小さなお姫様は叫んだ
【ninth grader, side B】

俺との連絡が途絶えてどれくらいだろうか、最後にあいつの姿を見たのはいつだったかよく憶えていない。個人情報がなんだとかで、宮城のバレー大会の出場メンバーは調べられなかった。うんぬ…果たしてあいつは宮城に居るのだろうか。

「飛雄ーちょっと大事なお話があるんだけど」
「…おー、今行く」

母が俺を呼ぶ。大事な話って何だ?椅子から立ち上がり自分の部屋を出る。リビングには父と母が座っていて、机にはカレー。大切な話って…カレーの事か?「いただきま」ちょっと食べる前に話を。と制止されてしまう。ぐ…ッカレー食いてぇ。仕方なく掴んだスプーンを下ろす。そして2人が口を開く。耳を傾けて、停止。


「…は?」
「だからね、来年  


◇ ◆ ◇


【ninth grader, side A】

「うーん…あんまり、よくないねぇ」
「…ですよね」
「痛み、結構酷いんだね?」
「…耐えられない、ほどでは」
「あのねぇ影山さん、君の耐えられないは完全に動かない事を言ってるでしょ?君は今の時点で限界スレスレ。わかる?」
「す、すいません…でも…」
「君がバレーが大好きなのは分かる、でも歩けなくなったらそれは自分だけの問題じゃないんだよ?」

そんなの、分かってる。家族には迷惑を掛けてしまうし、周りにだって気を使わせてしまう。そんなの、分かりきってる。でも馬鹿だから、私は。人生とバレーを天秤に掛けたら、バレーが勝ってしまう。ほんと馬鹿みたい。「好きにしていいのよ」と言ってくれた家族の顔を思い浮かべては、私は自分を繋ぎとめる。


「だいじょうぶ、です。今年で最後です」
「医者としてはGOサイン出せないんだけどなぁ…まったく」

とりあえず痛み止めは出しておくけど、絶対に無理はしないこと。絶対に!念を押され苦笑しながら頷いた。薬を受け取って病院を出る。注射と点滴のおかげで痛みはそこまで酷くない。ここまで出てきたんだからスポーツショップでもちょっと覗こうかなー…なんて思っていたら「…空ちゃん?」聞き覚えのある声、心の中で舌打ちをした。

「…お久しぶりです、及川さん」
「うん、久しぶり。で、なんで病院から出てきたのかな?」

にっこりと笑う及川さんは、前見たときより少し大人びていて…んでもって表情から察するに私は逃げられそうにない。「さて空ちゃん、ゆっくりお話ししたいし奢ってあげるからそこら辺のカフェでデートでもしようか?」あー…私は引き摺られるように及川さんに拉致された。






「で、色々聞きたいわけだけど」
「捻っただけです」
「先手必勝が逆に怪しすぎるんだけどね」
「それよりサーブ」
「教えないってば」
「チッ」
「舌打ちやめなさい!」

まったく可愛くない後輩だね!と及川さんはカフェオレを飲む。相変わらず及川さんは性格悪いですよね、そう言うと及川さんはにっこりと笑った。あ、やばい。「こーんなにイケメンで優しい先輩他には居ないでしょ?」頭を鷲掴みされて力を籠められた。痛い痛い!これのどこが優しいというのだろうか。向かい側の女の人、なんでこの状況見て頬を赤らめてるんだろう、代わって欲しければ代わってあげるのに!

「んで、俺に誤魔化しは効かないからね。空ちゃん、足故障でもした?」
「…まぁ、そんなところです」
「俺さ、去年の試合見てたんだけどさ」

どくん、と心臓が音を立てた。真っ直ぐと及川さんが私の目を見つめる、やめて、みないで。「空ちゃん、ちょっと変わったよね」耳を、塞ぎたくなる。

「空ちゃん、焦ってるでしょ?」

まわり、全然見てないもん。セッターのくせに。カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。自覚は、有った。最近私のトスを打ってもらえない事が多くなった、トスは上げるが地に落ちる。それはまるで「いつもの飛雄」のようだった。知って入るけど体感した事はなかった、同じなのにね。私は全く飛雄を理解できていなかったみたいだよ。
私は、焦っている。事実だ。


「空ちゃんの故障ってさ」
「及川さん」

サーブ、教えてください。いつものように、いつもの私と飛雄のようにこの言葉を言う。及川さんが眉間に皺を寄せた。自称イケメン顔が台無しですよ、と私は笑う。及川さんの表情は変わらなかった。

「やれる事を、全部やりたいんですよ」

ぽつりぽつり、私は話し始めた。ひみつですよ及川さん、乙女の秘密なんです。そう言った私は一体どんな表情をしていたのだろうか。





「元々身体が弱い方だったらしいんです。風邪を引きやすいとかじゃなくて、足を引きずるとか、まぁ骨が弱いんですよね。それでもバレーを始めたら、ちょっとずつ強くなったんです。鍛えられてたみたいですよ、骨も鍛えられるんですね。…で、まぁ程々なら良かったんですけど、真剣にやりすぎちゃったんですよね。オーバーワーク、行きすぎ。ガタが来たのは1年の途中。病院に行ってバレーを続けるなら中学まで、というかすぐやめなさい。とまで言われました。そこはなんとか言い包めまして…ああ、なんで、そうですね。バレーは中学でやめます。やめざるを得なくなりました。仕方ないです、歩けなくなって親に一生迷惑かけるのは嫌ですから」

及川さんは真剣に、私の話を聞いてくれた。何も言わず、ただ私の話を聞いていた。私が全てを言い終わると、及川さんは漸く口を開いた。

「国見ちゃん達も、しらないの、それ」
「…言ってないですよ。これ言うの及川さんが初めてですもん」
「なんで言わないの」
「言ったって仕方ないじゃないですか。というかバレーやるの止められそうですし」
「そりゃあそうでしょ、だって…」
「でも」

でも私は、バレーやりたいんですよ。本当は、やれるところまでやろうって思ったんです。足が動かなくなっても、無くなってもいい。出来なくなるまでバレーを続ける気だったんです。だって私の全てはバレーだから。


「ほんっと…バレー出来なくなったら死ぬつもり、そんな勢いだったんですけどね…」
「空ちゃん」
「そんな気ないですよ、もう。そのつもりだったのにお母さんの泣き顔みたら、なんか気が抜けちゃって。意志弱かったです」
「そんなこと無い」
「…そうですね。大泣きしてるお母さんに約束しました、中学でバレーやめるって。お母さんすごい複雑そうな顔をしてました。私がバレー大好きなの、誰よりも知ってるから」
「優しい、お母さんだね」
「ええ、そうですね。家族に迷惑かけていいのよ、なんて言ってくれたりもして…ほんっと…私には勿体ないお母さんです」

だから、やめます。もう最後です。
改めて口にしたら、何故だか心が軽くなった。息を吐く、意外と自分は落ちついていた。及川さんの表情を見る。及川さんも何故だか、穏やかな顔をしていた。


「空ちゃんが思っているより人間らしくて安心したよ」
「及川さん私をなんだと思ってるんですか」
「ただのバレー馬鹿、ムカつくほどの天才」
「…天才、ねぇ」
「天才は嫌いだよ、あっさり俺の努力を追いぬいて行くんだもん」

そんなことないと思いますけどね。だって私はこのままずっとバレーを続けていられたとしても、及川さんに追いつくことは無いと思いますから。「一番凄いって思うのは及川さんですよ」まぁ尊敬する人は全く別の人ですけどね!余計な言葉を言うと「はぁ!?空ちゃんの尊敬する人って誰!?」なんて及川さんが食いついた。

「優しくて、なんでも教えてくれるかっこいい先輩です」
「…なにそれ、及川さん以外に誰が居るの…」
「及川さん一回岩泉さんに思いっ切り殴られるべきだと思います」

自分の性格の悪さを自覚するべきです。そう言うと及川さんはむすっとした表情をした。「及川さん優しいし、ふーんだ」すっかり空になったグラス「…じゃあ行こうか」及川さんが立ち上がる。

「今日はありがとうございました。色々聞いてくれて」
「何言ってんの、優しい及川さんはなーんでも相談に乗ってやるんだから」
「ハッ」
「あれ今鼻で笑った?」
「ああ、隠しきれませんでした」
「ほんと可愛くない後輩だなぁ!」

お会計で私の分まで払ってくれて、手を引かれてカフェの外へと出る。そのまま何処かへ連れて行かれる。「あ、あの…及川さん」何処に行くのだろうか。ふん!優しい及川さんに大感謝しなさい!口をとがらせる及川さんに首を傾げる。

「だーかーらー!教えてやるって言ってんの!可愛い可愛い後輩の為にね!」
「…はい…?」
「サーブ、教えてやる。だから出来るようになりなよ。もう今年の試合まで期間がないけど、絶対完成させろ。俺が、教えてやるんだから」

息を、のむ。及川さんが掴んだ手に熱がこもった。

「天才なんて嫌いだよ、俺をその気にさせるんだから」

そうやって及川さんが笑った。

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