血痕の付いたナイフとフォーク
私は彼と2人、一緒に生まれた。彼とまったく同じ時間、同じだけど違う場所で私達は双子のように生まれた。互いの顔は見ていない、出会ってもいない。それでも私達は姉弟、姉弟で同一存在。私は彼を知っていて、彼もまた私を知っていた。


「さておかしい事になったね」
「…いいんじゃねぇの?」

いいのか、そんな全てを受け入れるみたいな表情。「だってどうしようもないだろ」彼の言葉は至極尤もではある。「でもほら、なんとかしようと思えばさ」私の言葉に彼は首を振った。


「違う環境っていうのも偶には良いんじゃないか」
「え、それ本当に言ってる?」
「おう…お前は嫌か?」
「…及川さんは相手にしたくないなぁ」
「…そこは頑張れ」

丸投げされた。及川さんの事嫌いだから私に押し付けたんでしょ、そうなんでしょ?「ソンケーはしてるぞ、一応」一応の重みが酷いね。「でも女子には優しい?から大丈夫だろ。あの人自分でふぇ、ふぇにみすと?って言ってたし」フェミニストね、霧じゃなくて。でも私は君だからさ、多分変わらないんじゃないかなぁ。

「逆に赤葦さんはすごく優しいよ」
「及川さん以上に性格悪いヤツは居ないと思ってる」
「仮にも元先輩でしょ。というかそっちの性格悪い先輩と私の優しい先輩比べるまでも無いでしょ。赤葦さんに失礼よ」
「お前赤葦さん好きだな」
「優しい先輩様だもん」

他意は無い、赤葦さんは優しい先輩。「ずりぃぞお前」それは何の文句だろうか。それを言うなら私だって怒りたいのだ。「私の先輩取りやがってー!」べしべしと彼の頭を叩いた。

「しらねーよ。文句言うならカミサマとやらに文句を言え」
「神様のバホー!」
「この罰当たりめ」

冷たい、扱いが雑だよ。「俺は早くバレーがやりたいんだ」拗ねる彼に私だって…と小さく文句を言った。私も彼もバレーが大好きで、何度生まれようともきっと私達はバレーをするんだろうね。

「今回は君と逢えるかな」
「さぁな。でもこのパターンは初めてだろ。俺が東京でお前が宮城」
「私の先輩が及川さんで君の先輩が赤葦さんか…うーん、ずるい」
「まぁ精々がんばれよ。あ、でも及川さんにあんまり近付きすぎんな」
「嫌われるから?」
「ちがう、女だから」

だから、及川さんにはあんまり近付くな。何故か真剣そうな彼に、目を丸くしつつその気迫に頷いてしまった。「絶対だぞ」それはフリに聞こえるよ。でも、うん、必要以上に派近付かないよ。大丈夫。

「飛雄と違ってコミュニケーション能力はあるから2人とも仲良くなれるように努力するよ」
「…おう、なんかあったら連絡しろよ」
「連絡手段は」
「夢」

だよね。なんて私は笑った。今現在、彼と出会う事が出来るのはこの空間のみ。まるで漫画の様な話だと思った。でも実際私は違う世界の私とこうやって夢の中で話している。

「でも飛雄みたいにしょっちゅう居眠りなんてしてないんだからね」
「…うるせーよ」

勉強教えたりしてやんないんだからね。
そうやってまどろみから目が覚める。


◇ ◆ ◇


【seventh grader】

影山空、北川第一中学校の女子バレー部に所属。違う体育館で練習をしていた男子バレー部の及川さんに一目惚れをした。勿論サーブに、だ。あの人の性格は飛雄を通してよく知っていた。あの人性格悪い、以上。顔がかっこいいからと惚れる様な人間ではないのだ私は。だから私は今日もサーブを教えてもらうためだけに及川さんの元へと行く。

「及川さん」
「やーだね!」
「まだ何も言ってません」
「えー?愛の告白でも」
「サーブお」
「結局それじゃん!」

それ以外に何があるというのか。「やだねバーカバーカ!」飛雄、女子に優しいなんて嘘だったね。チッと舌打ちをすると「やだやだ、空ちゃんは可愛くないねー!」なんて言われた。可愛くなくて結構です。教えてくれないなら帰ります、と私は背を向ける。クラスメイトの国見と金田一に手を振って体育館を後にした。今日も惨敗です。やっぱり同じだから駄目なんだろうな、女子だろうが男子だろうが『影山』という時点で多分駄目なのだ。因果、変わらないもの。予想はしていたから別にへこんだりはしない。でもやっぱりちょっと残念かな。
赤葦さんはいつも私に教えてくれたのに。女子バレも結構質が高くて一緒にやっていて楽しかったし。こっちの女子バレは私には合わない様だ。なんて前飛雄に文句を言ったら「女子バレのことなんざ知るか」なんて一蹴されたんだっけ。今飛雄は優しい優しい赤葦さんにバレーを教わっているんだろう、ずるいむかつく。この怒りをどうしてくれようか…。

「うがー!むかつくとびおめー!!」
「…何、叫んでるの空ちゃん…」
「…げっ、及川さん…」
「げってなに。空ちゃんの大好きな及川さんだよ?」
「自意識過剰って言葉知ってます?」
「ひっど!?」

私は及川さんのバレーが好きなだけで、及川さん本人はそんなに好きじゃありません。ですので近付かないでください。はっきりと言うと「…かっわいくないなぁほんと…」私の頭を掴ん…え?頭に痛みが走る。「いっ!痛い痛い及川さん!」「はっはっは!及川さんのガラスハート傷つけるからだよ?」知りませんよ!及川さんの腕を掴んでもびくともしないし、頭痛い!この先輩やっぱり嫌い!足を上げて蹴りあげる準備をしたら「クソ川女子相手に何してやがる!」岩泉さんの鉄拳が飛んできた。

「い…ッ!いわちゃ、本気で殴っ」
「影山、お前は女子バレ帰れ。及川にはお灸を据えといてやるから」
「岩泉さんありがとうございます」

ダッシュで逃げる。「ぎゃー!岩ちゃんマジ待っぎゃー!!」叫び声が聞こえた。








「空また及川さんの所行ってたの?」

チームメイトの言葉に頷く。「でもやっぱり教えてくれなかった」文句を言うと「相変わらずだね空は」なんて笑われた。まるでバレーが恋人みたいね、その言葉に少しだけそうかもしれないと納得した。

「でもあんまり及川さんのところいっちゃだめだよ」
「なんで?」
「よく思わない人って沢山いるから」

それって及川さんのファン?確かに前少し絡まれた憶えはあるけど、特に気にはしないよ?「でも危ないかもでしょ、なにか起こってからじゃ遅いの」心配してくれるチームメイトに「…うん、わかった。気を付けてみる」そう返事をした。

「でも及川さんみたいなサーブ打ってみたいなぁ」
「あれは男子だから出来るんでしょ、空めちゃくちゃ上手いけど女の子なの!」
「悔しいなぁ…」

そう悔しい、あれほどのお手本が居るのにそれを自分の糧に出来ないもどかしさ。飛雄はなんだかんだで打ってしまうし…やっぱりズルイ。

「…よし、何も考えずバレーをしよう。それが一番だ」
「まぁ本能で動くべきだよね空は」
「バレーだー!私サーブするから取って!」
「あんたのサーブを私が受けられるわけないでしょ!」


いけるいける!と足を踏み出して、少し膝に違和感を覚えた。…?何度か足踏みをしてみる。特に…問題は無い?「どうしたの空?」いや…なんでもない。なにかいやな予感がしたのは気のせいかな。いや、でも

その日私は近くの病院へと足を運んだ。









「あまり、良くは無いですね」
「…よくない、っていうのは」
「膝に負担が来てます、しかもかなり重い。今は少しの痛みでも徐々に痛みは増していきます。…最悪、歩けなくなる可能性も」

病院に来て医師に言われた言葉がこれだった。なんとなく分かってはいたんだけど、改めて聞くと辛いものがある。「…何年、出来ますか」あと何年私はバレーを出来ますか。そうですね…まだ初期段階ですので…真剣に部活をやるのであれば…中学卒業がぎりぎり、ですかね。中学、卒業まで…。

「それでも、負担はかなりのものです。今後の生活にも大きな影響を及ぼします。中学の部活を引退した後は…状態をよくするために…」
「リハビリ、的なことですか」
「そうです」

はぁ…息を吐く。「できれば、今の時点で激しい運動は」「先生」私は医者の言葉を遮った。


「私、馬鹿みたいにバレーが好きなんです。これしかないんです私には」

約束します、バレーは中学でやめます。だから中学卒業までは、どんなことが有っても止めないでください。お願いします。
医者は少し考えて「…無理はしない事、痛み出したらすぐに病院に来る事」私は強く頷いた。



◇ ◆ ◇



「影山、昨日病院行ったって聞いたけど」
「あ、うん」

国見が心配そうに私に駆け寄ってきた。「ちょっと足ひねってね、全然大した事なかったよ」嘘を吐く。でも完全に嘘じゃないんだよ、だって今はまだ平気なんだし。まだ初期段階、痛みは殆ど無い。それでも私がバレーを出来るのは中学の最後の大会まで、それ以降は運動はほぼ禁止。そう思うと焦っちゃうよね。「今日こそは及川さんにサーブを教えてもらう」「お前も飽きないね」国見君が呆れたように笑った。

「国見も、練習付き合って」
「いいけど、女子バレの練習もちゃんとしろよお前。絶対部で浮いてるだろ」
「気にしない」
「気にしろ馬鹿」

こつん、と頭を叩かれた。「…ま、いいけどね」じゃあ昼休み練習付き合って!というとすごく嫌そうな顔をされた。この低燃費少年め…。机に突っ伏してしまった国見を横目に廊下に目を映すと3年群団が歩いていて…あ。



「あ、及川さんだ。おいかわさーん!サーブ!」
「うっわ!廊下で会っただけれそれ!?空ちゃんうざいよ!」
「及川さんには言われたくないです」
「ちょっと空ちゃん」
「じゃ、また放課後!」
「空ちゃんまてコラ!」

おいクソ川、早く教室いかねぇと遅刻扱いだぞ。岩泉さんが及川さんを引き摺って行くその後ろ姿を見る。「…及川さんうるさ…」国見がもぞもぞと動いた。

「起きてた」
「すぐ寝られるわけないだろ。しかもうるさいし…」
「次の授業寝る?」
「寝る」

この堂々たる居眠り宣言はいっそ清々しい。「さされそうになっても起こしてあげないからねー」「今日は当たらないし」この感は結構当たるんだよねぇ…この幸運の持ち主め。

「ていうかマジむかつく…」
「え?」
「なんでもない。寝る」
「おやすみー」


再び机にうつ伏せた国見に手を伸ばす。さらり、指の間を髪が通った。今頃飛雄も居眠りしてるのかなぁ…。昨日は夢で飛雄に会わなかった。多分、これからももう会わない。なんとなくそんな気がした。
<< | >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -