僕の心を引き裂かないで
最近、影山の様子が少しおかしい。金田一は気づいていない、及川さんも気づいてないだろう。なんとなく影山の周りに纏わりつく違和感。だれも、気づかないのだろうか。

「影山」
「なに?」
「なにかあった?」

きょとん、として影山は笑った。「なにそれ、何もないけどどうしたの?」影山は笑う、その笑顔がなにか気持ち悪くて「無理して、笑うなよ」そういうと影山は悲しそうな顔をした。なにも、ないよ。影山はそう言う。何もないならそんな顔をすんなよ、そんな痛々しい顔。なにが変なのか、違和感の原因は分からない。相変わらず及川さん及川さんとあとをついて行くし、及川さんも軽くあしらっている。いつもの光景…この光景ももう終わってしまうんだけど。


「及川さん卒業しても、高校まで乗り込んでこないでよ?」


明日、3年は卒業する。


◇ ◆ ◇



「さて空ちゃん、俺に言う事は?」
「サーブ教え」
「違うでしょ!」
「サーブ!」
「教えないってば!」

最後まで影山と及川さんは安定の2人らしい、いい加減視飽きた光景だ。「相変わらずだなー影山のヤツ」金田一も呆れていた。及川さんの隣の岩泉さんもあきれた様子。なんだかいつもと変わらない、変わっているのは2人の制服のポケットに入っている花くらいだろうか。卒業式って感じじゃないな。それでも、2人はこの学校から去る。

「及川さん」
「なに、サーブは教えないって」
「卒業おめでとうございます」
「…ありがと」

なんだかんだで満更でもない及川さんの様子にイラっとした。

「で、お願いなんですけど」
「台無しだよ空ちゃん!どうせサーブ」
「サーブ打ってください」
「ほらやっぱり…って教えるんじゃなくて打つの?」
「はい、全力で私にサーブ打ってください」

はて?と全員が首を傾げた。教えてほしいではなく自分に打ってほしいなんて今の今まで言った事はあっただろうか。影山は真っ直ぐと及川さんを見据えていた。及川さんの目が鋭くなって、口元が上がった。あ、あれマジモードじゃ。「お、おいかわさ」金田一が口出ししようとしたところで制止をかける。及川さんの本気サーブを影山が受け切れるわけがない、俺もそう思う。けど影山の目を見て、止めようだなんて思わない。

どっちも肉食動物みたいだよなぁ…。

「いいよ、でもなんで?」
「きっと、及川さんのサーブを取るなんて今後一生ないでしょうから
・・・・・・・・・・・・

「ん?まぁ機会は無いだろうけど」
「だから卒業前に」
「もう卒業式終わったけどね」
「お願いします」

はいはい、と及川さんが影山の頭を撫でた。「あ、ありがとうございます」嬉しそうに笑う影山を見て及川さんが固まった。あーマジ及川さんムカつく。ちょっとイラついて影山の腕を引っ張った。「どうしたの国見」「べつに」こんなの、唯の嫉妬だ。「…サーブの後、一緒にバレーやろう」「え、国見から珍しい」だろうな、こんなの初めてだ。自分から影山と練習をしようだなんて。ふと及川さんを見ると俺を見てにやにやと笑っていた。この人嫌いだ。「青春だねぇ」及川さんうるさいです。

「じゃ、ちょっと着替えてくるね」
「お前ジャージ持ってんのか」
「…まぁね」

…あいつ、結構ノリ気だったんじゃねーの…。岩泉さんの呟き、あの人最初から影山とバレーする気だったのか。なんだかんだでやっぱり…。「…及川さんの、サーブ」影山の呟き、まぁ仕方ないよな。俺がどう思ったってさ。

「よかったな、影山」
「うん、最後に及川さんのボール上げられる」
「最後って大袈裟な」
「最後、だよ」

影山の目を見た、淀んでいたように見えた。身体の内側から全身が冷えて行く。なに、お前のその目。「…どうしたの国見」それはこっちの台詞だ、と言いたかった。けど俺は何を、どう聞いていいのかわからず「なんでもない」と答えるしかなかった。

「国見、行こう」

金田一もバレーする?そう言うと当然と言わんばかりに金田一は頷いた。全員バレー馬鹿か。「中学で及川さんのバレー見れるのはこれが最後かぁ…」なんて金田一がしみじみと言った。どうせ高校でもバレーやるんだしそこまで感慨深く思わなくていいだろ。

「国見は冷めてるよなー」
「うるさい」

お前らみたいに、俺は及川さん尊敬とかしてないし。心の中でそんな事を言いながら、2人が体育館へと駆けだす姿を見ながら、ゆっくりと歩みを始めた。


◇ ◆ ◇



及川さんのサーブを受ける。こんな中学1年の女子が、2つ上のしかも男子の先輩の本気のサーブ。怖いとか、そんな感情は無い。向こう側には真剣そうな表情をする及川さん。こうやって真っ向からの対面はきっと初めてだ。息がし辛い、のに気分が良い。膝の痛みは無し、体調も絶好調。「ちょーっと練習するからねー」及川さんが軽くサーブを打つ。私もそのボールを軽く腕に当てる。

「とりあえず、真っ直ぐ空ちゃんに当てるよ。コートぎりぎりだとか、そんなことはしない。だから堂々と構えてな」
「ここでノーコンはやめてくださいね及川さん」
「誰に言ってんの?」

及川さんの目が鋭くなった。そうこなくっちゃ。「唯の煽りです」ぺろり舌を出すと「クソガキが」及川さんが笑った。ちょっとだけ、怖かった。

「さーて、この一本だけだよ。俺が空ちゃんに打つ最初で最後のサーブだ」
   はい」

及川さんが助走に入る。綺麗なフォーム、力強さ、おとがきえる。無音、耳が聞こえなくなったみたいだ。スローモーション、及川さんが宙を浮いているような錯覚。
無音の中で及川さんの手にボールが当たる音だけはクリアに聞こえた。真っ直ぐと、そのボールは私へ。

「あ げる。上へ」

鈍い音と感覚、腕痛い。すごいなぁ、やっぱり。歯を食いしばった。ほんと、痛い。これが男と女の差だと見せ付けられているようで。

「く、にみッ!」
「来ると思った」

コート外から国見が走ってくる。「は!?」金田一の吃驚した声にちょっと気が抜けてしまった。「いっわちゃーん!ほらほら!」俺制服だぞ!?なんて文句を言いながら岩泉さんもコートへと入ってくる。

「ハイ、影山」
「ブロック無しのストレートいきまーす!」
「2人しかいないのにブロックも何もないっつーの!岩ちゃん上げるから打って!」
「いきなりすぎンだろ!」
「金田一、早く来いよ」
「は!?ちょま」

ていうか3対2ってずるいよー?笑う及川さんに「3年対1年じゃこのぐらいのハンデいいじゃないですか」国見が反論した。

「もう3年じゃないッし!岩ちゃん!」
「ッらあ!」

とんとん、と後ろに下がった国見がボールを上げる。「国見ちゃん冷静に岩ちゃんのボール取ったよ」「うるせぇ、ストレート以外どう打てっつーんだ」「影山ー」国見の上げたボールは綺麗に私の位置へ。

「金田一、打ち抜いちゃえ」

及川さんと岩泉さんのブロック2枚、遠慮無しに叩いてしまえ。金田一の打ちやすい位置、ドンピシャ。「らぁああッ!!」岩泉さんのブロックを弾いて「あ」及川さんが声を漏らした。とんとんとん…とボールが床にバウンドする。


「及川さん、私達の勝ちー」
「いえーい」
「い、いえー…い?」

国見とハイタッチ、金田一はまだ混乱状態。「岩ちゃんなに金田一に弾かれてんのさ!」「おま…この格好でバレーやれって言うのが可笑しいだろ…」岩泉さん、制服なのに巻き込んですいません。


「でもやっぱり、及川さんのサーブ凄いです」
「まだまだ、高校に上がったらもっと磨くんだから。あ、でも空ちゃんにはもう打たせてあげない」

真っ直ぐ空ちゃん狙ったとはいえああも綺麗に上げられるとほんと悔しいねぇ…セッターのくせに、とデコピンされた。なに理不尽。

「影山、うで」
「腕…あー」

結構重かったから、真っ赤になっていた。これ明日痣になるかな…「う、うわー…俺本気でやっちゃったから」そうじゃなきゃ困る、意味がない。

「…しかたないから、責任とって空ちゃんを貰っ」
「俺もサーブ打ちたいんで、そっちのコート後ろ向きで立っててくれませんか及川さん」
「国見ちゃん当てる気満々じゃん!?しかも後頭部!?」
「的に当てなきゃ練習にならないベ」
「岩ちゃん!?」

腕の痛みを確認する、この威力。私には出せないけど、それでも。「及川さん」真っ直ぐと及川さんを見つめた。

「ありがとうございました」
「…うん、ひっじょーに気に食わないけど素直に御礼は受け取っておくよ」
「高校では岩泉さんを困らせないでくださいね」
「そこはただ頑張ってくださいでよくない?」
「影山は良いヤツだな…」
「岩ちゃん!俺そんなに迷惑かけてない!」
「は?」
「……」

2人のやりとりも、これで見納めかぁ。「…空ちゃん俺居なくなって寂しい?」そんな事を聞いてくる及川さんに「特には」と答える。


「ほんとかわいくないな!うちのクソ可愛い後輩は!」

可愛いのか可愛くないのかどっちなんですか。「及川さんうざー」国見が不機嫌そうにそんな事を言った。


【seventh grader,End】
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