楽しいことと悲しいこと
ズキンッと頭が痛くなった。「飛雄ちゃん」及川さんの声がした、笑ってた、みたことない表情で笑って。あ、これは。
そう、これは悪意ある笑みだと気付いた。

子供のころから、そういうのは何故か感じ取れていた。「なぁ影山一緒に遊ぼうぜ」無理だよ、だって俺身体弱いから。そういうと必ず嫌悪の顔で「へー、じゃあいいや違う奴誘うから」そういって離れて行った。俺だって、遊べるものなら遊びたい、でもすぐ倒れるし。そうすると遅くまで働いている母さんが迷惑だろ?今でさえ、俺は母さんに迷惑を掛けているというのに。だから俺は全部我慢して。人が俺を鬱陶しく思っている感情を表情を全部見ない振りをし、て。あ、でも

及川さんの、その表情はみたくない。

ズキズキと、何処かが痛む。
いつも優しい及川さんのそんな表情見た事ない、見た事ないものは思い出せない。でも俺は俺に優しい及川さんしか知らない、想像もできない。じゃあ…俺は及川さんのその表情を何処かで見たことが、ある?

「お前なんか嫌いだよ」

優しい及川さんの顔は掻き消された。







「うう…」
「飛雄大丈夫?おかゆなら食べられる?」
「い、らな」
「でもちょっと食べないと、薬も飲めないわよ」

嫌な夢を見た次の日の日、俺は熱を出した。「学校には連絡しておくからね」ありがとう、でも母さん俺一人で大丈夫だから仕事行って。そういうと母さんは優しく言った。

「そうやっていつも甘えずに我慢して、いいの。お母さん有給余ってるんだから。…飛雄、ご飯食べられないならアイスでも食べる?」
「…ん、おかゆ。たべる」
「そう?じゃあ作ってくるからちょっと待ってて」
「ん」

母さんが部屋を出て行った。甘えろとは言うけど、俺は十分甘えているし我慢なんてしていない。変なことを言う母さんだ。頭がくらくらして、ベッドの横に置いてあるペットボトルに手を伸ばした。あ、そういえば日向に今日は練習いけないって連絡…鳥養さんの家に電話すればいいんだろうか。おかゆを食べたら電話してみよう。日向はすごく心配性で…ねつとか、あんまり言いたくないなぁ…。

及川さんは、心配してくれるだろうか。

頭がぐるぐるする。夢の及川さんを思い出して泣きたくなった。あんな馥見たことないはずなのに、なんで見覚えがあると感じてしまったのだろう。「おまえなんか嫌いだ」俺は一回も及川さんにそんなこと言われたことない…ないはずなのに。がたがたと身体が震えた。いま考えるのはよそう。早く治して、バレーをしよう。トスを上げれば日向が打ってくれる、まだサーブが入らないから及川さんにサーブを教わって。それで

「きもち、わるい」

なんで、こんなに気持ち悪いんだろう。



◇ ◆ ◇



「と、とびおちゃんが熱出してお休み…と、飛雄…だ、大丈夫かな。ちゃんと寝てるかな、もしかしてすごい熱で苦しんでないかな?死んだりしないかな?大丈夫だよね?」
「どんな病に侵されてんだ影山は」
「俺早退して飛雄のとこ行ってくる」
「馬鹿じゃねぇのお前」

俺本気だから。死なないにしてもきっとさみしがってるでしょ?「うさぎじゃねーんだから寂しくてしにゃしねーよ」ちょっと岩ちゃん、うさぎさんは寂しくても死なないんだよ、あんなのは迷信だよ。ちゃんとお世話してないからしんじゃうんだよ。「まじか」岩ちゃんが目を丸くした。飛雄が言うなら可愛いって思うけど岩ちゃんが言っても全く可愛くないからね!そういうと頭を勢いよく鷲掴みされた。痛い痛い痛い痛い!頭割れる!

「いだだだ!ていうか迷信うさちゃんより飛雄の方が尊いからねって痛いってば!」
「お前キモいよ」

ガチドン引きされてた。お前影山の心配より頭の心配した方がいいぞ?って今心配してるから!頭がぐしゃってつぶれないか心配してるから!とりあえず手を離して岩ちゃん!

「早退は許さない…けど部活を休むのは認めよう。そのまま部活無理に出したらお前絶対怪我するだろうし」
「い、いわちゃん…!」

学校終わったら飛雄の家まで走ろう、自分の全力で走る。「怪我すんなよ…」しないよ、怪我したら減速するじゃん、俺は最高スピードで飛雄の家まで走りきるよ。やっぱり岩ちゃんはドン引きしていた。げせぬ。

6時間目が終わるころには俺の精神力はゼロだった。心配しすぎてなんか俺が死にそうになった。ショートホームルームも終わってガッとカバンを掴む。「ねぇ及」女子がなんか話しかけてきたような気がしたけど俺はすでに教室から出た後だった。「早っ!?」なんか聞こえた。「ゴラァ!及川廊下を全力疾走するなァ!せめてダッシュくらいに留め」「先生!恋人が危篤状態なんです見逃してください!」「危篤の恋人ってお前幾つだ!」俺はぴたりと足を止めた。

「でもほんと、何かの間違いで死んだらどうしようって」
「わかった、もう行け目が血走ってるぞ」

先生ありがとう、許可を貰ったのでまた走り出す。「交通事故は起こすなよー」「轢かれたら飛雄に会えなくなるじゃないですか!」「いやお前が轢く方」なんか言ってたけど最後まで聞き取れなかった。

「…飛雄って言ったか?あいつ…」

1年の…あの男子…?どっから恋人っていうワードが…?と先生が首を傾げていたことは知らない。






「すいません!飛雄の部活の先輩の及川って言うんですけど!」
「あら及川君?一度会ったことあったわよね、飛雄のお見舞いに?」

はいお義母さん!と文字面ではわからない言い回しをしてみた。飛雄のお母さんは笑って俺を家の中へと招いてくれた。「風邪じゃなくてちょっと体調崩してね…移らないとは思うけど…」安に見るだけにしてね?と言われているようだった。「あ、むしろ移してくれていいですよ飛雄ちゃんの数倍は身体強い自覚はあるんで」割と本気で言った。お義母さんは笑って「ふふ、頼もしいわね」だなんて言ってくれた。
トントン、ドアをノックして「飛雄、先輩がお見舞いに来てくれたわよ」ドアを開けた。

「飛雄、起きてる?」
「…ねれない」
「寝すぎて寝れないのね、ちょうど及川君が来たわよ」
「おいかわさん?」

ゆるゆると飛雄が俺に目を向ける。「じゃあ及川君、私はリビングにいるから」お義母さんは部屋から出て行った。

「おいかわさん、なんで?」
「そりゃあ大好きな飛雄ちゃんが熱で休みだって聞いたんだもん。居てもたってもいられないよ」
「ぶ、かつは?」
「お前怪我するから行って来いって岩ちゃんが帰してくれました」
「…おいかわさん」

辛そうな飛雄を見て俺が泣きたくなる。前のお前は病気とは無縁で、しかも人に弱みなんか滅多に見せなくて。ゆるゆると、飛雄の頭を撫でる。しんどい?大丈夫?声を掛けると飛雄の目が歪む。泣くほど辛いのかな。

「おいかわさん」
「なぁに飛雄ちゃん」
「俺の事きらいですか」
「……は、?」

まるでうわ言のように飛雄が「きらいですか」と口にする。心臓を鷲掴みされたような感覚、苦しいのは熱を出している飛雄のはずなのに、俺が、苦しい。前の中学、そして高校時代を思い出す。最終的には同じ大学で、同じ部活なのに飛雄に無視される日々。


「おれ、言われた憶え無い筈なのに、それでも及川さんにきらいって言われたことある気がして」
「気のせいだよ、俺は飛雄を嫌いだなんて言わない」
「でもあんなリアルな夢」
「じゃあそれは素直になれない俺だよ」

前は捻くれてたけど、それでも俺は前から飛雄の事が好きで。それは前も今も変わらない、絶対に。

「ねぇ信じて、俺は飛雄が好きだよ」
「…本当、ですか?」
「俺飛雄に嘘吐いた事ないよ」
「…そう、でしたっけ…」
「うん、言わない。飛雄には」
「…信じます、俺も及川さん好きだから」

そうやって、力が抜けた様に飛雄は笑って目を閉じた。小さな寝息が聞こえる。吃驚した、飛雄があんな事を言うなんて。おちびちゃんが憶えていたように、思い出せないだけで飛雄も実は憶えているのだろうか。全部、思い出してまた避けられるのは嫌だ、絶対。前に苛めてしまった分、いやそれ以上に俺は飛雄を甘やかすからどうか、思い出しても俺から離れないで。ちいさな飛雄の手を取り、祈るように握り締めた。

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