無い及川さんに出会った。
「うわ、飛雄ちゃんだ」
「…及川さん」
「なんだよその嫌そうな顔」
嫌そうな顔なんてしてない、どっちかっつーと嬉しくて、にやけを隠そうとしただけだ。あ、それ気持ち悪いか。「そりゃあ俺飛雄ちゃんに嫌われてるもんねー」及川さんが笑う、なに笑ってんだ。俺及川さんを嫌いだなんて今まで言ったことないっつーの。「飛雄もデートだった?そんなわけないか」そんなわけねーっす、つーか飛雄も、って及川さんデートだったんスか。その言葉は飲みこんだ。
「そうそう、彼女ちゃんの家がここらへんだったから送ってきたの。そう言えば烏野近かったね。だから飛雄ちゃんに会っちゃったのかー」
「嫌そうっすね」
「いいや別に?」
どうでもいい、みたいな言い方はやめてほしい。色々辛くなるから。顔を下に下げる俺など気にすることなく及川さんは彼女さんの話をする。なんだっけ、俺こう言う時どうすればいいんだ?諦める、そう俺は諦める。だって言ったところでどうにもならないから。及川さん、幸せそうですね。なんて言ってこの場を去って、家帰って泣いて明日何事も無かったように日向にトス上げてやればいいじゃねーか。そう、それでいい。それで
「及川さん」
「なぁに飛雄」
「好きです」
「……は」
「好きです」
自分が今何を言ったのか理解できなかった。目を丸くした及川さんを見て数秒、俺は口を押さえて「…あれ、今俺」なんて冷静に自分の言った言葉を思い出す。諦めるってなんだ、普通に変なこと口にしたぞ俺。目を泳がせ、再び及川さんを見る。変な顔をしていた。「おまえさ」及川さんが溜息を吐く。
「いくら及川さんが好きだからってさぁ…いや、お前が俺のバレー好きなのは知ってるけど。嫌なくらい知ってるけどさ」
ここで、俺は否定することなく頷いていればよかったのだ。まだ引き返せた、勘違いさせたままで居られたのに俺は「違います!」大声を上げてしまったのだ。
「ちがいます、俺は及川さんが好きなんです!サーブを教えてほしかったんじゃない!俺は及川さんの視界に入って居たくてずっと、ずっと」
「なに、言ってんのお前」
「勘違いとかじゃないです、憧れじゃない!これは俺のこれはそんなんじゃ」
「飛雄」
スッと空気が冷えた。喉が震える。及川さんの顔を見た。及川さんが口を開く。あ、だめだ。これを、俺は聞きたくない。
「そんなの気のせいだ。お前は俺なんか好きじゃない」
否定。
俺は否定されたくなかった。振られるのはいい、及川さんは可愛い女子と付き合うべきだ。そんなのはもう重々分かっている。でも否定だけはされたくなかった、この俺の想いを。及川さんが好きだという想いを、誰でもない及川さんに否定される。そんなのは、耐えられない。
「お、おれは」
及川さんがすきなんです。
そう言った時の及川さんの顔が
朝起きた、昨日どう帰ったかは思い出せない。逃げたんだと思う、結局否定されたから。だからがむしゃらに走って、家に入った覚えがない。でもベッドに寝てるんだから、とここで違和感を感じだ。なんか、机の上…いや床のカバンが懐かしいものだった。中学の頃に使っていた部活カバン、なんだか真新しい気がする。
「…は」
壁には中学の制服、とジャージが掛けられていて意味も分からず呆然と眺めていると「飛雄、学校遅刻するわよ!」母さんの声が聞こえた。学校…学校?昨日金曜で…あ、部活か。いやでも、なんかすごい違和感。
カレンダーが3年前のものだった。あ、思い出す。繰り返し過ぎて頭がぼーっとしていたらしい。ゆらゆら頭を揺らした。何度目か忘れた、中学生活。高校にでて大学、社会人になった事もあったな。ゆっくりと思い出していく。
俺は、俺を否定しない及川さんを捜しまわっている。そう、繰り返し。欲張りな俺は、やはり我慢できなかったのだ。どうか、俺を愛してくれる及川さんに出会えますように。そう、俺は願って再び俺を始めた。
バレーをやめるだなんて思いもしなかった。足が駄目になったらのなら仕方ない、まあ引退なんていつか絶対するんだから、仕方ないか。家に帰ると「お帰り飛雄、お疲れ様」優しい顔で及川さんが出迎えた。ゆるゆると、及川さんに近付きそのまま及川さんの背中に腕を回した。
「飛雄ちゃん甘えた?ただいまは?」
「…ただいま、です及川さん」
「うんうん、お帰り。飛雄ちゃん疲れてるみたいだから今日はご飯食べてさっさと寝よう?」
「…寝るんですか?」
「え、そりゃあ」
「寝るんですか」
「…こら飛雄」
ぎゅーっと腕に力を籠めた。及川さん、俺及川さん不足で死にそうです。そういうと「…馬っ鹿じゃないの!もう飛雄のばかばか!」及川さんがすりすりと首に頬を寄せた。
「及川さん、もう若くないからそんなに頑張れないよ?」
「何言ってんすか、現役だった俺より体力あるくせに」
「はははは」
「笑い事じゃねーし!」
思い出して、顔が熱くなった。「まぁ元気ではあるからね」うるせぇよ。首を這う舌にぞくりとしながら「ほら、取り敢えず靴脱いで、ご飯食べてお風呂入ってからね」ちょっと舌打ちしたくなったけどぶっちゃけお腹も空いていた。「じゃあメシ食ったら」「お盛んか」けらけらと及川さんが笑った。
それでメシ食って、及川さんのカレー美味かった。及川さんはもう入ったらしい、俺は風呂に入って髪を乾かして、それで。
「おいかわさん、すきです」
何百回言ったかわからない言葉を言った。ベッドで及川さんに抱き付き「すきです、すき。だいすきです」何度も口にする。いつもだったら「俺も好きだよ」そう返してくれるはずの及川さんは何も言わずに俺の頭を撫でるだけだった。いやな、感じだ。「ねぇ飛雄」俺は耳を押さえたくなった。
「今まで、ごめんね」
「なに、が。ですか」
「俺は飛雄が好きだよ」
「俺も、す」
「違うよ、飛雄」
なにが、ちがうんですか。身体の芯が冷えていく。「ちがうよ飛雄、お前はね俺が好きなんじゃないよ」なんで及川さんが否定するんですか、俺の事好きだって漸く言ってくれたくせに。
「違うよ飛雄、お前が本当に好きなのはこの俺じゃないでしょ?」
息が止まった、この俺じゃない…って。今までの俺を知っているような言い方。「ごめんね、俺がこんなんだからさぁ」及川さんが悲しそうに笑った。なんでそんな顔するんですか。
「俺って馬鹿だからさ、自分も飛雄も傷つける選択しか出来なかった。けどこの俺は凄い素直になったでしょ?」
「…え、あ」
「お前も素直でさ、俺幸せだよ。でもやっぱり違うでしょ。お前の好きな俺は」
違わないです、優しい及川さんが好きです。「ん、素直な飛雄は可愛いね。俺ざまぁ」及川さん何言ってるのかわかりません。
「素直じゃない別の俺に悪態吐いてんの。でもいい加減俺も可哀想だし、勿論飛雄も勘違いしたままじゃ可哀想だからさ」
「意味が、わかりません」
「お前はいい加減自分の居るべき場所に戻れっつーの」
「い、やです!」
「飛雄」
嫌です、なんで折角俺の事を好きでいてくれる及川さんと漸く出会えたのに。「なんとなく気づいてたけど、お前」何度も何度もやり直して、バレーを最初から捨てた事もあった。それでも駄目で、ひたすら及川さんを追いかけて。それで、俺は及川さんが。
「なんで、そんな事言うんですか。俺のことやっぱり嫌いですか」
「そうじゃないけど」
意地悪な俺好きだろお前。変な事を言った。「何言ってんですか」及川さんは笑う。
「お前さ「いつもばーかばーかって俺に言うのに」とか言ってるの気づいてない?」
「え」
「優しくする俺を物足りないとか思ってるだろ?」
「そんなこと」
「あるね。でも俺はお前に意地悪なんてしない、出来ない。だって俺はお前の好きな意地悪な及川徹じゃないから」
何かが抜け落ちた気がした、脱力とは違う。すとん、と何かがはまる感じ。ベッドから立ち上がる。「及川さん」及川さんを見ると優しく笑っていた。全然俺には見せてくれない顔だ。
「及川さん」
「なぁに飛雄」
「1回だけキスしてください」
「浮気?」
「及川さん相手です」
「じゃあいっかぁ」
触れるだけのキスをした。「及川さん好きでした」「はは、過去形辛いね?」何言ってんですかあんたが先に仕掛けたくせに。
「大好きだよ飛雄、どんなお前でも」
「はい、俺も好きでした」
でも愛していたのは貴方じゃなかった