それはきっと流行り病さ
変な意地を張らずに素直になれば良かった、なんて後悔するのはだいぶ後になってからだ。あの時は意地でもなんでもなく、本気であいつが怖くて遠ざけたかった。今だって多少怖い、でもあの頃より俺はずっと大人になったし周りも良く見えるようになった。そしてじわじわと自覚してしまった恋心。ないだろ、絶対無い。そう自分に言い聞かせるのも疲れてきた、もう受け入れてしまおう、ああもう開き直りだ。

俺は影山飛雄が好きだ。

勿論本人に言えるわけがない。飛雄が好きだという事実を受け入れたのが最近なのだから。それにあれだ、中学からあれだけ邪険にしていたのだ、言えるわけがない。今更何を言っているんだと岩ちゃんあたりに怒鳴られる…いや、岩ちゃんはもしかして気づいていたかもしれない。偶に見せたあの呆れ顔はきっと、そうなんだろう。
で、まぁ好きと自覚してからも俺はズルズルと想いを引き摺っては飛雄に暴言を吐くのだ。いい加減にしろよ自分。昔より俺の言葉に表情を動かさなくなった飛雄の顔を見て、そしてまた後悔するのだ。


いっそ最初からやり直せたらいいのに


馬鹿な願いだと俺は呆れた。呆れてそして   後悔した。口は災いの元だ。全くあんな事になるだなんて、誰も予想出来るわけないだろ。
まぁ神様の贈り物だと思って受け取っておこう、悪意にまみれている気がするけど。あーハイハイどうせ俺が悪いですよ!そのくらいは甘んじて罰を受けてやろう。そして俺を舐めるな。俺は俺の都合の良い様に動いてやるんだからな。



なんて言ったけど世界は自分の思い通りには動いてくれなかった。





◇ ◆ ◇



及川徹
北川第一中学校3年。バレー部所属で部長を務める。セッターとしても大活躍中。自慢はやっぱりサーブかな、いやトス回しもかなりだと思うけど。そして人生2周目、ここ重要。馬鹿な願いを想うだけではなく口にしてしまったあの日から、俺の人生は狂わされた。まず初めに身長縮んだ、50cm以上縮んだ。つか小学生に逆戻りしてた、なんでだよ!気づいたら公園で、この頃既に仲の良かった岩ちゃんとキャッチボールをしていた。バレーボールではない。つかチビ岩ちゃん可愛い、なんだあのあどけない表情は!なんで数年後には厳つい男前岩ちゃんになっちゃうんだ!げせぬ。「なにしてんだー?おいかわ」声は幼いけど口調は変わらなかった。そう言えば岩ちゃんのとーちゃん男前だったな。血か、そう言う血か。可愛い岩ちゃんさようなら。この時点で俺はだいぶ現実逃避をしていた、仕方ないだろ。ごつごつの自分の手が超ぷにぷにだったんだから!

現状を理解するのにだいぶ時間を要してしまったが、結論としては時間が巻き戻ったらしい。そう受け入れてから諦めるように人生2回目の小学生生活と中学生生活を送った。めっちゃ苦痛だった、ガキの頃の俺どうやって過ごしてたの?考えるのも嫌でバレーに全力だった、何も考えずにバレーやるのが一番楽だった。1周目の俺よりこの時点でだいぶバレーが上手くなっていた。嬉しいんだか悲しいんだかわかりやしない。

そして運命の日だ。俺が中学3年になって、あの子たちがバレー部に入ってくる。俺の後悔の始まりの場所。

「金田一勇太郎です!」
「国見英です」


幼いけれど見知った顔、ガチガチに緊張した金田一と、この頃からポーカーフェイスな国見ちゃん。そして生意気な顔、いやまだあどけない笑顔が可愛い飛雄の姿が  


「今年の入部者はこれだけだ」
   え」

顧問の言葉に小さく声が漏れた。その声を拾った人間は誰も居なかった。俺は混乱する。だってねぇ、まって。あいつが、居ない。そんなの可笑しいだろ?あのバレー馬鹿がこの場に居ないなんて、何かの間違いだ。


影山飛雄がバレー部に入部しなかった。

え、なに。意味がわからないし理解できない。呆然と、俺はそこに立ちつくした。岩ちゃんが「なにボサッとしてんだ邪魔だ!」なんて俺を殴るまで、上手く思考が出来ない頭をぐるぐるぐるぐると嫌な可能性を立て続けていた。




「……へんな、先輩」

ぽけーっと俺を見ていた国見ちゃんがポツリ呟いたのがわかった。うん、今の俺ヤバいから。というかほんとどうしよう、ねぇもしかしてさ、この世界に飛雄が居ないなんて言わないよね?



そんな心配は一応、杞憂に終わる。
そう、一応。大変なのはこれからだった。




◇ ◆ ◇



「…居た」

よく憶えてたな俺、なんて感心しながら1年の時飛雄が居たクラスを覗いた。そこで見つけた、飛雄の姿を。なんだいるじゃん、なんて安心はできなかった。そう、なんかもう頭が痛くて仕方がない。俺の記憶の1年の飛雄と今の飛雄を照らし合わせてみる…どういう事なのさ。
飛雄は大人しそうに席に着き本を読んでいた。あと黒縁メガネ掛けてた。ちょ、なにあれ頭良さそうに見えるんだけど!俺の中の飛雄は超が付くほど馬鹿だ、金田一や国見ちゃんだって言っていた。結構頭良さそうなのにいつもテストは悲惨だと。しかし今や見るからに秀才そうだ。いやもしかしたら見かけ倒しなのかも…でも本読んでるよ休み時間に。あいつ絶対そんなキャラじゃないだろ。じーっと食い入るように飛雄を見ていたら1年生達がびくっと肩を揺らして俺を避けた。あ、ちょっと、怪しい者じゃないから!
さて、こう覗いていても埒が明かない。ファーストコンタクトだ、俺は教室に足を踏み入れた。


「ねぇ」
「……?」
「影山、飛雄君だよね」

キョトンとした目が俺を見上げていた。眼鏡を掛けていてもまだ幼い飛雄は、やっぱり俺の知っている飛雄と一緒だった眼鏡以外。「ちょ、それ伊達メー?」なんて軽口を叩こうとして慌てて飲み込んだ。まだ知り合いじゃないんだから抑えろ俺、慣れって怖い。反省反省。


「えと…」
「ああ、ごめんね。俺3年の及川徹」
「さん、ねんせい?」

え、3年生が俺になんの用だ?目を丸くする飛雄がちょっと可愛くて頭を撫でまわしたくなった。久しぶりの飛雄だからほんと色々つらい。目線を合わせるべく腰を下ろし、机に腕を置く。「え、あの…」わけが分からなくなっている飛雄に笑い掛け「ちょっとお話しよう?」そう言うと少し悩んだ後飛雄は頷いてくれた。


「飛雄ちゃんは部活入ってる?」
「…と、とびおちゃん…?え、っと…入ってないです」
「そっかよかった。ちょっと勧誘なんだけどね」

バレーとか、興味無い?そう言うとほんの僅かに、飛雄の目が揺らいだ。見逃してしまいそうなほどに、ほんの僅かな変化だ。それがどんな意味なのかはわからない。でもそう、ほんの少しでも反応を示してくれるなら俺は。「よかったらさ、バレー部入ってくれないかな」俺は飛雄の目をじっと見る。


「俺、あんまり運動できない…です」
「やってみれば案外出来るもんだよ」
「いや…でも」
「ね?教えてあげるから。ルールもボールの扱い方も…なんだったらサーブも」

ほら、大サービスだよ。俺がお前にサーブを教えるなんて絶対あり得なかった事じゃない。飛雄は眉を下げる、困ったような表情だった。前のお前だったら「ホントですか!」なんて飛付くだろうに、少し悲しくなる。でもへこんでも居られない、お前とバレーしたいし、仲良したいんだよ俺は。「先輩命令だよ!体育館行くよ!」俺は立ち上がって飛雄の手を引いた。例えお前がバレー初心者でも構わない、俺が全部教えてやるから。







「はい、とーちゃーっく」
「………」
「ほら、入って。制服…だけどいいや。俺も制服だし。簡単に教えてあげるから」
「いや、だから俺は」
「学ランだけ脱ごうか、ワイシャツ腕まくって」
「話を」
「んじゃボール投げるよー」
「聞いくだ」
「はーい飛雄ちゃんパース」
「だから飛雄ちゃんて何…ぃぶッ!」

聞く耳持たず、俺は飛雄にボールを上げる。緩やかな、まるで子供に上げる様なボールだ。そのボールはゆっくりと飛雄の腕   にではなく飛雄の顔面に命中した。「あ」俺は声を漏らす。いやだって、飛雄ちゃんボール上げたらまるで条件反射のようにボールに食いついてくるじゃん、まさか手すら出さないとは思いもしなかったんだ。ボールはぽんぽんと床にバウンドしてそのまま転がって言った。かしゃん、眼鏡が床に落ちる。飛雄は顔を押さえて下を向いていた。

「ご、ごめん…大丈夫?」

いじわるとか、そういうんじゃないんだよ!飛雄の顔を覗きこむ。鼻血は出てないようだ、よかった。「…だい、じょうぶです」飛雄にぎろりと睨まれた。わ、わざとじゃないってば…!飛雄は眼鏡を拾うとすたすたと出口の方へ歩いて行ってしまう。「まって!帰らないで!!」俺超必死、飛雄の腕を掴む。


「俺ほんと、運動出来ないんで…なんで俺がバレーとか誘われるか全然わかんないんですけど、運動出来る奴なら他にも沢山いるんで…」

「俺はお前じゃなきゃ駄目なの!」


声を張り上げた。体育館に俺の声が響いて、飛雄は目を丸くする。形振り構うものか、俺はぶつける。

俺はお前と一緒にバレーがしたいの!


どの口が言うのかと自分でツッコミたかったし、高校生岩ちゃんが居たら「今更お前何言ってんだクソ川!」とド突かれていただろう。でも、俺は後悔してた。「コート上の王様」にしてしまったきっかけは俺だ。自分が可愛かった俺は飛雄に何も教えなかった、教えてあげなかった。バレーは一人でやる競技じゃないんだよ、岩ちゃんが俺に言ってくれた様に俺が飛雄に教えてあげていれば、中学3年のお前はきっと居なかっただろう。俺の後悔の1つだ。


「ねぇ、一緒にバレーしよう?」

お願いだからもう一度チャンスを頂戴、お前と一緒にバレーをするチャンスを。






◇ ◆ ◇



「…あー…」
「何してんだお前」
「岩ちゃん今ちょっと話しかけないで」

あ?イラっとした岩ちゃんを横目に俺は重い溜息を吐いた。マジ、ないわー…。まぁ結論として、あっさりと俺は飛雄に振られたのだ。あ、バレー部勧誘です告白してません。まずスタートラインが遠いんだけど俺どうしたらいいのさ。「てめー邪魔だ退け」ぐえっ、岩ちゃん蹴るとか酷くない!?俺のライフはとっくにゼロだよ!


「体育館のど真ん中で寝っ転がってるテメーが悪いんだろ!」
「もう起き上がる気力ない」
「外で倒れてろクソ川」
「ひどい…」

俺は上体を起こす。あーもうやだ。人生2周目って普通もっと楽々じゃないの?これが1周目に飛雄を虐げた罰なのか、マジ神様鬼畜。飛雄ちゃんバレー興味無いのかなぁ…でもバレーって言葉出した時の飛雄のあの目は、やっぱり。

「んあー!わかんないなー!もう!」
「うるせぇ!」
「いたっ」

岩ちゃんに殴り癖が前より酷い気がするのは気のせいかな!?気のせいじゃないよね絶対!「つか早く着替えてこいよ、コートの用意すんぞ」げしげしと俺を蹴る岩ちゃんマジ酷い。俺はよろよろと立ち上がる。ねぇ岩ちゃん。どうしてもバレー部に入れたい奴がいるんだけどさ、どうしたらいいかな。

「いや俺運動ほんとからっきしなんで無理ですすいません」飛雄がそう俺に目も合わせずに言って体育館から出て行ったのはつい5分ほど前。お前本当にバレーしなくていいの?だってお前の生き甲斐でしょ?そう俺は飛雄に手を伸ばして、結局掴むことは出来なかった。でも、だからと言って諦めるわけにはいかない。繰り返した先にお前の存在が居ないのは嫌だ。


「…覚悟しろ飛雄」

絶対、諦めてやるものか。

× | >>
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -