だれか教えて、彼を救う方法を
あの時見てしまった物を、俺はずっと忘れられずにいる。それを見なかったことにした俺は、今凄く後悔していた。



飛雄の最後の試合を見て、ああお前は可哀想だね。単純にそう思った。試合が終わって飛雄にちょっかいでも出そうかと思ったら既に居なかった。俺を見て少し気まずそうにする金田一と国見ちゃんに笑い掛けて「まぁ飛雄が悪いんだしね」そう頭を撫でてやった。ああそういえばさ、高校は何処行くの?青城おいでよ。そういうと2人はコクコクと頷いた。あの時は子供だった俺もさ、今じゃだいぶ成長したよ。飛雄ちゃんをビシバシ教育して間違いを正してやらないとね。そう言うと2人は笑った。あの馬鹿な独裁者にほんと、教えてやんないとね。そう俺は安心しきっていた。あいつはきっと青城に来るって思いこんでた。



「…あの、影山の奴青城に行かないみたいなんです…」

そんな知らせを聞いたのは、雪が融けた頃の話だった。「えっと、烏野?ええ、昔強かったところで」は、なんでそんな今は弱小高校に。俺は居ても経っても居られずにほんの数回しか行ったことの無い飛雄の家に走った。表札の「影山」を確認してインターホンを鳴らした。数十秒後にガチャッ、玄関のドアが開く。


「はいどちら様でー…ってあら、貴方は」
「あ、俺中学の時飛雄…くんの先輩だった」
「憶えてるわ!及川君よね?」

出てきたのは飛雄のお母さんだった。頭を下げると「ふふふ、かっこよくなったわねぇ」飛雄のお母さんが笑う。「あの、飛雄君は」「ああ、あの子?」少しだけ飛雄のお母さんの顔が歪んだ。…なんだ?溜息をついて「あの子ね…」頭を押さえた。


「どうせまた何処かで遊んでるんだわ。まったく…及川君が来てくれたのにねぇ」
「いや!別に約束とかしてたわけじゃ」
「いいのよあの子が悪いんだから!いつもどこかでやんちゃして…人様に迷惑かけなきゃいいのだけれど」

怒りを含む声。飛雄が遊んで帰ると言う想像ができなかった。いつも一人遅くなるまでバレーをして、誰かと一緒に居るところなんて殆ど見たことが無い。「…飛雄君はそんな子じゃないですよ」そう言うと飛雄のお母さんは笑った。




「だってあの子友達と遊んで川に教科書落としたって言うんですもの」




ぞわり、何かが背中を這った。思い出すのは、飛雄のカバンの中身。「成績も悪いし、ほんと駄目な子」やめろやめろ、違うそれはちがう。俺は拳を握った。

「及川君高校は…その制服は青葉城西よね!あの子も行けばよかったのに…ああでもあの子頭悪いから無理ね」

確かウチから推薦が行ったはずだ、それを知らないんだろうか?「公立だからそこまで家計に負担掛からなくていいけど、でも烏野ってぱっとしないわよね…」ひとり言のような呟き。


「及川君はまだバレー続けているの?」
「え?あ、はい」
「へぇ…」

嫌な空気だ。「でも及川君みたいになんでも出来るのなら好きな事をしても…ねぇ。うちの子と違って」なんだか聞いてはいけない気がする。耳を塞ぎたい。「私ね」飛雄のお母さんは口を開く。


「バレーをやめさせようと思ってたの」
「…え」
「小学生からやって、もう充分じゃない?中学ではもっと大人しい部活とか、それこそ習い事でもさせようと思っていたのにバレーの一点張り。でもあの子真面目にやってないでしょう?」

は。声は出なかった。「友達と遊んで帰って、泥だらけ!小学生じゃないんだから…帰りだっていつも遅いし。男の子だから仕方ないとは思うけど」ちょっと待って、飛雄は遊んで帰ってるわけじゃない。バレーを真面目にやってない?寧ろバレーしかやってないだろあいつ。「及川君は真剣にやってるけど、あの子にはただの遊びで」やめろ、それ以上言うな。





「遊びはいい加減にしなさいって」





及川君からも言ってあげて?もっとまじめにやりなさいって。あの子親に反抗的で私達の話し全然聞かないから。
何かがガラガラと崩れた。奥歯を噛みしめて「…すいません、今日は、失礼します」それだけ言った。「あら、うちに上がって行って!丁度お菓子が」そう飛雄のお母さんが言ったが俺はその場を走り去った。どうしよう、痛い苦しい。泣いてしまいたい。






知っていますか

人一倍努力家な飛雄を
朝一番乗りで学校に来て、放課後は誰も残っていない時間まで一人練習をして。それでも足りないと嘆く飛雄を。天才だなんて言ったけど、ちゃんと努力してる。人一倍努力をしてそれを含めて彼の才能だと。今の俺は認めていて。




知っていますか

飛雄、可哀想なんですよ。友達居なくて。同じ部活の金田一と国見って子が、飛雄を気に掛けて話し相手になってあげているのを、知っていますか。川で遊び?イメージわかないなぁ。だってあいつら何をするにもバレーだから




知って、いますか

…飛雄、1年の頃からいじめられてるんですよ。
いつだったか、全然帰ってこない飛雄を部室で待って、いいやもう荷物持って行ってやろう、って飛雄のカバンを持って。開けっぱなしのバッグから覗いたボロボロの教科書やノートを見つけて。中身なんか落書きだらけなんですよ、可愛らしい落書きなんかじゃない。ひどい言葉ばかり。ねぇ、気付かなかったんですか、親なのに。
俺は見て、見ぬふりをしました。あの頃の俺は、あんな行為をする人間と同レベルだったから。





しっていますか

家に帰りたくない、そう呟いた飛雄を。何度か金田一や国見の家に上がり込んでいた事を知ってますか、気づいていましたか。もしかしたら、家に息子が居ない事を気づいていなかったかもしれないですね。





知っていますか

バレーを人生だと思っている飛雄を。
遊びなんかじゃない、あいつにはそれしか見えていない。飛雄にとってバレーは全てなんです、取り上げられるわけがない。バレーをやめる時、それはあいつが死ぬときですよ。あいつは飛雄は死ぬまでバレーを続けるんです。それが影山飛雄だから。






あなたは何を知っていますか
飛雄の何を知っていますか
何も、何も知らないんでしょう




「やるせない、なぁ」

俺も飛雄のこと、何も知らなかったんだなぁ

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