そうやって絆される
やっぱり飛雄は飛雄なんだなぁ、なんて自覚させられた。チビちゃんの異常な威嚇もそういうことかと納得する。でも今更俺はあいつに恐怖心を抱かない。経験だって知識だって俺の方が上だし。バレーに関しては俺チートだし。
綺麗な飛雄のトスをみて心臓が鳴る。あ、やっぱり好きだ。ボールを真っ直ぐ見つめる深く青い目、揺れる黒い髪、酷く白い肌。舞い上がってそして   堕ちた。

「…ん?」

数秒俺の思考は停止して「と、飛雄!?」床に倒れ込んだ飛雄に慌てて駆け寄る。「ひ、ぅ」額を流れる尋常じゃない汗。飛雄の天才的能力は確かに健在だった。ただまぁ…体力が無さ過ぎてもう…なんか病人レベルだった。

「まだ練習メニューの1セット目だよ飛雄ちゃん…大丈夫」
「…は、だ……じょぶ、です」

どの口で大丈夫だというんだ。力なく俺に体重を預ける飛雄にさてどうしようかと遠い目をした。まさかこれほど運動が出来ないなんて思いもしなかった。



「マジあいつの体力の無さ舐めないでください。幼稚園児の方がまだ体力あるって思ってもらって良いと思います。普通に生活できるようになったのホント最近レベルなんで。体力作りはいいんですけど、あんまり無理させないでくださいね。ホントすぐ死んじゃいそうなんで影山」

チビちゃんが早口でほぼ息継ぎもせずに言ったのは、飛雄が北一バレー部に入部すると決まった次の日の事だった。ごめんチビちゃんマジ舐めてた、ここまで体力無いなんて思いもしなかった。というかこれ、普通に生活出来てるの?飛雄ちゃん体育の授業とかどうしてるのさ。「つらいねー、ごめんね。ゆっくり息吐いて…飲み物ゆっくり飲んでね。そうそう」飛雄の背中を撫でながら、飛雄がちゃんと水分補給で来ている事を確認する。これアレだ、飛雄限定のメニュー作らないとマズイや。

「影山、大丈夫か?」

眠そうな国見ちゃんがしゃがんで、飛雄の顔を覗いた。なんでかは知らないけど国見ちゃんは良く飛雄の事を気にしている。「ねぇ、国見ちゃんもしかして憶えてる?」なんて聞いて「何をですか?」きょとんとした表情の国見ちゃんに違うのかとほっとした。これ以上事情を知っているライバルが増えて堪るものか。チビちゃんしかいないけどかなりの鬼門だし、何あの子性格悪い。俺が言えた義理ではないけど。

「う、ぇ」
「飛雄ちゃん吐きそう?」
「だい、じょうぶです」

さっきよりだいぶ息は落ち着いた。でも顔色が悪い。うーん、これ以上は無理かな「飛雄ちゃん保健室行こうか、背中乗って」そう言うとゆるゆると首を振る。「だいじょうぶです」の一点張り。大丈夫じゃないでしょまったく。問答無用で背中に飛雄を乗せ「岩ちゃーん!ちょっと保健室行ってくる!」岩ちゃんに声を掛けてから体育館を後にした。



◇ ◆ ◇



「飛雄ちゃん大丈夫?」
「もうだいじょうぶです」

保健室のベッド、上体を起こす飛雄の顔色はだいぶ良くなった。ほっと息を吐く。「すいません」頭を下げる飛雄に慌てる。

「俺が無理矢理入部させたもんだしさ」
「でも入部決めたのは自分です」

おチビちゃんと出会ってから数日後に飛雄はバレー部に入部した。どうやってバレー部に入れようかと悩んでた最中の出来事だ、どういう風の吹き回しなんだろうか。でもよかったと純粋に喜んだ。喜んで…こんな状態。「すいません、俺…本当に体力なくて」俺もごめん、ちゃんとおチビちゃんから聞いてたのに甘く見てた。「無理せずゆっくりやってこう?中学で始めた奴だって沢山いるんだから」そう言っても飛雄はしょんぼりとするばかりだ。

「初めっから出来る人間なんていないよ?」
「及川先輩もですか?」
「勿論」

1周目は上手くいかなくてお前に当たっちゃったこともありました、とは言えない。2周目はズルい俺だからね、体力作りだって初めから頑張ったしサーブトスレシーブ全てにおいて磨きを掛けた。とは勿論言わない。「でも及川先輩完璧超人って1年が言ってました」嬉しいけど飛雄に変な事拭きこまないでよ。

「努力したからだよ」
「…俺が努力しても」
「たかが知れてるって?そんな事ない。お前体力は…まぁ酷いとしか言いようがないんだけどトス捌きは」

天才的っていうか、といいかけて口を閉じた。俺はこの言葉で飛雄を縛りつけたくなかった。前の俺は飛雄を天才天才と邪険にしてた。一時期は飛雄の才能が本気で怖かったし、その後はただ意固地になっていただけだけど。この言葉は俺にとって、そしてきっと飛雄にとっても呪いの言葉だ。唇を噛んだ。

「及川先輩?」
「…うん、ごめんちょっとぼーっとしてた。そうだね、飛雄ちゃん体力底辺だけど、センスはあるよ」
「体力底辺…」
「仕方ないじゃん、本当に体力ないんだから」
「…がんばります」

頑張って、でも無理しないでね。飛雄の頭を撫でた。「無理厳禁、今日はもう休みな。部活終わったら迎えに来るから大人しく寝ててね」飛雄を寝かせて布団を掛けた。何か言いたげだったけど駄目だよ、今日は大人しくしてろ。俺は保健室を後にした。


体育館に戻る、岩ちゃんが「影山どうだった?」そう聞いてきた。

「寝かせてる、だいぶ顔色良くなったし帰る頃には大丈夫でしょ」
「あれだけ上手いのにどうしてああ体力が」
「まあ謎だよね」

飛雄のトスは精密だ、もしかしたら前の飛雄より上手いかもしれない。でもそれが出来るのは頑張って1セットか、それすら持たないかもしれない。ほんと、なんで体力皆無なのか謎すぎる。

「飛雄ちゃん用のメニュー考えないとなー。取り敢えず体力作りからかな」
「気に掛けるのは良いが、あんまり甘やかすなよ。なんかお前異常に過保護だし」
「俺飛雄はめいいっぱい甘やかしたいよ?バレーに関しては別だけど」

無理をさせない程度にはビシバシ扱いて、それ以外はうーんと甘やかすんだから!そう言うと岩ちゃんはうわ…と顔を歪めた。何さその反応。「影山もとんでもなくめんどくさい奴に捕まっちまったな…」ちょっと岩ちゃん何その言いぐさ!

「お前影山の事好きなのか」
「好きだけど?後悔するくらい好きで、もう後悔したくない位大好き」
「…は?」

馬鹿みたいに意固地になって飛雄を傷つけて嫌われるのは御免だ。後悔はもうしたくない、意地なんて張らない俺の一番は飛雄だと宣言する。真っ直ぐ岩ちゃんの目を見て言うと岩ちゃんは眉間に皺を寄せ、重い溜息を吐いた。

「ま、お前の性癖なんて知った事か。ただあんまり影山に無理させんなよ…色んな意味で」
「その色んな意味に含まれる中で無理させちゃう場面も」
「死ね」

大丈夫大丈夫、中学で流石に手は出さないよ。それに無理矢理は望んでないし。「…こいつガチか」ガチですけど。ドン引きの岩ちゃんは、それでも何処か理解していたようで。流石岩ちゃん俺の事よくわかってるね!そう言ったら凄い顔された。ひどい!

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