淡い想いは加速する
昔から俺は憧れで、目標で、死ぬほど大好きなあの人に嫌われていた。そう、俺は嫌われているって知っていた。でも俺のこの想いは溢れて抑えきれなくて馬鹿な俺はあの人に想いをぶつける。あれだ、直接的だと嫌われるから遠まわしに。菅原さんに教わった。

雪の降る日及川さんに会って、そういえば及川さんもうすぐ卒業なんだよな。あれ、もしかしたら会えなくなる?身体の芯が冷たくなって俺は及川さんに聞いた、及川さん東京の大学なんですか。そうだよ、及川さんはそう答えた。直接的な言葉は駄目、そう言われてたはずなのに俺は馬鹿なのか「及川さんは、まだ俺の事嫌いですか?」思わず聞いてしまった。この時俺は及川さんに「嫌いだよ」なんて言われたら綺麗さっぱり諦めようと思っていた。でも及川さんは「…は」目を丸くしてその後何も言わなかった。肯定か否定かはわからなかった。でも嫌いって言われてないからいいや、俺は続けた。俺は及川さんを追いかけたい、及川さんの近くに居たい一緒に居たい。何故かバレーの話が出てきてしまったのは俺がバレー馬鹿の単細胞だからだ。馬鹿じゃねぇの、バレーの話出したら及川さん不機嫌になるじゃねーか。案の定及川さんは背を向けてしまった。あ、だめだ。涙が出そうになって唇を噛んだら「××大学、2年後」及川さんが言った。え、あの、それはつまり。俺は声を上げる。

「及川さん俺絶対追いかけますから!絶対ぜったい2年後及川さんの所に行きますから!」

及川さんは振り向かずに手を振った。それがどうしようもなく嬉しくて。あの、俺及川さんを追いかけて良いってことですよね?俺は頑張っていいんですよね?及川さんの姿が見えなくなるまでその背中を見つめた。途中視界が歪んで及川さんが見えなくなったけど、ぼたぼたと涙を流してずっとずっと見つめて。


それからバレーに打ち込んだ。国見から「及川さんその大学推薦貰ったんだよ」そう聞いた。聞き覚えのある大学はやっぱりバレーに力を入れているところで、俺も頑張れば推薦貰えるかな。流石に馬鹿だから一般じゃ無理かな。

「王様馬鹿じゃないの」
「ぐ…っ」
「推薦は貰えてラッキー程度に思いなよ」

御尤も。2年に上がってからは勉強も多少頑張った、テストでも赤点は取らなかった。勉強してなかった日向に「裏切り者ぉー!」なんて怒鳴られて良い気がした。「君、やればできるじゃん」月島に褒められたのも悪くなかった。頑張って頑張って及川さんを追いかけようと頑張って。


「………」
「え、か、かげやま…?」
「………う、うう」
「…らっきょが影山泣かせた」
「俺ぇ!?」

道端でばったり会った金田一と国見の、その白いジャージを見たら無性に寂しくなって。「よしよし」国見が俺の頭撫でて、お前キャラ違うぞ、なんで俺に優しくするんだよ。「及川さん居なくて寂しいな」なんでもお見通しの国見がそう言って決壊したように涙が溢れて。可笑しいな、中学の時及川さんと会えなくて泣いた事なんてなかった。高校だって違うのになんでこんなにも寂しいって思うんだ。

弱い、なんか俺凄く弱い。
でも耐えて耐えて、大学及川さんと同じ場所行くんだ。もういっそ嫌われても良い、なんでもいいや。見て、不機嫌でもいいから俺の名前呼んでくれればもうそれでいい。それの為だけに俺は頑張る。


すきがこんなにつらいなんて、おもわなかった。



◇ ◆ ◇




東京って遠いよな、恒例になった梟谷グループの合宿。音駒のフライング一周を見ながらそんな事を零した。

「王様去年も同じ事言ったよね?」
「影山1年の時テストで赤点取って…東京徒歩で来ようとしてたよね」
「無理だったな」
「当たり前だよ」

宮城から東京まで新幹線無いと普通は行けないよ。当たり前すぎる山口の言葉。「あと1年も無いんだからさ」呆れる月島。「ていうか日向は?」「なんか知らないけど音駒の…ほら犬岡とフライングやってる」「なんで勝ったのにペナルティやってんの…?」「馬鹿だからでしょ」横で話す2人の会話を左から右に流し、俺はじーっと天井を見続けた。あと1年、いや1年を切った。進路指導の先生には「一応声は掛かってるし、推薦でなくても今の影山の成績なら一般受けても受かるだろ」ありがたい話だ。だから今を頑張ればいい、ただそれだけなのに。


「おー今年もやってんな合宿…ってツッキー、君んとこの主将君どうしたの」
「黒尾さんツッキーって言うのやめてください。王様は…まぁ今色々不安定なんですよ」

今っていうか、もうだいぶ前から。でも多分、大丈夫ですよ。そんな月島の言葉が耳に入った。日向の「影山トスあげてくれー!」なんて言葉を無視する。大丈夫、俺は大丈夫。ボールを額に当て、思い浮かべるのはいつもの影。教えてはくれなかったけど、ずっと見てた。俺の好きなあの人。


バァン!ボールがコートに叩きつけられてひゅー!いつの間にか来ていた梟谷OBの木兎さんが拍手した。

「サーブの威力やべぇな、コントロールも!」
「あざっす!」

サーブした分だけ、なんだか痛みが和らぐ。今でも及川さんのサーブはすごい、俺の一番だって思ってる。サーブして及川さんを追いかけて。

あと、もう少しで追いつくから。






◇ ◆ ◇


無事及川さんの行っている大学に合格して、漸く及川さんに会えるなんて浮かれて居たらとんでもない事態が起こった。入寮の申請をするのを忘れていたのだ。そもそも寮に入る人は少ないらしい、あまりにも小さなお知らせに俺は気づかずに気づけば明日入学式。そして俺は呆然と東京駅へ。どうしよう、なんて呆然としていたら


「影山?」
「…岩泉、さん?」

たまたま岩泉さんに会って焦りながら自分の状態を伝えて


「じゃあ及川の部屋にでも行け」

狭いけど、まぁ2人くらい入れんだろ。とんでもない事を言われて「お前スマホに変えたのか」「う、うっす」「じゃあ地図アプリ…住所ここな、ナビ通り行け」「え、え?」「今日はあいつ部屋にいんだろ、居なかったら連絡しろ」「は」「じゃあ頑張れよ」「うっす?」

もうなにがなんだか分からず、でも言われた通り及川さんが住んでいるアパートに行って、教えてもらった部屋番号を何度も何度も確認して、震える指でインターホンを鳴らして。ああもう勢いだ勢いでなんとでもなる。

「すんません部屋見つかるまで住まわせてください!」

2年ぶりの及川さんはちょっと大人になっていて、表情は間抜けだった。
そうやって及川さんの部屋に上がり込んで1週間、俺は及川さんに追い出される事も無く居座り続けていた。…すげぇ、夢みたいに幸せだ。勘違いかもしれない、勘違いでもいい。及川さんは優しかった。どうしても抑えられずに及川さんに触れた時、最初こそは怒られたけど今じゃ「飛雄は甘えただねぇ」なんて柔らかく笑ってくれる。どうしようもなく幸せで堪らない。どうしよう、離れられない。

大学に行く前に、ふと不動産物件のチラシを見つめた。追い出されこそはしないけど、やっぱり…。嫌な考えが浮かぶ。「…影山?」ちょうど国見が通りかかり「部屋探してるの?」なんて聞いてきた。俺は曖昧に首を振る。俺、部屋見つかるまで住まわせてくださいって言ったんだっけ。どうしよう、部屋、さがさないと。「…あのさ」国見が口を開く。

「……」
「…なんだよ」
「やっぱなんでもない」

馬鹿だなぁ、って思って。そう言葉を零した国見に「確かにな」心の中で同意した。俺馬鹿だからもうわかんないんだ。
だから、及川さんが部屋で正座して、俺も正座して馬鹿だから何の話されるかわかんなくて。もしかして出て行けって言われるのかな、まだ部屋探してねぇのに。


「飛雄」
「は、はい」
「お前ここ出てく気なの?」

え、あれ?及川さんちょっと聞き方違うくないですか、出てく気なのではなく出て行かないの、では。「ねぇちょっと、お願いだから返事して」「う、うっす」「…そう、なんだ」え、今の返事じゃない。「そう…」何かを考え込んでしまった及川さんに俺は口を開けなかった。俺が居なくなって清々するとか、そう思ってんのかな。なら別に出て行っても良いか。あの時は思い付かなかったけどそういや月島も東京で一人暮らしだった筈だ、日向みたいに大学の寮だと上がり込めないけど月島なら。あれでも山口とルームシェアしてるんだっけ?3人はキツイかなでも「俺は」色々考えていたら及川さんが口を開いた。どうしよう、嫌いとか今言われたら立ち直れないかもしれない。じっと、及川さんの言葉を待つ。

「俺はさ、楽しかったよ飛雄との生活。1週間とちょっとだけどさ、幸せだなぁって思ったし」
「え」
「一緒に居たいって思わないの」
「あ、え…エスパーですか?」
「は?」

え、だってなんで及川さん俺の気持ち知ってるんですか。俺及川さんと一緒で楽しかったし嬉しかった、すごいすごい幸せで一緒に居たいって思って。なんでその感情及川さんが知ってるんですか。はくはくと口を開くけど声は出なかった。及川さんはきょとんとして、暫くして何故か大爆笑し始めた。なんだこの人。

「あーあ、お前は馬鹿だね。まったく…で、なんで出て行こうって思ったの?」
「え、あ、違います。さっきの返事はその返事とかじゃなくて」
「じゃあ出てく気無いんだね」
「え?」
「え?」
「だって、あれ?」
「ちょっと飛雄、一旦落ち着こうか」

あ、はい。良く分からないけど及川さんが頭を撫でて。えっと多分及川さんは俺に出て行けって言うつもりは無く、て?じゃあ俺ここに居ていいのか。いやでも「だから落ちつけ、何も考えるな。取り敢えず俺の話聞け、で頷け」うっす。とりあえず考える事をやめた。


「まずさ」
「はい」
「お前は俺が好きだね?」
「ひっ」
「ひ?」
「おおおおいかわさ」
「あれだけベタベタしてて隠してるつもりとか、そんな事言わないよね?」

ここ一週間の生活を思い出す。及川さんの背中見てたらなんかすげぇ触りたくなって、そういやめっちゃ抱きついてたな俺。え、あ、マジか「ちょ、お前あれ本能赴くままにやってたの?怖いよお前」すいません嫌なら止めてください「嫌じゃなかったけどさ」え?


「俺、飛雄のこと好きだよ」
「……………え?」
「え?じゃねーよ寧ろお前気づいてなかったのかよ馬鹿じゃないのああそうか馬鹿だったねお前は」
「ば、馬鹿ですいません。でも2年で成績上がって」
「うっせーよバーカ!」

否定はしない。取り敢えず無い頭で考える。及川さんが俺を…俺を?じーっと及川さんを見て「なんだよ、信じられないって?俺だってあんだけ甘やかしてたのに?」あ、甘やかされてるのは自覚してます。及川さん優しくて、でも。

「好きだよ、ごめんね言うのが遅くなって。言わなくても通じてるかと思った、でも国見ちゃんが飛雄部屋探してるって」
「で、出てけって言われる前に部屋探さなきゃって」
「言うかばーか!つーかお前一人暮らし出来ないでしょ、洗濯も料理も出来ないのに」

洗濯なら出来ますけど。でも料理は多分出来ない、及川さんの料理食べちゃったから尚更。きっと自分はマズイ飯しか作れない。「そうだよ、及川さんが飛雄の食事作ってあげるの、これからずっと」ずっと?

「及川さん」
「なぁに?」
「お、おれずっと居て良いんですか?ここに」
「ずっとここはヤダね、ここクソ狭いし。プロになったらもっと広い部屋」
「プロ!」
「今そこに反応すんな」

いーい?飛雄
及川さんの腕が伸びてきて俺を抱きしめた。おでことおでこが当たる。ゆっくりと及川さんが口を開いた。

「俺はお前の事好きだったよ、高校の時から。でも俺はお前にとって良い先輩じゃなかった、嫌われて当たり前だと思ってた。でもあの日、あの雪の日お前が俺を追いかけるって言って、もう駄目だって思った。あれが無ければ俺は、お前への想いを捨てたのに」

ぽたり、涙がおちた。及川さんじゃなくて、俺が泣いてた。どうしよう、どうしようもなく嬉しくて仕方ない。「すきだよとびお」ちょっとだけ顔が離れて、柔らかい笑みが瞳に映る。

「おれも、おいかわさんが、すきです。ずっとずっとずっと、中学の頃から。さーぶ教えて、っていったけど、おれおいかわさんの近くいたくて」

嫌われれれも良いから、兎に角俺は及川さんの目に映っていたかったのだ。サーブ教えてほしいって気持ちはあったけど、でもそれ以上に俺は及川さんの近くに居たくて。


「だいすきです、だいすきでした。あの時も今も、だいすきで」

言葉は続かなかった。及川さんに口を、口で塞がれて及川さんの体重に耐えきれなくてうしろにぽんと倒れて。口が離れて、またキスして。「飛雄、だいすき」そう言われて俺はぼろぼろと泣いた。

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