楽しいことと悲しいこと
「今日の俺は飛雄ちゃん不足です!」制服に着替え終えたら後ろから及川さんに抱きつかれた。おおう、ぴしっと固まった身体。でも最近慣れてきている俺が居る。「及川さんって抱きつくの好きですよね」「飛雄ちゃん限定でね!」…それはあれか、俺が低体温で身体が割とひやっとしてるからかな。「好きなだけ抱きついていいですよ」「と…飛雄ちゃん…!」取り敢えず及川、さっさと着替えろ。及川さんが岩泉さんに回し蹴りされていた。いつもの光景だから最近気にしなくなった。「もー痛いなぁ」そう言いながらまた俺に腕を回した。


「ごめんね飛雄ちゃん、今日は全然教えてあげられなかったね」
「大丈夫です、国見と練習してました」
「……くっそう…国見ちゃんめ…」


何故か悔しそうな及川さん「国見とも練習したかったんですか?」なんて聞くと「俺は飛雄と練習したかったの!」及川さんの言葉にむずむずした。そんな様子をじーっと国見が見つめる。


「…なに、国見ちゃん」
「別に」

さっと目を逸らされた。むむむ、不機嫌そうになる及川さんが俺から離れて「言いたい事があるならいいなよ国見ちゃん」なんか、雲行きが怪しい様な…。そんな様子を溜息を吐いて「影山」岩泉さんが俺に声を掛けた。


「お前いつも部活帰り急いで帰るから用でもあるんだろ?」
「え、あ、あの」
「2人の事は気にすんな…むしろ気にすんな」

なんで2回も言うんだろうか。「兎に角あれだ、気にすんな」3回目の気にするなを頂き良く分からないが気にしない事にした。もうそろそろ行かないと日向が不機嫌になるし「じゃあお先に失礼します」俺は部室を出た。






「って飛雄ちゃん居ない!?」
「もう10分くらい前に帰ったぞ」
「うっそ!」



◇ ◆ ◇




「及川先輩のサーブが凄かった」
「ぶっ!」

烏養さんのところでいつものように日向と練習をして「あ、そういえばさ」なんでか知らないけど俺はここで学校での出来事を日向に話す事が日課になっていた。だから今日も、いつものように学校で起こった話をして、何故か日向が咽た。

「さささささ」
「さ?」
「サーブ!」
「おう?サーブ」
「大王様の殺人サーブ!」
「さ、さつじん…?」

あ、そう言えばサーブする時にあっちのコートにおチビちゃんが居るイメージで、とか言ってた。そう言うと「俺に対して殺意しかねぇ!」日向は激怒した。

「ふーん!レシーブ磨いて大王様のボール綺麗にあげてやる!調子には乗らせない!」
「でも日向烏養さんにレシーブ下手くそって言われてるよな」
「いーまーかーらー!今から磨くんだよ!!」
「俺も及川さんみたいなサーブ…の前に」

取り敢えずあっちのコートにボール入るようにしなくちゃなぁ…ぷにぷにの二の腕を突いた。「おいチビ太郎に体力無し」烏養さんが声を掛ける、未だに俺は体力無しって呼ばれてる。体力無しだけど。

「なんですか烏養さん」
「なんか覗きこんでる奴がいるぞ」

?俺と日向が烏養さん指差す先を見つめ「うげっ!」日向が声を上げた。「あ、及川さん」不機嫌そうに俺達を見つめる及川さんの姿がそこにあった。





◇ ◆ ◇



どうしよう、めんどくさい。俺を挟んで日向と及川さんが睨み合っていた。

「なんで大王様がここにいるんですか」
「ただの通りすがりですぅー」
「嘘言わないでください!大王様の家絶対こっちじゃないでしょう!ストーカーやめてください!」
「はああ!?誰がストーカーだって!?」
「あんた以外に誰が居る!」

言い合いは加速する。「おーい体力無し、メシ食うかー?」烏養さんの声に「はーい!いただきます!」と返事をして、2人を放って烏養の家に上がった。言い合いをBGMに箸を籠めに潜らせた。「生姜焼きだ、ほれ体力無し肉食え肉」「あ、いや2枚でじゅうぶ」「倍食え」「や」「体力付けろ」「…うっす」更に3枚生姜焼きが追加された。食べ…られるか…?取り敢えず頑張るか。


「ってあー!影山一人で肉食ってるズルイ!烏養さん俺も!」
「うるせぇぞチビ太郎、そっちチャラ男も食ってくか?」
「チャラ男…」
「ぶっ!大王様チャラ痛ッ!」
「おチビちゃん?」
「いだだだだ!頭割れる」


「あらあら、今日は一段とにぎやかねぇ」
「おばあさん、うるさくてすいません…」
「いいのよ、元気が一番」

でもいい加減烏養さんの雷が「うるせぇぞお前ら!!」落ちた。あーあ、なんて思いながら怒鳴り声に震える2人を横目に、俺は頑張って肉を食べることに集中した。








「よーし、おチビちゃんを叩きつぶそうかー!」
「大王様マジ大人げない…」

俺より食べてたくせに良く動く気になれるなぁ、なんて思いながら小さなコート、ネットを挟んで睨み合う日向と及川先輩。バレーボールを1対1でやる気なのだろうか、ちょっと無理がある。ちなみに俺はお腹が重くて動けない。ぼけーっと2人を見つめる。

「俺がサーブ全力で打つからおチビちゃん頑張って受けてね」
「ほんと大人げねぇ!」
「ふーんだ!なんとでも言え!」

これでもレシーブ上達したんですからね!吠える日向に「チビ太郎どの口が上達って言うんだ?あ?」烏養さんの言葉に縮こまった。余裕な表情を浮かべる及川先輩、この時点で日向負けてるな。「じゃあいっくよー」ふわりボールが宙を舞い、及川先輩が踏み出した。

「サ、こーい!!」
「早々上げさせてやんない…ッよ!!」

バシンッ!真っ直ぐと日向に向かうボール。狭いコートで狂いないコントロール、やっぱすごいな及川先輩。俺は食い入るように見ていた。「…ほぉ、いい筋してんじゃねーか」烏養さんが声を漏らす。すげぇ及川先輩、烏養さんが褒めるなんて滅多にないのに。「ぎゃー!超殺人サーブ!」「はっはっは!まだまだいくよー?」なんだかんだで楽しそうな2人。「なんだ、仲良いのか」小声で言ったら「仲良くない!!」日向と及川先輩が同時に叫んだ。聞こえるのかよ今の。で、やっぱ仲が良いな2人とも。


「飛雄ちゃんも丁度的が居るんだし、サーブの練習しよっか?」
「的って!俺の扱い!」
「取り敢えずおチビちゃんの顔面狙うと良いよ」
「よくねーよ!」

影山信じてるからな!なんて言われたけどそもそも俺に狙えるほどの技術は無い。でも及川先輩が「飛雄ちゃんコントロール完璧だから大丈夫、そんなに威力付けようとしないで。まず狙う事からやろう」そうアドバイスした。狙う、日向を。ふぅ、息を吐いて日向の姿を捉える。ネットの向こう側、日向が真剣な顔をした。

ボールを上げる
イメージ
イメージ、及川先輩の姿
真っ直ぐ、鋭く
走り出して、踏み込む



軽い感覚、でも真っ直ぐ、真っ直ぐと日向の方へ飛んでいくボール。「わ!直線で来た!」アンダーで何なくボールを上げられてしまった。うんぬ…確かにそんなに力入れてないけど、ああ簡単に取られると…。

「でも飛雄ちゃんおチビちゃんの腕狙ったよね?」
「…まぁ。顔面はちょっと」
「おチビちゃんは一歩も動かず飛雄のボールを上げたよ。つまりコントロールはばっちりだ。ちょっとずつ威力を乗せて行こう」

上出来上出来!と頭を撫でる及川先輩に少し嬉しくなった。俺、上手く出来たんだ。


「大王様!影山のサーブ上げましたよ!」
「そりゃあ威力殺しておチビちゃんの腕狙って打ったボールだもん。今の取れなかったらもうお話にならないよ」
「ちょっとは褒めてください褒められて伸びる俺!」
「じゃあ尚更褒めないよ」

飛雄ちゃんは凄く上手だったよ。柔らかく笑う及川さんにぽかぽか身体が温かくなった。

「お、及川先輩」
「んー?」

「ありがとうございます!」

心の底からのお礼だった。威力はまったくでも、ああやって綺麗に気持ち良くサーブを打ったこと無かったし、打った瞬間の感覚が身体に沁み込む。


「…あー…ヤバい」
「え?」

飛雄ちゃん可愛すぎて死にそう。なんて意味不明な事を及川先輩が言った。「影山が危ない気がするんで大王様離れてください」「やだよ、飛雄にひっついてやる」うわ、及川先輩が俺を抱きしめた。

「及川先輩」
「あ、そうだ。ずっと気になってたんだけど」
「はい?」
「俺のこと及川さんって呼んでよ」
「え」

だって先輩つけられたら上下関係がはっきりしててやなんだもん。上下関係…でも及川先輩は先輩だし「いいの!及川さんって呼…あ、待った待って。やっぱり及川さんじゃなくて徹さんって呼ん」「はい自重ー大王様アウトー」「何処がアウトなの?あ、でも名前呼びはもっと親しくなってから…」「大王様退場ー」「おチビちゃん俺の事ほんと嫌いだね!」あ、また言い合いが勃発。「お前らそろそろ家帰れー」烏養さんが声を掛けるまでずっと不毛な罵り合いが続いた。



日向は間逆方面、悔しそうな顔をしながら「またな影山!」日向は自転車に乗って行ってしまった。俺は及川…さん?と歩き出す。


「えっと、及川さん?」
「うん、及川さんだよ」

なんだか機嫌が良い。及川さんが機嫌が良いと、なんだか俺も嬉しくなる。「…とおる、さん」小さな声で呟くと及川さんの足が止まった。ふるふると、及川さんの身体が震える。あれ、もしかして…嫌だった…のか?「と、飛雄ちゃん…」及川さんが声を上げる。

「なんか色々我慢できなくなるから今はまだ及川さんでお願いします」
「…?はい?」

顔が真っ赤な及川さんの顔がそこにあった。

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