それはきっと流行り病さ
「…くしゅん!」

くしゃみがでた。風邪でも引いたかな、額に手を当ててみたが熱はなさそうだった。誰か噂話でもしてるのか、いやしてないか。俺クラスじゃ空気だし。ぼーっと小さな子供が遊具で遊ぶのを眺めつつ、膝に乗った猫の頭を撫でる。今日さ、変な事があったんだ。ゴロゴロと喉を鳴らす猫に俺は口を開いた。


「俺なんかにさ、一緒にバレーボールやろうっていう人が居たんだ。可笑しいよな、俺運動そんなに出来ないのに」

猫が俺を見上げる。ガラス玉のような瞳に俺の姿が映った。いつも俺の話を聞いてくれる、まぁ理解はしていないだろうけど。でも俺にはそんなの関係なかった。


「ちっせぇ頃は身体弱くていつも室内で本読んでた。小学生の時だっていつも児童館で本読んで、帰りの遅いお母さんに時間合わせて遅い時間に帰って。ここ数年で漸く普通に身体動かせるようになって、まぁ体力無いけど。今まで引きこもりみたいな生活してて運動なんて出来るわけないよな」

なんで俺なんだろう。見ず知らずの先輩が、1年の俺に話しかけてきて、体力も技術もない俺をなんでバレー部に誘ったんだろう。そう、   どっかの誰かさんみたいに。


「やりたくないの?」
「わかんねぇ。お前とやってれば十分だと思ってた。でも」
「でも?」
「なんかボール見たら、ざわざわした」
「ふーん」
「…なんだよ」
「なんでもねーよ」

いつの間にか隣に座っていた人間が嬉しそうな顔をした。ほんとわかんねぇ、なんであの人もこいつも、俺をバレーに関わらせようとするのだろう。


「自信無さげに言うけどさ、お前上手いよ?なんだっけ、オセジ?とかじゃなくてさ」
「すぐへばるけどな」
「体力なんて、この後どうにでもなるだろ。俺、お前の上げるボール好きだぞ」
「……下手くそだけどな」
「誰が下手くそだって!?」
「俺が」
「…あ、いや。うん、だからお前上手いって言ってんじゃん」

うう、大人しいお前怖い。いつもだったら…ぶつぶつという日向に俺は首を傾げた。膝の上の猫がつまらなそうに日向を見ていた。


「下手なのはどっちかっつーと俺だし」
「あー、ノーコンだよな。偶にホームラン打つし」
「ぐ…っ、言い返せない」
「でも俺より下手って事は無いだろ」
「それがあるんだよなぁ…げせぬ。知識も経験も一応俺の方があるはずなのに…やっぱり天才なのかそうなのか…」
「なにまたぶつくさ言ってんだ?」
「なんでもねーよ!こっちの話!」


はー、と溜息を吐いて日向は空を見上げた。そのまま日向は口を開く。なぁ影山俺はさ。あ、いつもの台詞だ。やっぱり俺はこいつがわからない。


「俺はお前とバレーがしたいよ」
「…もっと運動神経良い奴とやれよ」
「やだね。俺はお前が良い」
「…なんで、あの人もお前も」
「理由なんて、合ってないようなもんだ!お前とバレーがしたい、それだけだ!」

今は違う学校で無理だけどさー、高校行ったら一緒にバレーやろうな。俺小さな巨人が居た烏野高校に行きたいんだ!小さな巨人が誰だか知らないけど、まぁ日向が一緒が良いって言うんなら、まぁいいか。「俺がバレー部入るかは別として」「いや別にすんな!お前は俺とバレーやるの!絶対!」日向が真剣な眼差しで俺を見つめた。


「一番の友人からの頼みだぞ!」
「俺の一番の友人はソラだ」
「猫に負けた!?」
「でも、うん」
「うん?」
「日向がそこまで言うんなら、やる」
「まじ!?」
「…かも」
「かも!?」

だって俺、体力無いし絶対途中でへばって使い物にならなくなるし。「じゃあ体力つけようぜ!走り込みとか!」あ!バレーも一緒に練習しようぜ!先生がいるからさ!ぐいっと俺の腕を掴んで立ち上がらせた。あ、ソラ。膝の上に乗っていた猫の空が華麗に地面に着地した。不機嫌そうに日向を見上げていた。

「なんだよソラ、いつも影山一人占めして。いいだろこれくらい」
「うなぁー」
「ああ?嫌だって言ったって聞かねーぞ!」
「お前なんで猫と喋ってんだ」
「俺とコイツは永遠のライバルなんだよ!」

俺の一番の友人は猫、というのもアレだけど永遠のライバルっていうのもなんだかな…相手は猫だ。まるで子供の喧嘩のように日向がソラに話しかける様を見て俺は笑った。俺の友人はどっちも面白い奴だ。



「今度の日曜俺の先生のところ行こうぜ、あの小さな巨人が居る烏野高校のコーチやってる人なんだぜ!最近体調悪いみたいだけど」
「…大丈夫なのか、それ」
「…普通に大丈夫、というかうん。怖い」

入院してもすぐ復活してバレーやる人だし、うんうん。大丈夫だ!グッと日向は親指を立てた。大丈夫なら、良いけど。次の日曜日な、そう言うと日向は嬉しそうに笑った。




「つーか影山をバレー部に誘った人ってだれだ?」
「え?…えっと、及川先輩?って言ってた」
「………は」

なんかこの後ひと悶着あった。「大王様は駄目だ!苛められるから近づくな!」大王様ってなんだ。あと苛めするような人じゃなかったぞ優しそうだったし…あ、でも今日顔面にボール食らった。そう言うと日向は顔を真っ青にした。あ、ちょっと言葉足りなかった別に苛めじゃ、


「オイカワさんには近づくな!絶対!」
「え…おう」

あまりにも必死な日向の表情に俺はゆっくりと頷いた。











「…ぶえっくしょん!!」
「うお!汚ねぇクソ川!」
「クソ川って言うのやめて!」

もー風邪ひいたかな?あ、それとも女子が俺の噂話でもして痛っ!ちょ殴らないで岩ちゃん!痛い痛い!!北川第一の体育館に叫び声が響いたのは別の話。







◇ ◆ ◇



次の日、俺は日向に言われた通り及川先輩を避けた。なんか玄関に仁王立ちしてるし、怖。ばれないように裏から入って、授業開始チャイムが鳴るギリギリに上履き取りに行って朝は回避した。あ、休み時間も来る気がする。授業終わりのチャイムが鳴って急いで教室を出て図書室で過ごした。授業開始ギリギリに教室に戻ると「なんか先輩が影山訪ねてきたけど」あぶね、本当に来た。取り敢えず避けに避けまくった。




「さて飛雄ちゃん、どういう事かな?」

まぁ避け切れる訳もなく、何日か続いた攻防戦は俺が捕まったところで終わった。腕はがっちりと及川先輩に掴まれて動けない。あと1歩で学校の敷地から出れるというところまで来ていたのに。「もう逃げられないよ飛雄ちゃん」だから飛雄ちゃんってなんだ。「話してください及川先輩」腕を引いてもやっぱりびくともしなかった。どうしよう。


「逃がすわけないでしょ、俺の事避けまくって」
「避けてません」
「嘘吐け!逃げる背中を何度も目撃してるんだからな!」
「うっ…」

そんなに俺とバレーするの嫌!?及川先輩はそう叫んだ。別に、嫌ってわけじゃない。もう日向とバレーをする約束はしているんだし、経験は詰んだ方が良い。バレー部に入るのだって今はもう構わないと思っている。でも日向が言ったしな、オイカワさんには近づくな、苛められるぞ!その言葉が頭に響いていた。「ねぇ、俺の事嫌い?」なんだか悲しそうな表情をする及川さんにぎしり、胸が痛んだ。嫌いかどうか、わからない。


「バレーやる、約束してるんです」
「え、」
「でもそいつが、オイカワさんに近づくなって言うから」
「んんん?!」
「苛められるぞって」
「はぁ!?誰だよそんな事言った奴!」

肩を掴まれてゆさゆさと俺の身体を揺らす及川先輩。ちょ、待って酔う酔う!「お、俺のともだちで」ぴたり、俺の身体は止まった。及川先輩の顔を見ると表情がなかった。


「及川先輩?」
「それってまさかチビちゃん?」
「ちびちゃん?」
「日向翔陽?」
「あ、やっぱり知り合いなんですか日向と」
「………」
「…及川先輩?」

あー…そっか、チビちゃん…チビちゃんか…!唸るような声を上げて及川さんは頭を抱えた。うん、知り合い見たいだけど、なんか思ってたのと違う。いや察してたのかもしれない、知り合いでも仲は良くないのだろう、と。


「くっそ、マジかチビちゃんもなのか。飛雄!チビちゃんと会わせて!」
「いやです」
「はぁ!?」
「だって及川先輩怖いし、日向と会わせたくないです」
「こ、怖くないだろ!」
「だめです」

だめ、いやです。そういうと及川さんはよろよろと歩いて行ってしまった。可哀想だったかな、でも怖いし。及川先輩の背中を見送る。見えなくなるぎりぎりで「…チビちゃんの学校…雪ヶ丘…中学」耳にその声が届いて俺は反応した。え、ちょ待った。及川先輩は既に視界に捉える事は出来なかった。やばい、やばい、嫌な予感しかしない。逃げろ日向。








「ふぇくしょん!」
「翔ちゃん風邪?」
「翔ちゃんって風邪ひくの!?」
「俺風邪ひいた事ないから多分違う」
「流石翔ちゃん」
「馬鹿はなんとやら」

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