ヘリオトロープは地に落ちる
呆気なく及川君は卒業していった。まぁ卒業式当日の及川君のベタベタっぷりは酷かったし影山君もいつも以上に及川君に食いついていた。僕板挟み、あんまり嬉しくない。「お前俺がいないからって知ちゃん一人占めに出来ると思うなよ」「うるさいです」「暇あらば北一OBとしてちょくちょく来てやるんだからな」「来なくていいです。というか早くどっか行ってください知から離れてください」「いやなこった!」「はーなーれーろー!」何だろうねこれ。及川君のお友達の岩泉君が僕を憐れそうに見るもんだから「どう?両手に花」なんて言ってみたら「お前無理すんな」と言われてしまった。僕はそこまで憐れか。最終的には岩泉君が及川君を殴って引き摺って行った。「知ちゃんまたねー!」なんてぶんぶん腕を振る及川君にはははは、と乾いた笑みを浮かべながら軽く手を振った。

僕は3年に上がり影山君は2年になった。影山君の周りの空気はなんだか澄んでいた。

「うざい及川さんが消えた」
「影山君は及川君の事尊敬してなかったっけ?サーブがどうのって」
「バレー凄かったけど、それとこれとは話が別だ」

及川さん良い先輩とかじゃなかったし。
どうやら溝どころか谷になってるらしい影山君と及川君の間、どうしようも出来ないし当本人たちも別に仲良くする気はないだろうから放っておく。だって気が合わない人間て必ず居るものだし。
ただこの頃から、いやもしかしたらもっと前か。影山君は僕以外の人間とはあまり付き合わなくなった。前は少なからず金田一君とか国見君とか、バレー部のお友達の話を聞いていた筈なのにそれがめっきりと無くなった。風の噂だけど、影山君は最近部のメンバーと上手く行っていないらしい。

それは、意図的なものなのか。




「あの、一さん」
「えっと、金田一君?だっけ」
「はい、行き成りすみません」

放課後、影山君は部活。僕は所謂帰宅部なので帰ろうと廊下を歩いていたら影山君のチームメイト君に呼びとめられた。ぺこり頭を下げられたので僕も頭を下げる、反射的に。「あの、影山の事なんですけど」影山君?僕は金田一君の言葉に耳を傾ける。


「あいつ最近全然人の話聞かないし会話もしないんです。最低限の掛け声くらいでいつもむすっとしてて」

トスは気持ち悪いくらい綺麗に飛んでくるんですけど!何故か恥ずかしがりながら言う金田一君に首を傾げながら「えっと…僕が影山君を叱ればいいのかな?」なんて言うと「叱るって言うか…及川さんが一さんに言えばなんでも解決するって」何言ってんだ及川君は。まったく…僕は影山君がなんで友達の話をしなくなったりだとか、なんで不機嫌なのか知らないんだけど。それをどう宥めろっていうんだ。及川君、影山君は単純だけど意地っ張りなんだよ。

「僕に解決できるかどうかは謎だけど、そうだな顔でも出してみようか」
「!ほんとですか!」
「あんまり期待しないでよ金田一君。影山君は僕の言う事を絶対聞くっていう子じゃないんだから」

というか多分、僕の言う事聞かないと思うけど。
まぁこっちにも考えはある。




◇ ◆ ◇




「影山君」
「嫌だ」

金田一君の顔が引き攣ったのが分かった。分かるよその気持ち、僕はまだ何も言ってないんだから。体育館に足を踏み入れて、真っ先に僕を見つけた影山君は飼い主に駆け寄る犬のように早かった。そして僕が名前を呼んで言った言葉が「嫌だ」、ほら金田一君僕には無理だっただろ?「さて帰るか」と身体を翻したところで「うわー!ちょ、ちょっと待ってください!もうちょっと、もうちょっと粘ってください!」腕がひっこ抜けるかと思うくらい強く引っ張られた。「きっと僕には無理だよ」「無理じゃないですからもうちょっと頑張ってください!」頭下げられたので仕方なく影山君に再び向き合った。


「影山君」
「知お前なんで金田一と知り合いなんだ」
「君の傍若無人ぷりを耳にしてね」
「………」
「この位の四字熟語は憶えておこうね」

傍若無人って言葉がわからなかった影山君はきょとん、として「兎に角俺を馬鹿にしてることは分かった」なんて言った。別に馬鹿にはしてないんだけど。「で、影山君。君の話だけれど」「いやだ」聞く耳を持たないこの子をどうしようか。まぁさ、僕は良い人じゃないからちょっと性格の悪い方法を取るんだけどね。


「影山君」
「……」
「……僕は影山君が独りぼっちになっても甘やかしてやらないよ?」
「…は」
「僕は影山君といるよりクラスの友人と喋っている方が楽しいし、そうだな、コミュニケーション能力の高い及川君と話しているときも楽しいかな」

まあ彼自体は苦手部類なんだけど。影山君は表情を凍りつかせ、唇を震わせた。影山君の一番聞きたくないであろう言葉を多分的確に吐き出したと思う。カタカタと震えた手で迷い子のように僕の制服を掴む。後ろの金田一君が息を飲んだのが分かった。

「や、だ。それは」
「僕、影山君が色んな人と仲良くなってくれると嬉しいんだけどなぁ」

明らかな脅し。それでも影山君が「嫌」と言えばどうなるか、きっと影山君自身も分かってるだろう。顔色が悪い影山君の頭に手を置く。驚くほど肩が揺れたのが分かった。


「ちゃんと、話できる?」
「する、ちゃんと、できるから」
「そう」

影山君はそれ以上言葉を発しなかった。ただ微かに口が動いて、僕は紡がれなかった言葉を噛み砕いた。


「というわけで金田一君、一応説得はしたよ。暫くは影山君も素直だから」
「……あ、あの…すいません。ありがとうございました…」
「いやいや、影山くんと仲良くしてやってよ」
「…………わかり、ました」

なんだろうか、金田一君と目が合わない。視界には映ってるだろうけど視線に入れないって感じ。まぁいっか。「じゃあ僕は帰るけど…影山君部活頑張ってね」ぐしゃぐしゃと頭を撫でてから僕は体育館をあとにした。



◇ ◆ ◇



「なぁ影山」
「なんだよ」

ちゃんと喋った。影山は何故か頭を手で押さえ一さんが出て行った扉をじっとみていた。なんだろう、変だ。影山は前から変だって知ってたけどあの人は、なんだか。

「…なんでも、ない」

あの人はどこか怖い。底が無いとか、そんな感じ。得体のしれないひと。及川さんは随分とあの人を気に入ってたみたいだけど。


「なぁ金田一」

影山から離れ国見が話しかけてきた。「さっきの人誰?」「一知さん、たまに及川さんが話してた」「ああ影山の保護者」保護者っていう認識は覆されたけどな。あんまり、近付きたくない人だ。まるで俺の内を読み取ったかのように「あの人、あんまり近付きたくないよな」そう言った。


「及川さんも変なの好きになったよな」
「そうだ…な?」

…ん?好き?
やる気なさげな国見は「ふぁあー…」欠伸をした。ちょっとまて、お前さっきなんて。「おい部活始めるぞー!」コーチの声に俺の言葉は遮られた。

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