夢の終わりにハミングを
彼は俺を憶えているだろうか、俺は憶えていたよずっと。中学2年になって、彼が入学してきて何時話し掛けようかと悩んで可笑しいな、いつの間にか1年経って忌々しいあの子がバレー部に入部して。周りから見たらやる気のある1年だろう、でも俺は前にあのプレーを見た。2年前あんなものを見て、今あの彼はどれだけ進化を遂げているのか、想像するだけでもぞっとする。色んなものを飲み込んで、歯を食いしばった。そんな俺の様子に気づいたのは多分岩ちゃんだけだ。

「ねぇ飛雄ちゃん」
「!はい!」
「何、きらきらした目をしたってサーブは教えないよ。聞きたい事があるんだけど」
「…はい?」
「飛雄ちゃんがいつも一緒に居る彼、名前なんて言うの?」

俺は初めて飛雄の怯えた表情を見た。へぇ、そう。俺は笑う。ねぇ彼の名前はなんて言うの?飛雄は拳を握り身体を震わせた。あの時も知っていたけど、やっぱり彼は飛雄の特別らしい。可哀想にね飛雄ちゃん、彼は君の事好きなんかじゃないんだよ。こうして俺は一知の名前を漸く知った。



◇ ◆ ◇



「仲良くしたいから知ちゃんって呼んでいい?」
「普通に嫌だよ?」

嫌そうな顔をする訳でもなくただキョトンと一君は言った。その様子が面白くて「じゃあ知ちゃんって呼ぼーっと」と天邪鬼みたいな事を言った。多分彼は気にしないだろう。案の定「良いけどね」彼は笑った。それがちょっと嫌だった。何に対してもこの子は受け身なのか、気に食わない。


「知ちゃん知ちゃん知ちゃん」
「連呼はやめてくれ」
「辛くなかった?」

一番初めに聞こうと思っていた事だ。彼もなにが?と聞くことはなかった。「僕はなんて事ない、平和に過ごしていたよ」階段の壁に寄りかかりそう呟いた。多分本音。「平和だった?」「うん、僕は平穏だったよ」だって僕は彼のお手本じゃないんだから。安堵したようにそう言った。ぱきん、頭の中で何かが割れる音がした。


「僕は変哲の無い凡人だよ。なんで影山君が僕に懐いているのか、それは僕がきっかけだったからだよ。バレーを始めたきっかけは僕だから」

きっかけなんてきっと関係ない、そして君が飛雄ちゃんに好かれてる理由はそんなものじゃない。知ってる?きっと知らないだろうね、飛雄ちゃん俺に君の事知られるの凄く嫌がったんだよ。知は俺の物だから誰にも渡さない、そう目が言ってたよ。君はきっと、知らないんだろうね。知らなくていい事だ。俺は笑った、その様子を怪訝そうに見る知ちゃん。

「知ちゃんは飛雄ちゃんと一緒にバレーしようって思わなかったの?あいつがバレー始めたのって小学生の時でしょ?なら知ちゃんも一緒に…って流れにはならなかったの?」
「僕はこう見えて身体が弱いんだ」
「ああ、見た目通りだね」

こう見えても何もひょろっひょろですぐ折れちゃいそうだよ知ちゃん。手首を見るとすごく細かった。「見た目通りって、僕結構健康的に生活してるんだけどなぁ」つん、とした表情。へぇ、知ちゃんって無表情かと思ってた、飛雄とは違った仏頂面っていうか。


「繕い方とかなら、僕は君に似ていると思うよ」
「えー?」

俺と知ちゃんが似てる?変なことを言うね「だって愛想笑い大得意だろう?」そう言った知ちゃんは今までで一番良い笑顔だった。あー見誤ったな俺。食えないタイプだとは思ってたけど、思っていた以上に…「顔引き攣ってるけどどうしたの及川さん?」指で頬を突かれた。あー…マジか。両手を上げて降参した。1枚どころか10枚くらいうわてな気がする。俺は知ちゃんと全然似てないよ、うん。俺は君のようにはなれない。でも仲良くはなりたいかな。



◇ ◆ ◇




昨日帰るまでになんとか知ちゃんからの「及川君」呼びを頂いた。及川さん、なんてよそよそしいじゃん?俺は知ちゃんとは仲良くしたいんだよ。本当は徹って呼んでほしかったんだけどね、流石に無理だった。

で、これは野生の勘というんだろうか。きっと知ちゃんは何も言っていない、わざわざそういう事を言う人ではない。なるべく視界には入れないようにしてるけどいい加減なぁ…。今朝からずっと飛雄に睨まれている。


「飛雄ちゃん、今日は静かだねぇ」
「………」
「サーブは良いの?」
「教えてくれるんですか」
「なわけないじゃん」
「知ってました、だから今日は良いです」
「ふぅん」
「…………」
「言いたい事があるなら良いなよ、飛雄ちゃん」

不穏な空気を読み取ったらしい1年がそくささと俺から離れる。「おいお前1年に何を」岩ちゃんがちょっと怒ってたけど知らない。というか俺まったく悪くないよ?じっと俺を睨む瞳を見つめた。ゆらり、瞳の奥が揺れる。


「き、のう」
「昨日?」
「…知と何してたんですか」
「だれ?」
「惚けないでください、知です知と一緒に居ましたよね。なんで一緒に出てきたんですかなんでずっと前に帰った筈の知と及川さんが仲良さそうに、なんでなんでなんで」

揺れる瞳、飛雄は俺のジャージを掴んだ。こいつ俺が思ってた以上に拗らせているらしい。あーあ、ほんと知ちゃん可哀想、こんなに好かれちゃってさ。きっと今の俺は冷たい目をしている、でも飛雄は見えていない。見えているのは知ちゃんの事だけだ。

「俺と知ちゃん友達なんだよね」
「うそ、だ」
「なんで嘘吐かなきゃいけないのさ」
「うそ、うそ」

飛雄の様子が可笑しかった、うわ言のように嘘を連呼する。どうしよう、トドメ刺したら怒られちゃうかな、岩ちゃんに。きっとね、知ちゃんは怒らないよ。慰めてはくれるかもね、でも知ちゃんは飛雄の絶対的味方じゃないよ。

「だって、知は俺の」
「俺だけの友達?お兄さん?あの子人当たり良いから友達多いでしょ?今更何を」
「だって俺及川さんの話した、及川さんはいじわるだって。だから」
「知ちゃんは俺を嫌ってくれる?飛雄の味方でいてくれるって?」
「うそ、だって知」

おい及川、岩ちゃんが俺に声掛けた。なにさ良いところなんだから…岩ちゃんの方に目線を向けて、硬直した。やあ及川君、楽しそうだね。ふんわりとした笑みを浮かべていた。ぞわり、背筋に悪寒が走る。あれ、これ俺ヤバい?なんて思ってたら俺の横を小さい影がすり抜けて行った。

「おっと、影山君。泣きそう?」
「泣かねーし…」
「そう?」
「…おう」

ぎゅうぎゅうと知ちゃんを抱きしめる飛雄、それを見て目を丸くする部員。そりゃあ吃驚もするだろう。知ちゃんと目が合い思わず逸らしてしまう。おかしいな、予想だと俺がいじめても我関せずだと思ってたのに。「及川君」名前を呼ばれて肩を揺らした。やばい、怒られる。

「僕は怒っちゃいないよ」
「…うっそだぁ」
「ほんとだって」

基本的に僕怒らないし。そう言った知ちゃんには確かに怒った様子は無くて俺は肩を下ろした。知ちゃんに抱きついてる飛雄は不機嫌オーラ全開だ。「…知」飛雄が名前を呼ぶとどうしたの?知ちゃんは飛雄の頭を撫でた。ちょっとイラっとする。


「影山君、僕と及川君は前から知り合いだったんだ」
「きいてない」
「昔あった人が及川君って知らなかったんだ、昨日久しぶりに会ってさ、ちょっと話そうって放課後ね」
「…きいてない」
「うん、ごめんね」

「…許す」飛雄の不機嫌オーラが少しだけ軽くなった。まるで猛獣使いだなぁと感心する。「ほら、バレーの練習しな?」そういうと素直に飛雄は知ちゃんから離れた。俺の方を一瞥して飛雄は離れて行った。「及川君」おっと、やっぱり怒って「怒ってないよ」そう?


「怒っちゃいないけど、あんまり苛めるのはやめてあげてよ」
「…俺は知ちゃんは中立だと思ってたんだけどな」
「僕は影山君の味方だよ?離れて行くまでは」

じゃ、影山君宥めも終わったし僕は教室に戻るよ。そう言って知ちゃんは体育館から出て行った。なんかやっと息が出来た感覚がした。「及川、さっきの誰だ?」岩ちゃんが駆け寄ってくる。

「友達…かなぁ?」
「なんだその疑問は」
「俺は仲良くしたいって思ってるけど」

色んな意味で難しそうだなぁ…べったり飛雄も手ごわいし、当本人も手ごわいし。今後飛雄ブロックが強化されるだろう。昨日連絡先交換しておいて良かった。後でメールでもしてみようっと。

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